キョウ されど

【「十年の後」に】
六全協の決定は、ぼくらがそれまで信じてきたもの、信じようと努力してきたものを、殆ど全て破壊しただけではなく、その誤ったものを信じていた、あるいは信じようとしたぼくらの努力の空しさをはっきりさせることによって、ぼくらの自我をも、すっかり破壊してしまったのです。ぼくらは、いわゆる新方針を理解することも、批判することもできなくなってしまいました。ぼくらは、茫然自失の状態で、世の中に何か正しいことがあるということすら信じられなくなっていました」。

柴田翔の『されど われらが日々――』の中で「六全協」体験を回想する佐野という元学生党員の言葉です。
作者の柴田翔本人はその当時のことを回想して次のように語っています。「この作品を書き始めたのは1950年代の終わり、大学院生の時です。自分が経験した学生の生活や意識を物語として書くことで、アイデンティティーを確かめようとしていたのでしょう。学生運動を書く、というつもりはなかったんです。けれど、当時の学生にとって運動は大きな位置を占めていたから、おのずから書くことになりました。当時は共産党が、東大でも非常に力を持っていた時代。僕は戦争や原爆への反対運動はしましたが、共産党には関わりませんでした。(略)学生を観察し、小説を書くなかで、「自分が正しい」「周りより上だと認められたい」との感情が、人を動かしているのではないかと思った。単純に言えば、人間の中にある弱さです。『六全協』で共産党は武装闘争を放棄しました。(略)小説では運動を離れた学生が自殺しますが、現実の『彼ら』は、企業戦士になっていきました」(朝日新聞 2015年12月22日)。

上記の佐野の小説中の回想は「六全協」で共産党が
武装闘争を放棄した後の当時のひとりの学生党員の挫折感を表現したものですが、今回の共産党の決定もその当時とは当然質を異にしますが同党の理念的な意味での屋台骨が健全であるとしてあらたな「六全協」が必要となるかもしれません。そのときはじめて同党執行部体制の理念上、思想上の軽さも暴かれることになるでしょう。同党の「其光栄ある歴史」を「全く抹殺」してしまった科とともに。あるいは「ぼくらがそれまで信じてきたもの、信じようと努力してきたものを、殆ど全て破壊した」科とともに。

それとも同党はこのまま
社民主義政党に成り下がってしまうのでしょうか。私にはその可能性の方が強いように思えます。現共産党内体制に批判があったとしても同党に民主集中制という非民主主義制度が頑としてある以上、その制度をひっくり返すことは困難きわまりないものがあります(それゆえに「非民主主義制度」だというのです)。だとすれば、(共産党員のみなさん)あなたたちがほんとうに共産党員としての志を失っていないのであれば大挙して(もちろん、形としてはひとりひとり)同党を離党するほかないのではないか。同党中央幹部の「目を覚まさせる」にはそれ以外の処方箋はないように私には思えます。(Blog「みずき」 2015年12月27日

附記:
敗れてもよいではないか。このブログのフリーエリア欄をスクロールしていくと辺見庸の言葉があります。そこで辺見は次のように言っています。

われわれはひとりひとり例外になる。孤立する。例外でありつづけ、悩み、敗北を覚悟して戦いつづけること。これが、じつは深い自由だと私は思わざるをえません。


【山中人間話】

<六全協の決定は、ぼくらがそれまで信じてきたもの、信じようと努力してきたものを、殆ど全て破壊しただけではなく、その誤ったものを信じていた、あるいは信じようとしたぼくらの努力の空しさをはっきりさせることによって、ぼくらの自我をも、すっかり破壊...

Posted by 都藤 邦 on 2015年12月23日
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