キョウ キリ

高世仁:雑誌を片付けていたら、東田直樹さんの特集号が出てきて、ぱらぱらめくっていたら引き込まれて読みふけってしまった。東田さんは23歳。「会話のできない重度の自閉症。パソコンおよび文字盤ポインティングにより、援助なしでのコミュニケーションが可能」とプロフィールにある。数年前、彼の文章を読んで感動し、自閉症というものへの認識をあらためさせられた。彼は日本より海外で知られていて、「2013年7月に発売されたイギリス版「自閉症の僕が跳びはねる理由」は、(略)イギリスのアマゾンUKでは、発売前からすでに6千部の予約が入っており、ベストセラー・リストでも1位に入る。引き続きアメリカ、カナダで出版され、10万部を突破し、話題になる。現在、世界20か国以上で翻訳、出版されている。」

【自閉症の私が、この社会で存在する意味】
東田さんは、自閉症である自分について、こう書いている。
《「あの人変だよね」この言葉を聞くたび、私は泣きたい気持ちになるのです。他の人からの刺すような視線に耐えられず、その場から逃げ出したいと、いつも思っています。街中で、わけのわからないひとり言をつぶやく、おかしな動きを繰り返す、ピョンピョン跳びはねる、そんな人を見かけたことはありませんか? 見かけても、かかわりたくないと避けたり、顔をしかめたりされた方もいることでしょう。身体のどこも悪そうに見えないのに、言葉が通じない。意味のない行動ばかりやりたがる。普通の人から見れば自閉症は、わからないことだらけの障害だと思います。話せないから、心がないのでしょうか。みんなと違うから、異星人なのでしょうか。私は、自閉症とは、自分で自分のことをうまくコントロールできない障害だと考えています。なぜなら、自分はまるで、壊れたロボットの中にいるようだと感じているからです。たとえば、先生から指示が出されたとします。みんなはすぐにその指示に従うことができますが、私は話の内容は理解しているのに、どうすればみんなのように、言われた通りに行動できるのかが、わかりません。みんなと同じことができない。自分勝手に動き回り、先生やみんなに迷惑をかけ、怒られてばかりの私は、人の役に立ついい子になりたいと、心から願いました。しかし、話そうとしても頭の中が真っ白になるので、弁解どころか、人に謝ることさえできません。こんな毎日が、つらくてつらくて仕方ありませんでした。「何のために生まれてきたのだろう」動物のように奇声を上げ、人の言うことを聞かず、自分のペースで生きようとする。自閉症の私が、この社会で存在する意味を知りたいと思うようになりました。》

東田さんにある雑誌が26の質問を投げた。その回答が読ませる。深い「智慧」を感じさせるのだ。《生きるのがつらい時、どうしたらいいでしょうか?》という質問に対する東田さんの回答。《どこかに出口があるとは考えず、じっと立ち止まってください。そして、昨日と同じ1日を過ごしてください。つらい気持ちと向き合おうとしなくても、人は生きていけます。あなたが悪いわけではないのです。人は与えられた環境の中で、精いっぱい生きなければならない動物です。たとえ、自分の精いっぱいが他の人と違っても、恥ずかしいことではありません。》(
高世仁の「諸悪莫作」日記 2015-12-16

【山中人間話】


澤藤統一郎の憲法日記
津地鎮祭訴訟上告審の大法廷判決で、厳格政教分離派が敗れたのが1977年7月。判決は、やはり10対5に分かれていた。その20年後、97年4月に愛媛玉串料訴訟の最高裁大法廷判決が、同じ目的効果論を使いながら、厳格政教分離の側に軍配を上げた。逆転して、違憲派が13、合憲派は僅か2名だった。

きょうの朝日新聞夕刊。3面の「美の履歴書」は、井上長三郎の「葬送曲」を紹介していた。夕景のなかヘッドホンをしながらピアノを弾く男。前の椅子には、立派な羽根の着いた軍帽が置かれている。ピアノを弾くのは東條英機。軍帽は昭和天皇。東條は雑音に...

Posted by 永田 浩三 on 2015年12月16日
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