キョウ 流砂

11月21日付けの辺見庸の「日録1」の本節は「小池晃・日本共産党副委員長が数日前、「戦争をさせない1000人委員会」メンバーにたいし、同党機関紙「赤旗」のインタビュー・ドタキャン事件について「遺憾だ」とかたったという」という節でしょう。

が、前節(まえせつ)の「こんなタイプの人間が、女であれ男であれ、どうしてもすきになれない」以下の社会運動と政党の流砂状況に関しての辺見の断章も本節と不可分な関係にあるでしょう。

「流砂状に足もとが崩れてゆく」状況の説明としては不可欠であろう、というのが引用者の専断です。そういうわけでその断章のディテールも捨てさることはできません。今回も全文引用させていただくことにします(強調と改行はBlog「みずき」)。
なお、辺見の「日録1」の引用の前にichigekistk さんの「日本共産党機関紙しんぶん赤旗が、辺見庸氏へのインタビューをドタキャン」という Togetterまとめを置いておきます。ご参照ください。

以下、辺見庸「日録1」(2015年11月21日付)から。

こんなタイプの人間が、女であれ男であれ、どうしてもすきになれない。生理的にダメだ。ひとをチクるやつ。ひとを警察にチクるやつ。「あいつらをどうか排除してください!」と、警察に恥ずかしげもなく泣きつくやつら。ひところの国会前の空さわぎの荒みにはいくつかの「腐った根」があるだろうけれど、その最たるものが「権力迎合」である。だが、さいきん、皮肉っぽい友人にアドヴァイスされた。「いまのわけーもんにゃ〝権力迎合〟なんて感覚がそもそもありゃせんのだよ。子どものころから〝権力および現実受容体〟として育ってんだから」。はあ、そんなものなのだろうか。

が、若者だけではない。NHKのオーゴシとかいう東大野球部出身を売り物にしている完全権力迎合タイプのメガネパンダ(昔、会社にも東大野球部出身がなんにんかいたが、わたしの好きだったSさんは「しゃらくせー」が口癖の大酒のみで、自殺だか事故死だか、酔っぱらって線路によこたわり、電車に轢かれて死んだ。迫りくる電車の轟音と警笛を聞きながら、「しゃらくせー」と最期につぶやいたはずだ)が昨夜も、テロ事件について、わざわざ受信料をつかってパリまでいかなくても言える世迷言をほざいてた。しゃらくせー!受信料かえせ。メガネパンダのバカ話は引用にあたいしない。

テロリズムとは「社会と権力制度の限界、そしてそのような制度が概念として位置づけられる状況をテストする」ところの「名づけ得ない存在」だとリチャード・J・レインは言った(『
ジャン・ボードリヤール』)。それは、善と悪の国境をなくしたハイパーリアルな国家・社会と権力制度の、あらかじめの破綻とすさまじい暴力システムをあぶりだす。すでにというか、いよいよ本格的にというか、超法規的国家権力乱用の時代がきた。ニッポンでは「共謀罪」新設の法案が早晩提出されるだろう。お涙ちょうだい話と〝命の大切さ〟をしゃべりにパリまで赴くのは、メガネパンダよ、あんたね、震災後に石巻までのこのこ〝取材〟にいって、いいかげんな人情話をしゃべったのとおなじ手法じゃないか。

さて、ニッポンの
SWATがテロルの現場を急襲、「名づけ得ない存在」=「テロリスト」らを銃で蜂の巣にする日も近い。権力受容体質のニッポンのあんちゃん、ねえちゃんたちは、国会前でやったように、SWATに拍手喝采し、屍体に「帰れ!」コールを浴びせかけ、しかる後に、みんなで血塗られた道路の清掃作業でもやるんだろうか。やりかねないな。聞くところによると、国会前の空さわぎにくわわったれんちゅうは、DJポリス第4機動隊の区別と同一性も知らないらしいし。

小池晃・日本共産党副委員長が数日前、「
戦争をさせない1000人委員会」メンバーにたいし、同党機関紙「赤旗」のインタビュー・ドタキャン事件について「遺憾だ」とかたったという。「1000人委員会」メンバーからわたしの担当編集者にそのむねの電話があった。わたしは「1000人委員会」メンバーではない。「遺憾だ」はわたしへのメッセージではない。小池晃氏は「インタビュー申し込み→急きょ中止」事件を知っていたが、なにが、なぜ、だれが、だれにたいし、どのように「遺憾」なのかは話しておらず、真相は依然不明だ。ここには「人間」がいない。わたしへの直の連絡はきょうげんざい、なにもない。おかしくはないか。小池さん、共産党の大先輩の書いた「五勺の酒」はお読みになっただろうか。「……個人が絶対的に個人としてありえぬ、つまり全体主義が個を純粋に犠牲にした最も純粋な場合……」。これはご存じのとおり、天皇制についていっているのだが、「党」の酸欠状態ともかさなっている気がする。「僕は、日本共産党が、天皇で窒息している彼の個にどこまで同情するか、天皇の天皇制からの解放にどれだけ肉感的に同情と責任を持つか具体的に知りたいと思うのだ」。あなたがたは中野重治のこの問いに、いちどでもじゅうぜんに「肉感的に」答えたことがあったろうか。こんどのことをきっかけに、わたしはまた中野重治を読んでいる。

にしても、「赤旗」から電話をうけた(当事者であるはずの)
週刊金曜日もほんとうに無責任だ。まるで党の「フラク」(!)ででもあるかのように、不可思議な沈黙をきめこみ、問題を記事にもしていない。「個人が絶対的に個人としてありえぬ」空間はこのクニの各処にある。

1★9★3★7』(イクミナ)をめぐる外国人記者クラブでの会見を昨日、断った。もともと外国人記者クラブからの要請ではなく、広告費をケチる週刊金曜日のがわが申しこんだ、あざとい無料宣伝作戦だからだ。版元がこれだから、『1★9★3★7』は、ほぼ予想どおり「不幸な本」になりつつある。それでよい。(
辺見庸「日録1」2015/11/21
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