キョウ ポリタス

【沖縄の基地の本土への「引き取り運動」について】
沖縄の基地の「引き取り運動」というのがあります。東大の
高橋哲也氏も中心的にコミットされているようです。この運動について意見を述べたいと思います。まず結論から言えば反対です。何よりも、この運動は、普天間/辺野古の問題は「移設問題である」という日米政府によるデマを前提にしています。そもそも移設ではなく普天間基地の単なる撤去の問題です。また、この運動は、「安保条約容認派が国内で多数である以上、米軍基地をどこかで引き受けなければならない」という前提に立っていますが、かりに安保体制を認めるにしても、これだけたくさんの米軍基地が日本国内に必要だということにはなりません。なぜ減らしたらいけないのか、その説明がありません。
ただ、この提案は、全国の自治体が、いわゆる「移設先」とされている名護市と同じ「痛み」をなにがしか共有しなければならない、知らない顔をしてはいけない、という問題の指摘としては重要です。(略)問題点を指摘する一つの「レトリック」としては注目すべきものはでありますが、現実に実行するとなると、始めに述べたように「移設」のデマに加担し、米軍の日本でのプレゼンスのレベルの維持を図ることになってしまいます。(略)また、「基地」という小ぎれいな言葉で表されるものの実体は、工業的殺人のための施設、つまり「殺人工業地帯」なのです。そのようなものを、どのような場所であれ(グアムも含め)、またどのような理由であれ、新しく作ると言う運動を、平和運動の中に持ち込むとして、一体どれだけの賛同が得られるでしょうか。「まずは差別構造の是正が先で、基地削減はそのあと」という論理が、平和運動、市民運動を支配するというのは、とても受け入れ難く思います。

沖縄県とそれ以外との差別構造がなくなる、あるいは少しでも解消に向かう見通しがつかないことへの焦りの気持ちは理解出来ます。しかしそれに立ち向かう方向としては、市民運動、特に沖縄県外のそれが、普天間基地閉鎖のための行動を開始する、質・量ともに強めることだと思います。8月20日の琉球新報に掲載された「引き取る行動・大阪」の松本亜季さんの
意見に、「『基地はどこにもいらない』と叫ぶことが、結果として沖縄に基地を固定化する事態を招いた」とありますが、確かに“叫ぶ”だけではダメで、行動が足りなかったのだと思います。そのような意味で、私は数年前に普天間基地への封鎖行動を提案しています。「叫ぶ」だけでなく、このような実践的行動が有効だと思います。いまのところ辺野古、高江で手一杯なのか、「オキュパイ普天間」の動きは止まっているようですが・・・。なんとか再開してほしい、再開したいものです。(ペガサス・ブログ版 2015-11-01

【山中人間話】
 

2015.11.03 今日の山中人間話 ――東京新聞の「新9条論」(新改憲論)キャンペーンの第2弾というべきか。【Blog「みずき」】(2015/11/03)  

Posted by 都藤 邦 on 2015年11月3日
 

今年の春の琉球新報の社説。島尻大臣いまも反省せず。

Posted by 永田 浩三 on 2015年11月3日

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