キョウ 茶の花

【「沖縄」という「本土」の同級生は怒っている】
僕は沖縄生まれのウチナーンチュではない。北海道生まれの日本人=ヤマトンチューだ。ただ、ウチナーンチュであろうがヤマトンチューであろうが、非道で卑怯なふるまいが公然と行われていることに対しては、人としての恥ずかしさを覚えると同時に、持って行き場のないような怒りが自分のなかで沸々とわき上がってくることを押さえることができない。翁長雄志県知事が辺野古埋め立て申請承認を取り消して以降のこの国の政権の対応ぶりをみて、このように言明せざるを得ないと言っているのだ。これが一つの地方に対して中央政府がやることか?
琉球処分」という言葉がある。学校の歴史の教科書にも出ている学術用語だ。だが、この用語も所詮は、本土(大和)の立ち位置から使われてきた言葉かもしれない。1609年に薩摩藩の軍が琉球王国に侵攻し首里城を占拠した琉球征伐事件をさして第1次「琉球処分」といわれることが多い。続いて、1872年の廃藩置県で明治政府によって琉球藩が置かれたことをさして第2次「琉球処分」、さらに第2次大戦をはさんで、本土の捨て石として唯一の地上戦として沖縄戦が戦われた後、施政権がアメリカに譲渡され、米軍による実質的な占領を(日本が)甘受したことが、第3次「琉球処分」と呼ばれることがある。そして1972年、米軍基地の現状を維持したままの本土復帰=沖縄返還をさして、第4次「琉球処分」と位置づける人々もいる。今、辺野古に新基地を造ることを政権が強行する動きをさして、第5の「琉球処分」という人々がいる。その認識が間違っているとは僕には思えない

複雑に入り組んで込み入った話を理解するときに、よく例え話が使われる。そうか、そういうことだったのかと納得がいくようなうまい例え話がこの世の中にはあるし、かつてもあった。先人の知恵というのはちゃんと根拠があるのだ。作家の
池澤夏樹氏は沖縄への理解がとても深い人だと僕は思っている。氏はかつて沖縄のことを、「40数人のクラスに戻って来た色の黒い転校生」に例えていた。〈強大な他校との喧嘩でこの子を前に出してぼろぼろの目に遭わせ、しかもその後で人質として差し出した。だから(註:転校して)戻ってきても素直に「お帰り」と言えない。まして「ごめん」とはとても言えない。すごく気まずい。だけどこの子はおそろしく芸達者だった。歌がうまく、話がおもしろくて、料理の腕もいい。気まずい思いはそのままに、みんなが彼の持つ芸能力に夢中になった。〉(2012年5月15日付朝日新聞のエッセー「同級生は怒っている」より)。・・・・(金平茂紀「沖縄タイムス」2015年11月5日

Blog「みずき」:上記の「同級生は怒っている」のリンク先の「池澤夏樹さんは知念ウシさんに負けたのか」というブログ記事もとてもよい文章です。ご参照ください。

【今日のフェイスブック】

きょうの各紙朝刊。クロ現のヤラセ問題が1面に。BPOの踏み込んだ意見書。すごい。きのう原文を読んだが、東京の編集体制の空虚さが目に付く。あのおかしな演出について、編集現場で異論が出なかったことに驚く。それにしても、高市総務相のコメン...

Posted by 永田 浩三 on 2015年11月6日


【山中人間話】

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