キョウ にくしみ2

【フランス社会にある大きな壁】
パリ同時多発テロ事件を取材するため、持ち場の中東を離れてフランスに2週間あまり出張した。容疑者たちが凶行に至った背景を探ろうと、彼らの生まれ育った町を歩く間、不思議な既視感を何度も覚えた。学生時代に見たある映画と、目の前の光景が驚くほど重なり合ったからだ。フランスで1995年に公開された
「憎しみ」(原題:La Haine)。当時20代だったパリ出身のマチュー・カソビッツ監督が世に問うた問題作だ。パリ郊外に住む移民の家に育った若者たちが、警察、そして社会への憎悪を募らせていく様を描いた。ストーリーはシンプルだ。取り調べ中に警官に暴行され、重傷を負ったアラブ系の少年が死亡する。友達だったユダヤ系の主人公ビンスは、アラブ系のサイード、アフリカ系のユベールとともに、偶然手に入れた銃を持って警察に対する復讐を誓う――。そこには、これまでのフランス映画で見慣れたパリの美しい町並みも、南仏の田園風景もない。おしゃれな大学教授も、哲学的な会話も出てこない。描かれるのは、アメリカのヒップホップを聞き、無機質な公営住宅の公園で時間をつぶすマイノリティーの若者たちだ。今回の事件を起こしたフランス人の実行犯たちも、そんなパリ郊外の移民家庭で生まれ育った。
もっとも多い約90人の死者を出したコンサートホール「ルバタクラン」で銃を乱射したサミー・アミムール容疑者は、パリ北東郊外のドランシーという町で、アルジェリア移民の両親のもとに生まれ育った。パリ中心部から地下鉄とバスを乗り継ぎ、「ペリフェリック(周縁)」と呼ばれる環状道路の外側に出ると、いつの間にか乗客はアフリカ系とアラブ系ばかりになる。車窓から見えるのは、四角い工場のような建物や、その跡地だ。南西の風が吹くことが多いパリ中心部に排気が及ばないよう、工場はかつてパリ北東側に集中して建設されたと聞いた。移民の多くが、こうした工場で働き、定住するようになった人たちだ。アミムール容疑者の住んだ公営住宅に着くと、映画の描写そのものとも言える光景が広がっていた。公園で立ち話をする若者たち。話しかけても、ヘッドホンを外さない。記者たちを妨害するように立ちはだかり、「通行料」の支払いを求めるグループもあった。映画で「ここはサファリパークじゃない」とテレビ局の記者を追い払おうとしたビンスたちのように。「とても礼儀正しい、いい青年だったよ」と、アミムール容疑者について詳しく語ってくれたのは、キッパと呼ばれるユダヤ教徒の帽子をかぶった初老の男性だった。「イスラム過激派」として今回の事件を起こしたアミムール容疑者も、数年前まではユダヤ対イスラムというような、よく言われるような対立構図とは無縁だったのだ。

取材で話を聞いた元フランス警察幹部の話も映画と符合した。「イスラム教徒の若者が過激化するのは、刑務所の中だ。モスクではない。彼らは警察当局が差別的で不公正だと感じ、報復したいと考えるようになる。そこで過激思想を持った別の囚人に影響される」。1月に仏週刊新聞
シャルリー・エブドの襲撃事件が起きた際、ユダヤ系食材スーパーに立てこもり、人質4人を殺害したアムディ・クリバリ容疑者も、刑務所で長い時間を過ごすうちに過激思想に染まったとされた。映画「憎しみ」は、「反警察的だ」との批判を浴びながら、カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞。仏国内の極右政治家からののしられる一方、世界中で絶賛された。「郊外」を指す「バンリュー」という言葉は、フランスの現代社会をとらえるキーワードにもなった。しかし、公開から20年がたった今年、フランスではイスラム過激派に傾倒した自国民が起こす「ホームグロウン(国内育ち)・テロ」が立て続けに起きた。「これは、ばらばらになっていく社会についての物語だ」という映画の最後のセリフは再び重い意味を持ち始めた。

フランスの過激派に詳しいイラン人研究者ファルハド・ホスロハバル氏の分析を引用した記事によると、フランスのイスラム過激派の多くは、宗教的な知識や意識を持たずに育った若者だという。フランスの受刑者の6割を、人口の約8%とされるイスラム教徒が占めるという推計もある(フランスには宗教別の公式な統計がない)。事実だとすれば、個人や家庭の事情だけでは説明のつかない、絶望的な社会の問題がそこにはある。見えてくるのは、将来に希望を見いだせない移民系の若者の姿だ。一方、仏テレビ局
フランス24によると、2012年のフランス総選挙(国民議会選挙)では577議席のうち、白人以外の候補者が獲得したのはわずか9議席だった。マイノリティーから見れば、フランス社会には今も大きな壁がある

米ニューヨーカー誌は、1962年まで続いたフランスに対するアルジェリアの独立戦争や、内戦に引き裂かれながらフランスに労働者として移住したアルジェリア移民の歴史に仏政府が正面から向き合わなかったために、「過激派がうそ(の歴史)を言って自らの行為を正当化するようになった」というパリ郊外のイスラム教徒の見方を紹介した。今回の事件の実行犯の多くがフランス出身だった。

だが
オランド大統領は「テロはシリアで計画され、ベルギーで組織され、フランスで実行された」と断言した。事件の「国際問題」としての側面をことさら強調しているように、私には映る。11月27日の追悼式で「彼らを倒す」と語ったオランド氏は、欧米各国との連携を深め、シリアやイラクの過激派組織「イスラム国」(IS)の拠点に対して空爆を強化している。対照的だったのが、コンサートホールの襲撃事件で妻を亡くした映画ジャーナリスト、アントワーヌ・レリスさんの言葉だ。テロリストに対してこう書いた。「君たちに憎しみという贈り物はあげない。君たちの望み通りに怒りで応じることは、君たちと同じ無知に屈することになる」映画「憎しみ」が20年前に発した問いに対する答えとして、しっくりくるのはどちらだろうか。 (渡辺淳基「朝日新聞」2015年12月3日

【山中人間話】

パリの同時多発テロ事件をめぐって、これまでに日本の新聞で目にしたなかで、最も共感を抱いたのがこの記事です。

Posted by 金平 茂紀 on 2015年12月3日
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