キョウ 朴ユハ2

本日(27日付け)の朝日新聞とハフィントンポストに韓国の日本文学研究者の朴裕河が彼女の著書『帝国の慰安婦』の出版に関して同国の検察に名誉棄損罪で在宅起訴された件及びその韓国検察の在宅起訴に関して日米の学者、ジャーナリストら54人が抗議声明を発表した件について4本の関連記事が掲載されています。

日米の学者ら抗議声明 「帝国の慰安婦」著者の在宅起訴(朝日新聞 2015年11月27日) 
「帝国の慰安婦」朴裕河教授の在宅起訴に学者ら54人抗議声明(全文)(ハフィントンポスト 2015年11月27日) 
「帝国の慰安婦」著者に聞く 「史料に基づき解釈した」(朝日新聞 2015年11月27日) 
(社説余滴)韓国覆う窮屈さと不自由さ(箱田哲也 朝日新聞 2015年11月27日)
学者、ジャーナリストら54人が26日発表した抗議声明には次のように記されています。

「昨年来、この本が韓国で名誉毀損の民事裁判にさらされていることに私たちは憂慮の目を向けてきましたが、今回さらに大きな衝撃を受けたのは、検察庁という公権力特定の歴史観をもとに学問や言論の自由を封圧する挙に出たからです。何を事実として認定し、いかに歴史を解釈するかは学問の自由にかかわる問題です。特定の個人を誹謗したり、暴力を扇動したりするようなものは別として、言論に対しては言論で対抗すべきであり、学問の場に公権力が踏み込むべきでないのは、近代民主主義の基本原理ではないでしょうか。」

私はこの学者、ジャーナリストら54人の認識は正論であり、正しいと思います。この学者、ジャーナリストら54人の中には作家の大江健三郎もいますが、大江は、その著書『沖縄ノート』で沖縄戦の集団自決に関して虚偽の記述をし、原告の名誉を傷つけたとして元沖縄戦指揮官および遺族から名誉毀損で訴えられた民事裁判の被告でしたが、「大江の記述には合理的な根拠があり、本件各書籍の発行時に大江健三郎等は(命令をしたことを)真実と信じる相当の理由があったと言える」とし、名誉棄損の成立を否定した大阪地裁の判決が最高裁で確定して勝訴した裁判経験を持つ人です。その大江が今回の「抗議声明」の賛同者のひとりであることの意味するところも少なくないものがあるでしょう。かつて自身の著作が名誉棄損として訴えられた苦い経験を持つ大江が今回の韓国検察の朴裕河の在宅起訴は不当であると声明しているのです。心して聴くべきことではないでしょうか。

この韓国の検察の朴裕河の在宅起訴に関してはすでに以下のような批判の声がありました。

「帝国の慰安婦」著者の起訴に韓国社会の非寛容を惜しむ(澤藤統一郎の憲法日記 2015年11月19日) 
慰安婦研究書の著者在宅起訴(弁護士清水勉のブログ 2015-11-24) 

上記で澤藤統一郎弁護士は次のように述べていました。

「朴裕河の「帝国の慰安婦」の日本語版にはざっと目を通して、読後感は不愉快なものだった。(略)私は日本軍による戦時性暴力は徹底して糾弾されなければならないと思っている。被害者に寄り添う姿勢なく、どこの国にもあったことと一般化することによって、旧日本軍の責任を稀薄化することにも強く反対する。しかし、それでも見解を異にする言論を権力的に押さえつけてよいとは思わない。(略)表現の自由という重要な普遍的価値のためにだ。」

また、「今日の言葉」でとりあげた清水勉弁護士は次のように述べています。 
 
≪【ソウル=共同】韓国のソウル東部地検は19日までに、旧日本軍の従軍慰安婦問題の研究書「帝国の慰安婦」で、慰安婦を一部で「売春婦」などと表現し元慰安婦の女性らの名誉を毀損したとして、著者の朴裕河(パク・ユハ)世宗大教授を在宅起訴した。≫≪地検は「虚偽事実で被害者らの人格権と名誉権を侵害し、学問の自由を逸脱している」と指摘した。韓国で慰安婦問題は「性奴隷」との見方が定着し異論を許さない雰囲気が強いが、訴追によりさらに研究の萎縮を招く可能性もある。≫

日本では名誉毀損罪は親告罪(刑法232条)。被害者から訴えがなければ、起訴できないという犯罪類型だ。日本の検察は、起訴できない捜査は通常しない。名誉毀損の事件は、捜査をすること、つまり、根掘り葉掘り聞き出すこと、その信憑性を確認するために周辺や過去の関係者の事情聴取も行うことがある。しかも、公開法廷で証言しなければならなくなる可能性もある。韓国では親告罪ではないのだろうか(Blog「みずき」:
http://www.sasaki-law.com/blog/?p=1732参照)。

≪朴氏は2013年出版の同書で慰安婦問題について、帝国主義下での女性の人権侵害を指摘する一方、慰安婦の女性らは日本軍と「同志的関係」にもあったなどと記述。これに対し地検は「慰安婦制度は強制的な売春」などとした07年の米下院決議などを挙げ「客観的な資料を通じ虚偽事実と確認した」とした。≫

朴氏の「問題を一面的にみるな」という観点は正しい。慰安婦の女性らは日本軍と「同志的関係」にもあった、という指摘は、これを裏付ける事実があるかどうかの問題だ。地検が、米下院決議を根拠に挙げるのはどうも情けない気がする。

≪地検は「言論と出版、学問の自由は韓国憲法が保障する基本的権利」とした上で「秩序維持や公共福利のため必要な場合、自由と権利の本質的な部分を侵害しない範囲内で制限できる」とした。≫

日本でも、むかし、最高裁が、「公共の福祉」を権利制限の根拠として使っていたっけ。とても法律家とは思えない雑さ。それと似ている。

≪同書は韓国で、日本を擁護する主張だとして激しい非難を浴び、元慰安婦の女性ら約10人が14年6月に朴氏を告訴。ソウル東部地裁は今年2月、女性らが同書の出版や広告を禁じるよう求めた仮処分申し立ての一部を認める決定を出し、出版社は問題とされた部分の文字を伏せ、出版した。≫

告訴した約10人(10人かどうかはっきりしない?)は、自分のことを書かれていたのだろうか。自分のことでなくても告訴できるのだろうか。韓国のマスコミはどういう報道をしたのだろう。

≪日本では14年、日本語による書き下ろし「帝国の慰安婦~植民地支配と記憶の闘い~」が出版され、今年の早稲田大「石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞」の文化貢献部門に選ばれた。≫≪朴氏を告訴した女性らが住むソウル郊外の施設「ナヌムの家」は19日、同書が引き続き日韓で販売されていることを「反人権的な行為だ」と批判した。≫

どれほどひどい内容かを読者が判断してはいけないのだろうか。(
弁護士清水勉のブログ 2015-11-24

上記でボールドにした部分はことに引用者の共感するところです。どのように共感するのか? 私は「今日の言葉」の注として次のように記しました。

Blog「みずき」:この件について、学者ら54人が連名で26日「抗議声明」を発表しました。私はこの「声明」に賛同している少なくない論者に対して批判を持っていますが、「検察庁という公権力特定の歴史観をもとに学問や言論の自由を封圧する挙に出た」「何を事実として認定し、いかに歴史を解釈するかは学問の自由にかかわる問題」「言論に対しては言論で対抗すべきであり、学問の場に公権力が踏み込むべきでないのは、近代民主主義の基本原理」という「声明」の認識は正論というべきであろう。この問題と日本の政治とメディアの「右傾化」の問題はまた別様の問題というべきであろう、というのが私の認識でもあります。

ここでも上記のボールド部分がことに私が共感するところです。ところで、清水勉弁護士のコメントに上記のような注をつけたのは下記のように主張する人たちを私が知っているからです。注はその人たちへの私のコメントという意味を持っています。多くの点で私と意見を共通にすることの多い人たちです。考えていただきたいこととして注を付しました。以下、彼ら、彼女たちの意見を貼りつけておきます(重複が多いのはフェイスブックの性質によります)。

驚き。これが日本のリベラル知識人のレベルか。★「韓国の言論の自由侵害を憂慮」元朝日新聞主筆らが抗議声明、「帝国の慰安婦」著者の起訴で 河野氏、村山氏も賛同人に https://t.co/x4JS5Tdtvq Sankei_newsより

Posted by 酒井 克明 on 2015年11月26日

11月21日 朝日新聞ものすごく違和感のある社説だ。違和感の第一は、「表現の自由」という言葉。朴裕河の著書を名誉棄損とすることは、「歴史の解釈や表現をめぐる学問の自由」の侵害に当たるのか。例えば「慰安婦と日本軍は基本的に同志的関係に...

Posted by 姜 聖律 on 2015年11月21日

姜聖律さんよりシェア。姜さんのご意見に深く共感します。戦後責任問題をめぐる近年の『朝日』の右傾化には、私も憂慮を覚えます。以下、姜聖律さんより:-------------------------------ものすごく違和感のある社説...

Posted by 大田 英昭 on 2015年11月22日

素晴らしい論評です。ぜひご一読ください。〈姜 聖律さんより〉11月21日 朝日新聞ものすごく違和感のある社説だ。違和感の第一は、「表現の自由」という言葉。朴裕河の著書を名誉棄損とすることは、「歴史の解釈や表現をめぐる学問の自...

Posted by 鄭玹汀 on 2015年11月22日


最後にこの件について私も2本記事にしていますので記しておきます。

・2015.11.20 今日の言葉 ――産経ソウル支局長も朴裕河も、私は好きではない。好きではないんだが、表現の自由という重要な普遍的価値のために無罪となって欲しいと思う。
・2015.11.20 「権力の罠」ともうひとつの「権力の罠」について ――朴裕河の名誉毀損罪起訴問題と沖縄「代執行」訴訟問題
関連記事
Secret

TrackBackURL
→http://mizukith.blog91.fc2.com/tb.php/1659-c848e1fa