キョウ 空震  

【報復的な「空爆」はかえってテロに「栄養」を与える】
11月13日の金曜日、パリ市内で「同時多発テロ」が発生した。(略)オランド大統領は、11月16日の上下両院合同会議での演説で、アルジェリア戦争後錆び付いていた
緊急状態法(略)の仕組みを一気に強化しようとしている(略)。市民の恐怖と不安と怒りがおさまらないうちに、やれることをやってしまう。いずこの権力者も同じである。この点、ポスト・モダンの論客、(略)ペーター・スローターダイクによれば、テロリズムの本質として、人々を取り巻く「雰囲気」を恐怖で満たすという面がある。「空気」を震わせるという含意で、テロは「空震」(Luftbeben)と呼ばれる。「空爆」を行い、ハイ・テクを駆使する「国家」こそ、実は最もテロリズム的ということになるのだが、人々にはその視点がない(略)。
どこに潜んでいるかわからない「テロリスト」に対処する国家の措置は、必要な限度を超えて、市民的自由に対する過度の制約を生じやすい。だが、対テロ措置は「安全のためには仕方ない」という形で肯定され、受容されていく傾きにある。「危機」の具体的中身は不明のまま、自由を制約する措置や対応だけが一人歩きしていく。当局からすれば、犯罪の嫌疑なき段階で、事前、予防的、前倒しの措置が効果的ということになりやすい。(略)いま、フランス社会は恐怖と不安、疑心暗鬼に満ちている。シリア「空爆」に表立った批判は出て来ない。しかし、ISは欧米を「十字軍」とみなし、「フランスが空爆を続ける限り、平和ではいられない」と叫ぶ。

この点、直言「
「テロとの戦い」の陥穽――「暴力の連鎖を超えて」再び」は、イタリアの政治哲学者ジョルジョ・アガンベンの論文を引用して、安全保障(体制)とテロとの密かな「共犯」関係について指摘した。アガンベンによれば、安全保障とテロとが、互いに互いの行動を正当化し、正統化する関係にあること、安全保障が「例外状態」(緊急事態)に不断に依拠することにより民主主義と相いれなくなるというパラドックスが存在する。民主的な政治の任務は、憎悪やテロ、破壊が起きてからそれをコントロールしようとすることに限定されず、テロなどにつながる諸条件の発生を予防することにあるという指摘は重要である。報復的な「空爆」はかえってテロに「栄養」を与える。軍事力強化や治安権限の強化は、テロに正当化の理由を与え、「テロリスト」はそうした国家の強行措置を「栄養」にしてさらなるテロを行う。そうした密かな「共犯関係」を見抜く人々が出てきた。

11月10日、
ヘルムート・シュミット元ドイツ首相が96歳で亡くなった。(略)シュミットは、テロとのたたかいのなかで、基本法(憲法)が守られるべきこと、基本権や人権が効力を持ち続けることも強調していた。この視点は、14年後のいま、しっかりかみしめるべきだろう。(水島朝穂「今週の直言」2015年11月23日

【山中人間話】

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