キョウ 黄葉

今回の朝日新聞の報道は一応客観報道の体裁をとっています。が、客観報道の体をとるのであれば、なぜ朝日新聞は「新9条論」論者を紹介するばかりで「新9条論」に批判的な識者(有名人ばかりが識者というわけでもないでしょう)の見解を紹介しようとしないのか? 実質的には朝日新聞の「新9条論」擁護論と見てよいでしょう。
「新9条論」については私がフォローできているものだけでも以下のような批判があります。このネット時代です。報道機関はもっと目を広くして取材し、報道するべき責務があるというべきです。もう一度繰り返しますが有名人ばかりが識者ではないのです。ジャーナリズムとしてもっと広い目を養うべきです。そうして議論(異論、反論、オブジェクション)を興す。それが言論機関というものではないか。
 
2015.10.19 東京新聞が仕掛けた左からの改憲策動 - 「新9条」の正体は「普通の国」
 
2015.10.21 共産党の「安保容認」方針と東京新聞の改憲工作は表裏一体の政治か
 
2015.10.22 想田和弘さんの言説が若い人々の一部に顕著な改憲別働隊のような展開になっている。「熱狂なきファシズム」は「トロイの木馬」からさらに進展することになりそうです。
 
2015.10.24 弁護士の澤藤統一郎さんの 「新九条論」徹底批判。共産党の国民連合政府構想が「新九条論」者を勢いづかせている一因になっていないか。気がかりで警戒すべき事態と言わざるを得ない。
 
2015.10.25 ガンジス川のほとりでインドの貧困にぼうぜんとした。人間みなチョボチョボや。お互いに対等な市民が手を取り合ってつくっているのがこの世界の本来の姿や。
 
2015.10.26 安倍自公政権の非立憲的な独善ぶりもさることながら、社会運動の側の思想的な頽廃にこそ私は日本社会の真の危機をみる。
 
2015.10.28 共産党が9条改憲を決断する日 - 一強多弱→衛星政党→大政翼賛会
 
2015.11.02 もはや志位共産党の「反知性主義」と「右傾化」への道行きは明らかである ――無惨に過ぎる志位共産党委員長の革新懇全国交流会ツイッター
 
2015.11.03 東京新聞の「新9条論」(新改憲論)キャンペーンの第2弾というべきか。  
 
2015.11.10 「大阪ダブル選挙」の事実上の主役のひとりの橋下徹は「リベラル」「左派」「左翼」らが育てたモンスターであるといえる。
 
なお、実質的な「新9条論」擁護論というべき朝日新聞の報道は以下のようなものです。
 
「新9条」相次ぐ提案 憲法論議に第三の視点(朝日新聞 2015年11月10日)
 
戦争放棄などをうたう憲法9条を、新たな姿にしようという提案が相次いでいる。米軍基地や自衛隊のあり方を見直して条文に反映し、平和主義の理念をより進めようとする考え方だ。憲法や安全保障を取り巻く状況の変化が影響しているようだ。
 
1990年代の評論『敗戦後論』で知られ、戦後日本とは何かをめぐる議論を長年リードしてきた文芸評論家の加藤典洋さんが先月、新著『戦後入門』で新9条案を提起し、注目されている。従来〈9条は変えない方が望ましい〉との立場だったが、今回初めて改正案を提起した。
 
加藤さんの9条案には次のような内容が含まれる。陸海空の戦力は一部を国土防衛隊、残りは国連の待機軍とし、交戦権を国連に委譲する▽外国の軍事基地は許可しない――。
 
「米国との同盟から、国連との同盟へ。そう転換するよう呼びかける9条案です」と加藤さんは語る。
 
この10年間に見えてきた米国の衰退や中国の台頭という国際状況の変化と、対米追従の姿勢を強めつつ復古的な改憲に向かう安倍政権の登場などが、発想を後押ししたという。
 
「米軍基地や安保法制の問題を通じて顕在化されたのは、主権国家として米国と対等に交渉できない日本の姿でした。もはや、『9条と米軍基地をセットにして成り立ってきた戦後日本の形』を根本的に見直す作業に着手するしかない」
 
国連平和維持活動(PKO)や武装解除の実務経験のある東京外大大学院教授の伊勢崎賢治さんは今年、在日米軍やPKOの実態を踏まえた提案をした。9条のおかげで紛争地でも日本に協力が得られる、として護憲派だったが、「実態をはっきりさせないといけない」と考えた。
 
まず、日米地位協定を改め、在日米軍基地が日本以外の国での武力行使に使われないようにする。そして、集団的自衛権は行使しない▽個別的自衛権の行使は日本の施政下の領域に限定、などと9条に記す。
 
「在日米軍も規制して初めて『日本は戦争をしていない』と言える」と伊勢崎さん。近年のPKOは武装勢力への対処も迫られるが、「やってはいけないことはやらない」と規定、武力行使が必要なPKOには参加しない。「9条を子どもにも言える大義名分にするんです」と話す。
 
出版社の書籍情報社代表の矢部宏治さんも昨秋、著書『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』で、憲法に外国軍基地を許可しないと書き込むべきだと主張。作家の池澤夏樹さんは今年4月、本紙コラム「終わりと始まり」でこの案を紹介し、「左折の改憲を考えるべき時かもしれない」と記した。
 
映画作家の想田和弘さんも護憲の立場だったが、9月に、ウェブサイト「マガジン9」に連載しているコラムで、集団的自衛権は禁止すると明記して「恣意(しい)的な解釈」ができない新9条の制定を提案した。
 
個別的自衛権と集団的自衛権も認められて9条は「死文化した」。一方、安保法制の議論で「立憲主義」が注目され、「安倍政権のおかげで、主権者としての意識が目覚めたのではないか」と想田さん。このタイミングを「チャンス」とし、新9条について議論を呼びかけている。
 
平和主義を守る改憲を主張した先例に、評論家の田原総一朗さんがいる。2001年の9・11テロ後の自衛隊海外派遣を機に護憲派から、自衛隊の存在や最低限の自衛権行使を認める「護憲的改憲」派になった。
 
新9条案について田原さんは、「日米関係や日本の防衛力の現実を見れば、簡単ではない」と距離を置く。特に集団的自衛権については、新しい安保法制での武力行使の新3要件は厳しく、現状では憲法で禁止するまでもない、と考える。「米国との関係が大事。何もしなくても、やり過ぎてもいけない」
 
憲法論議は、「平和国家」の根幹を形づくってきた規定は維持し続けるべきだという護憲派と、「防衛軍」などを規定して「普通の国」にしようとする改憲派の間で主に繰り広げられてきた。第三の選択肢ともいえる新9条案は、憲法を改めて考える契機になりそうだ。
 
(藤井裕介、編集委員・塩倉裕)
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