◆―埋立そのものへの疑問

 佐伯港の整備計画の存在を知った和久さんは、学習塾を経営する傍ら毎日、番匠川の流量を調べていた。東京から帰って二年、子どもの頃に夢中になって遊んだ番匠川の流れがほとんどなくなっていることが気になっていた。和久さんはやがてその原因を突き止めた。一九五三年から佐伯港に進出していた興国人絹パルプ(興人)(注4)が番匠川の川水を一日十万トンも使用していたことがわかったのである。

 一方で和久さんは「佐伯港の整備が何のために行われるのか」、その理由を調べていた。同港の整備計画の可否を審議した大分県の港湾審議会の資料には、女島地区に深さ一四メートル、五万トン級の船が接岸できる埠頭が必要とし、その理由は「一一三・三万トンのチップ輸入のため」と記されていた。

 ここで和久さんはおかしなことに気づく。佐伯港でチップを使って生産しているのは興人だけだ。港湾審議会の資料に「チップ輸入」とあるのは明らかに興人のチップ輸入のことを指している。しかし、その興人の現在のチップ輸入量は二〇万トン。その量のチップの使用ですらすでに番匠川の川水を枯らしている。これ以上、チップの輸入はできない算段なのだ。

 もうひとつおかしなことがある。行政側は大入島埋立のほんとうの目的は「佐伯港の海底を掘って岸壁や航路を造る際に出る浚せつ土砂など七三万立方メートルの捨て場である」という。そうであれば、浚せつ土砂の捨て場をまず確保してから海底の掘削工事にかかるというのが順序というものであろう。しかし、九六年一月から同港海底の掘削工事が先に行われ、同島の埋立工事はいまだ行われていない。

 海底の掘削工事で浚せつされた土砂(ヘドロ)はどうなっているのだろうか。すでに大分市沖の大在港に二六万立方メートル、藻場造成事業(一五億円)と称して大入島横の彦島の海に三五万立方メートルが捨てられている。県のいう七三万立方メートルの廃棄土砂にはバイパス工事の陸上残土も含まれているから、実際には同島の海を埋立ててまで廃棄しなければならない土砂は存在しないのである。

 ではなぜ、県は、その大入島の海をあえて埋立てようとしているのか。和久さんは海上自衛隊の基地になるのではないかと疑っているが(注5)、行政当局は否定していて真相はいまのところ薮の中である。

◆―行政の総攻撃

 九八年一月、行政側としてはともあれ法律では求められていない住民説明会まで終えた。前年度の九七年には公有水面埋立法で義務づけられている環境アセスメント(影響評価)も終えている。そうであれば、すぐにでも埋立に着手できるはずであった。

 ところが行政は埋立をしなかった。その理由が二〇〇〇年三月の同島東地区漁協総代会で行政側が示した図面でわかった。埋立工事区域はわずか五〇メートルだが同島荒網代区にもかかっていて、漁業権放棄について同地区組合員の同意が得られていなかったのだ。

 行政側の総攻撃が始まった。翌四月、行政は佐伯市長など二〇名の幹部出席のもとに荒網代区のある東地区全員集会を呼びかけた。が、反対意見が続出した。そうであればと六月、行政関与のもとに同地区総代会は漁業権放棄について同意書で賛否を問うことを強引に決定する。

 そうして七月には、反対意見のもっとも多かった荒網代区で同意書を配布、回収したが、結果は公表しなかった。前記の佐伯の自然を守る会が独自に調査したところ、埋立同意者は組合員一五六名中わずかに四三名。漁業権放棄に必要な組合員の三分の二以上の同意はもちろん得られていない。翌年の〇一年三月、行政は再度、同意書配布を試みたが、ここでも否決された。

 行政は別の手を打ってきた。同年五月、佐伯市は大分県に対して、同島西地区限定で埋め立て工事を推進してほしい旨の要望書を提出。これを受けてすぐに県は埋立計画を西地区限定に変更した。そして八月、同地区漁協総代会に一億八〇〇〇万円の補償金(東地区にはいわゆる迷惑料として九九〇万円)を提示。十月、佐伯市漁協臨時総会が開催され、同地区限定の漁業権放棄が承認された。

 翌年の六月、行政は再々度、漁業権放棄を迫るため東地区住民説明会を試みる(注6)。しかし、これも同区住民に阻止された。同島の海を守ろうとする島の人たちの決意は揺るがしようがないのである。四日後、行政は同地区総代会会長に「東地区の工事区域は要らない」と最後通告を突きつけた(注7)。こうして〇三年一月に埋立免許が認可されることになる。同四月、住民側は、大分県を相手に埋立免許取り消しを求めて大分地裁に提訴した。

◆―「磯草の権利」を守る闘い

 その裁判の中心的な争点が「磯草の権利」である。大入島石間浦の住民は、江戸時代から同浦の海藻、 貝類を採って生活の糧としてきた。そして、その浦はいまでも自治会にあたる石間区が管理している。その入会権的権利を「磯草の権利」というのである。

石間区の住民は、江戸時代以来の慣習によって石間浦の海に漁業権を有している。大分県は埋立免許を受けるにあたり、同区住民の同意を得なければならなかったのにこれを得ていない。したがって、大分県が受けた埋立免許は違法であるというのが原告、すなわち住民側の主張である。

 しかし昨年の十月、大分地裁(関美都子裁判長)は、原告側の工事差し止めを求める仮処分の申し立てを却下した。この裁判所の決定は「裁判官が漁業法を全く理解していない」(熊本一規明治学院大学教授・漁業法)ことを示しているが、この世の中では、正論が必ずしも通るとは限らない。むしろ、逆の事態が横行している。裁判所だけは例外とはいえないのである。

 今年の二月、佐伯港総合開発促進協議会と同市自治委員会連合会は共同して、佐伯市民に対して「大入島埋立工事の促進を求める署名活動」の呼びかけを行った。前者の会長は佐藤佑一佐伯市長(当時)である。彼らは「五万人余の署名を集め、大分県知事に提出した」(旧佐伯市の人口も約五万人。おそらく赤ちゃんも署名したのだろう)という。同市の課組織、自治会を動員した回覧版方式の署名活動であった。バックラッシュはここでも横行している。

 私たちは、どうすれば行政の「理不尽」に対抗することができるだろうか。行政の埋立強行の後の徳田弁護士のことばが印象的だった。あの大入島の人たちの命をかけた抵抗に、「私たちは―行政も、司法も含めて―人間の心を持った者として、この問題をどう受けとめるのか。そのことがいますごく問われている」というのである。

注1…この島は、全国でも稀にみる貝類の宝庫。大分県の定めたレッドデータブックでも絶滅が危惧される多くの希少種、世界で3ヵ所しか確認されていない貝類も発見されている。
注2…「大分県の自治体住民と議員の対等なパートナーシップ」を掲げて昨年6月に結成。今年の1月、大入島の強行着工について大分県の広瀬知事に抗議文を提出した。議員14人、市民13人。
注3…事業者、免許権者もともに大分県。弁護団はこれを「お手盛り」行政と批判している。
注4…50から70年代、対岸の「興人」パルプ工場の廃液が海を汚染。魚は異臭を放ち、海藻は死滅した。この間4人の子どもが溺れ死んだが、汚水で探すことができなかったという。
注5…同島にはかつて海軍の基地があった。現在も自衛隊の潜水艦がしばしば停泊している。真珠湾攻撃の際の基地となったことでも有名。
注6…01年の漁業法の改正によって、漁協組合員の同意が必須条件となった。
注7…これによって東地区に1ミリでもかかる埋立工事はできないことになった。
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