キョウ 流砂

昨日の11月23日付けの辺見庸の「日録1」は、同月20日付けの熊本日々新聞のSEALD's批判を含む辺見への
インタビュー記事を読んだAさんの違和感の表明に対して辺見が返信するという形で書かれています。

そのAさんの違和感に対して、辺見は、「そういう問題をぼくが言っているのではないということを申し上げておきたいな、とおもいました。『そういう問題』でなければ、『どういう問題』か、と反問されれば、上の引用部分そのものに答えがゴロッともぐっている、とでも言うしかないのです」と返信しています。

が、「引用部分そのものに答えがゴロッともぐっている」という応え方だけでは説明不足の感は免れません。「ゴロッともぐっている」とはどういうことか? もう少し説明がなければその言の意味についてわかりかねる人も少なくないでしょう。

しかし、辺見は、「ゴロッともぐっている」以上のことは説明するつもりはないかもしれませんので、その「ゴロッともぐっている」ことの私なりの解釈を以下に示しておきたいと思います。それは、とりもなおさず、「今回のドタキャンの伏線と見られる辺見氏のSEALD's批判」についての私の解釈ということにもなるでしょう。本記事を「『赤旗』の辺見庸へのインタビュー・ドタキャン事件その後」の続きとして書くゆえんです。
さて、以下は、私の「ゴロッともぐっている」件の解釈です。辺見の言うように私も「Aさんのスケッチはそのとおり事実」だと思います。しかし、Aさんは以下のような「ゴロッともぐっている」事実についてはご存知ないのではないか。
 
第1。たしかにSEALD'sの「奥田君は、警察車両で隙間なく包囲されている事に対して反発」したのでしょうが、一方でSEALD'sの第一の応援隊を自称するしばき隊のNo.2と目されていたbcxxxという人物(ただ、同人はつい最近しばき隊を脱退したようです)は以下のようなツイートを発信しています。


上記のbcxxxという人物の警察評価は「民主警察も、専守防衛の自衛隊も、我々と同じ、民主・平和の戦後日本を構成してきたメンバーである」というもので、そこに「奥田君の反発」のような警察批判の視点が見られないことは明らかです。というよりも、bcxxxという人物は、「警察にはこれからも、今日のように誇り高く、民主警察であってもらいたい」と「国家の暴力装置」としての警察権力を進んで評価しさえしています。 しかし、このbcxxxという人物の「警察」認識は誤っていることは明らかです。そのことを現実のいまの問題として明瞭に示している幾つかの例証が以下のツイートと写真です。

わたしのいた場所からは見えなかった。鉄兵さんに感謝。

Posted by 永田 浩三 on 2015年9月14日

第2。辺見は9月27日付けの「日録1」で「いったいどこの世の中に、気にくわないデモ参加者の物理的排除を警察当局にお願いする反戦平和活動があるのだ」。「古今東西、警察と合体し、権力と親和的な真の反戦運動などあったためしはない。そのようなものはファシズム運動というのだ」と激しい口調でSEALD'sを中心とした「反安保法制」運動体を批判していますが、SEALD'sの第一の応援隊としてのしばき隊がまさに「気にくわないデモ参加者の物理的排除を警察当局にお願いする」映像が下記にあります。

この証拠映像ひとつにも辺見の言う「ゴロッともぐっている」問題の一端を垣間見ることができるでしょう。
 

以下、辺見庸「日録1」(2015年11月23日付)の大概。

「赤旗」のインタビュー・ドタキャン事件、ふと、高橋哲哉さんならどうおかんがえになるだろうか、想像する。電話しようか迷い、せずじまい。高橋さんはforget it!とは言うまい。わたしが逆に高橋哲哉さんから同じような相談をうけたら、forget it!とはぜったいに言わないように。思考課題。(略)熊日の記事について、さっそく友人Aさんから以下の反論があった。

「熊本日々新聞で、辺見様はSEALD'sの行動に対して、やはり批判的な意見を述べておられますが、ひとつだけ、辺見様に対して非常に不躾なことなので、かなり躊躇したのですが、やはり本音を優先して自分の思っている事を辺見様にお伝えさせて頂きたいと思い至りました。辺見様のご意見の「……だから、わざとらしく見えた。例えば、国会前を警察車両で隙間なく包囲されていても、反発しない。」に対してなのですが、私はこの目で見て、この耳で確かに聞いたのですが、SEALD'sの奥田君は、あの警察車両(どれも殆どが護送車だったと思います)が確かに辺見様のご指摘の通り隙間なくびっしり並べられているあの場でのその光景に対し、また、護送車の列の更に手前に張り巡らされた鉄製の柵に対して「道を開けろ!」と、「護送車のエンジンを止めろ。この場を廃棄ガスで充満させるのはやめろ!」と繰り返し叫んでいました。確かに、壁を成すようにびっしりと配置された護送車は、どれも無意味にもエンジンが炊かれていました。あの気温、人々の密度に対して、動かす気の毛頭無い大量の護送車のエンジンをひたすら空吹かししていたのは、警察らの我々への報復だったと思います。決して、奥田君は、警察車両で隙間なく包囲されている事に対して反発しなかったわけではありません。私はあの場で、この目でその光景を見聞きして参りました。このことを、かなり躊躇したのですが、辺見様にお伝えさせて頂いた次第です。たった一つだけの事に対する私の変なこだわりかと思います。 変なこだわりを持つ奴だと、辺見様に一笑に付されても、それは当然だろうと思っております。」

Aさん、ありがとうございます。わたしはまじめで聡明で鋭敏なAさんの話を一笑にふしたりしません。「変なこだわり」ともおもわない。Aさんのスケッチはそのとおり事実と信じます。ただ、そういう問題をぼくが言っているのではないということを申し上げておきたいな、とおもいました。「そういう問題」でなければ、「どういう問題」か、と反問されれば、上の引用部分そのものに答えがゴロッともぐっている、とでも言うしかないのです。(辺見庸「日録1」2015/11/23
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