キョウ ヘイワの礎

Blog「みずき」:下記で「報道ステーション」(テレビ朝日)の今年最後の放送が批判されているにもかかわらず、今日のメディアを賑わしているのは同「報ステ」キャスターの古舘伊知郎番組降板の話題です。そこでは古舘はまるで「リベラルの星」そのものです。ここでもここでもここでも。しかし、「天皇賛美」の特集を組み、そこで「陛下の内省を見習わなければならない」などという天皇礼賛発言をして得々としているキャスターは「ジャーナリストとしては失格者」ということはいえても「リベラルの星」などであるはずがありません。その「ないもの」を「あるもの」にメディアと「識者」、そして「ファッション・サヨク」なるものが率先してしたてあげているのです。この国は残念なことですがまさに「一億総白痴化」の様相を帯びているといわなければならないでしょう。その残念な事態をつくりだしているのはほかならぬメディアであり、左翼を自称する「ファッション・サヨク」であるということ。これがこの国の「現実」です。

附記:
「天皇」問題にかかわる「日本の知識人」批判として、かつて辺見庸ノーム・チョムスキーに「まさに鉈でぶち切るように」聞かされたという話をここにも記しておきます。

辺見によれば、チョムスキーは次のように語ったと言います。「戦後日本の経済復興は徹頭徹尾、米国の戦争に加担したことによるものだ。サンフランシスコ講和条約(1951年)はもともと、日本がアジアで犯した戦争犯罪の責任を負うようにはつくられていなかった。日本はそれをよいことに米国の覇権の枠組みのなかで、『真の戦争犯罪人である天皇のもとに』以前のファッショ的国家を再建しようとした。一九三〇年代、四〇年代、五〇年代、そして六〇年代、いったい日本の知識人のどれだけが天皇裕仁を告発したというのか。あなたがたは対米批判の前にそのことをしっかりと見つめるべきだ」、と。

辺見は、このチョムスキーの「日本の知識人」批判を「陰影も濃淡も遠慮会釈もここにはない。あるのはよけいな補助線を省いた恥の指摘だ」と書いています(
朴日粉(パク・イルブン)「朝鮮新報」2015年12月14日から)。

【「天皇タブー」と「天皇賛美」で終わる「敗戦70年」という年】
23日の「天皇誕生日」にNHKが「
天皇皇后両陛下 戦後70年慰霊の旅」と題した「特番」を流したのは意外ではありませんでした。しかし、「報道ステーション」(テレビ朝日)が「天皇陛下 沖縄への思い受け継がれた『つとめ』」として、かなりの時間を割いて「天皇賛美」の特集を行なったのには驚きました。その内容、政治的効果(狙い?)は、けっして見過ごすことができません
「報道ステーション」の特集の概要はこうです。裕仁天皇は沖縄への特別の思いがあったが、ついに訪れることはできなかった、息子の明仁天皇はその思いを受け継いで、沖縄に思いを寄せることを自らの「つとめ」と考え、たびたび足を運んでいる。「何が起こっても受ける」という「覚悟」で、火炎瓶(1975年、皇太子当時)にも「平然としていた」。そんな天皇の姿に、沖縄戦の遺族を含む沖縄県民は、当初の反発が消え、今では多くが慕っている。キャスターの古館伊知郎氏は、「昭和天皇は沖縄への後悔があったのではないか。それを今上天皇が果たされようとしている」「沖縄への強い覚悟がおありだと思う」。コメンテーターの中島岳志氏(北海道大学)は、「陛下(明仁天皇)が重要視されているのは、『旅と祈り』だと思う。その深い内省のお姿が多くの人の心を動かす」と述べ、同日報道された「天皇誕生日に際しての記者会見」(12月18日実施)での天皇のコメントを全面的に賛美しました。最後に古館氏が陛下の内省を見習わなければならない」と締めくくりました。

天皇裕仁の沖縄に対する責任・罪状は一言ではいい尽くせませんが、少なくとも、戦争中は自己保身(国体護持)のために沖縄を「捨て石」にし、戦後もまた「
沖縄メッセージ」(1947年)で沖縄をアメリカに売り渡したことは特筆しなければなりません。その責任を問わずして、何が「沖縄への思い」でしょうか。確かに天皇明仁はしばしば沖縄を訪れています。しかし彼は一度たりとも、父・裕仁天皇の沖縄に対する罪を認めて謝罪したことはありません。「つとめ」というなら、まず天皇の沖縄に対する責任を謝罪することこそ「つとめ」ではないでしょうか。中島氏が賛美した「誕生日の記者会見」はどうだったでしょうか。この中で明仁天皇は、「この戦争においては、軍人以外の人々も含め、誠に多くの人命が失われました。・・・輸送業務に携わらなければならなかった船員の気持ちを本当に痛ましく思います」と述べました。まるでひとごとです。民間人が戦争に駆り出されたのは、天皇裕仁の御名御璽で発せられた国家総動員法による民間徴用の結果ではありませんか。

さらに明仁天皇は、今年のパラオ・ベリリュー島を「慰霊」に訪れたことにふれ、「先の戦争が、島々に住む人々に大きな負担をかけるようになってしまったことを忘れてはならない」と述べました。「大きな負担」どころではありません。島民は「天皇の軍隊」によって戦争に巻き込まれ、命を奪われ、生活を破壊されたのです。それに対する「謝罪」の言葉はないのでしょうか。旧日本軍兵士への「慰霊の旅」の前に、天皇がまずしなければならないのは、「天皇の軍隊」が多大の被害を与えた東南アジアの人々に対する「謝罪の旅」ではないでしょうか。

戦争責任の問題だけではありません。中島氏は天皇の「2年前の水俣訪問」も、「祈りの旅」として賛美しました。しかし、2013年に天皇が「全国豊かな海づくり大会」出席のために水俣を訪れた時機は、まさに政府が水俣病患者の認定を打ち切ろうとしていた時だったのです。またその前年、2012年の同大会の開催地は、沖縄(糸満)でした。オスプレイ配備と尖閣が問題になっていた沖縄だったのです。さらにその前年の2011年の開催地は、竹島と目と鼻の先の鳥取でした。これが「天皇の政治利用」でなくて何でしょう。

古館氏が最後に触れたように、天皇・皇后は年明け早々にフィリピンを訪れます。これも「
祈りの旅」などと賛美することはできません。(略)報道ステーションはきのうが今年最後の放送とか。「敗戦70年」の年の最後に、同番組は大きな汚点を残したと言わざるをえません。同時に、この国のメディア、「識者」の中に、いかに「天皇タブー」が深く広く根を張っているか。それを「敗戦70年」の終わりに、あらためて見せつけられた思いです。(アリの一言 2015年12月24日

【関連記事】
天皇が内閣の掣肘から離れて独走することの危険は計り知れない。天皇は徹底して内閣のコントロール下にあることで存在を許されているのだ。
朝日新聞の戦後70年目の退嬰 ――今日の「天声人語」は「昭和天皇=平和主義者」論という俗論の受け売りの受け売りの説でしかない。
NHKスペシャル「日本人と象徴天皇」の第1回と第2回の映像と「アリの一言」ブログの映像解説ほか

【山中人間話】

自民党の「歴史を検証する勉強会」とは、知性によるオープンな批判をシャットアウトする、自己中心的な大日本帝国史観愛好会ですね。

Posted by 永原 純 on 2015年12月23日
関連記事
Secret

TrackBackURL
→http://mizukith.blog91.fc2.com/tb.php/1704-d9411719