キョウ 由布院2

以下の共産党委員長の志位和夫氏のツイッターを見ていただきたい。なにも言わずとも、そのツイッターの中身がいまの共産党の右傾化の無惨なさまを雄弁に証明しているといえないか。 


上記のツイッターに登場する小林節氏の唱える「新9条」論は保守の主張する明文改憲論と寸部も違うところのない危険きわまりないものであることについては先日も本ブログで指摘したばかりです。
 
・今日の言葉(2)――弁護士の澤藤統一郎さんの 「新九条論」徹底批判。共産党の国民連合政府構想が「新九条論」者を勢いづかせている一因になっていないか。気がかりで警戒すべき事態と言わざるを得ない。(Blog「みずき」 2015.10.24
 
・今日の言葉 ――安倍自公政権の非立憲的な独善ぶりもさることながら、社会運動の側の思想的な頽廃にこそ私は日本社会の真の危機をみる。(Blog「みずき」 2015.10.26
 
ここでは上記のうち大田英昭さんの指摘をご紹介しておきます。
 
「護憲」という言葉は、日本の近現代史および政治思想の上で、大きく二つの異なる内容を含んでいることに注意せねばならない。第一の内容は、日本国憲法のうち特に9条を守れ、という思想および運動である。1950年代以来、日本の支配層の改憲策動は憲法9条の改定を最優先とするものであったから、これに対抗する護憲運動が主として9条を守ることを掲げたのは当然だろう。(略)「護憲」の第二の内容は、憲法に基づく政治のあり方(立憲政治)を守れ、というものである。(略)特に注意すべきは、上の第二の意味でもっぱら「護憲」を捉え、安保法案への反対を立憲政治の擁護(略)の運動としてこれに参加した人たちの中に、第一の意味での「護憲」(略)を軽視さらには批判する人も、少なくないことだ。そこには例えば、小林節氏のような9条改憲論者が含まれている。安保法案反対において、第二の「護憲」のみを強調するならば、憲法改正の規定に従って「国民」の意志として9条を改定し第2項を削除すれば、立憲主義の原則に従いつつ集団的自衛権を行使できる、という論理すら可能になってくる。略)平和運動の周辺では、思想を後退させることで運動の底辺を広げようという「現実主義」(?)的な提言(自衛隊の9条合憲論や専守防衛論)が目立ってきた。(大田英昭「長春だより」2015-09-28

やはり上記のツイッターに登場する仲里利信氏については下記のWikipediaの記事を参照すれば十分でしょう。いうまでもなく仲里利信氏は生粋の沖縄保守の人です。
 
衆議院議員、参議院議員を務めた大城眞順の後援会事務局長を経て、1992年の沖縄県議会選挙に自由民主党公認で島尻郡選挙区から出馬し、初当選。以後4期16年にわたり県議を務め、2006年には沖縄県議会議長に選出された(~2008年)。(仲里利信 - Wikipedia

ミサオ・レッドウルフさんについては弊ブログの記事を含む以下の指摘をご参照ください。「ミサオ氏の価値観が、まるでネトウヨや橋下・石原のそれと瓜二つ」とは下記2つ目の記事を書いた「アフガン・イラク・北朝鮮と日本」主宰者の指摘です。
 
3・11福島原発事故を契機にした官邸前の金曜日行動は最大時で20万人の市民を結集させ大きな盛り上がりを見せました。その金曜日行動を主催した反原連のミサオ・レッドウルフさんや野間易通さんはいわゆる民主陣営から一躍スターのような扱いを受けるようになりましたが、ミサオ・レッドウルフさんはその金曜日の官邸前抗議で警察指揮官車のマイクとスピーカーを使って「整然とした行動」を訴えた人でもありました。その「整然とした行動」の訴えが民主運動にいまどのような厄災をもたらしているか。

たとえば次のような証言があります。「昨日は穏やかだったので最前線へ行こうとしたら凄いことになっていて。今日は車道を隙なく警備車両が埋めて一切、道路に出られないように。お巡りもその内側に五重以上。でも歩道は満員電車よりも混雑状態なのだ。最前線の押し合いへし合いを警備車両の上からお巡りが口汚く威嚇する」。昨日16日の国会デモでは公務執行妨害なる理由で13人もの不当逮捕者が出ています。にもかかわらずシールズに関係するメンバーの中にはあからさまに警察や自衛隊を「我々と同じ、民主・平和の戦後日本を構成してきたメンバーである」と礼賛する人物も出ているのです。これは災厄という以外のなにものでもないでしょう。(Blog「みずき」 ひとりの若者を「ヒーロー」に仕立て上げる民主勢力の無定見と精神の弛緩について ――そうした弛緩が社会の変革を後退させてきた。今後も後退させていくだろう。

<反原連(首都圏反原発連合)が毎週金曜日に首相官邸前で行ってきた反原発デモ。大飯原発再稼働反対に的を絞った素人同然のデモが、当初の数百人から今や十数万人を集めるまでに成長し、とうとう野田首相と会見を行うまでになった。その一方で、日の丸を黙認しながら労働組合の旗は下せと言ったり、デモ参加者から逮捕者が出ても選り好みしてまともに救援に取り組まなかったりなど、反原連幹部の恣意的な発言や行動も目につくようになった。
http://blog.goo.ne.jp/ha…/e/6e7e93070f2f2581a2d2058a224ae295
http://blog.goo.ne.jp/ha…/e/ed24283659f9fadcd0cf46e381ef0b2d
そんな折り、「週刊ポスト」8月31日号に反原連幹部の一人Misao Redwolf(ミサオ・レッドウルフ)氏の単独インタビュー記事が載った。自由報道協会代表の上杉隆氏によるインタビュー記事だが、その内容を見て驚いた。記事の中で展開されているミサオ氏の価値観が、まるでネトウヨや橋下・石原のそれと瓜二つだったからだ。主張こそ、前者の反(脱)原発に対して後者は新自由主義者や右翼で原発・核武装にも賛成(容認)と違うものの、その論理展開の仕方が余りにも似通っている事に今更ながら呆然とした> (2012年08月25日)(永原純フェイ スブック 2015年10月10日

内田聖子さんについてはやや長くなりますが、弊ブログと澤藤統一郎弁護士のブログ記事から下記の指摘を引用しておきます。
 
先月の26日に江渡聡徳防衛相の資金管理団体が2009年と2012年に江渡氏本人に4回にわたり計350万円を寄付したと政治資金収支報告書に記載していたことが明らかになった問題について、澤藤統一郎さんが同防衛相の政治資金規正法違反容疑を厳しく追及するとともに、関連して、2年前の東京都知事選の折の「人にやさしい東京をつくる会」(現希望のまち東京をつくる会)の澤藤弁護士に対する不当な解任劇を知る者にとっては江渡防衛相の政治資金規正法違反容疑事件と類似する事件としてただちに想起される事件の弁明書として同会所属弁護士の中山武敏氏、海渡雄一氏、田中隆氏の3弁護士(同知事選候補者の宇都宮健児氏を含めると4弁護士)が執筆した「澤藤統一郎氏の公選法違反等の主張に対する法的見解」と同「法的見解」執筆者らの論を再度、改めて批判する記事を自身のブログに昨日付けで書いています。

澤藤統一郎さんの同「法的見解」執筆者及び「人にやさしい東京をつくる会」運営委員ら、すなわち問題提起のためにさらに具体的に指摘しておこうと思いますが、宇都宮健児氏(弁護士)、中山武敏氏(同)、海渡雄一氏(同)、田中隆氏(同)、上原公子氏(当時選対本部長)、熊谷伸一郎氏(同事務局長)、河添誠氏(同運営委員)、内田聖子氏(同事務局)・・・らを批判した掉尾の文章中の言葉、「自らの手の内にあるはずの根拠となる資料を示すことなく、『この記載ミスを訂正すれば済む問題』とし、今は『既に訂正したのだから、もう済んだ問題』として押し通そうとしている。このようにして収束をはかろうなどはとうてい認められない。誤りを認めず、反省せず、真摯に批判に耳を傾けようとしない。こういう体質は改めなければならない。でなければ、この陣営に参集した者には、石原宏高や猪瀬直樹、渡辺喜美、そして江渡聡徳らを批判する資格がない」という指弾の言葉に私も強く同意するものです。(Blog「みずき」 澤藤統一郎さんの江渡防衛大臣政治資金規正法違反容疑批判と改
めての「人にやさしい東京をつくる会」弁護団の「澤藤統一郎氏の公選法違反等の主張に対する法的見解」批判と私の憂いと憤り
 
まず内田聖子氏の「ブラック」行為について。先の先の東京都知事選で宇都宮候補のスケジュール管理の責任を担っていた澤藤大河氏は同氏の「ブラック」行為について次のように指摘しています。少し長くなりますが、その「ブラック」行為のなんたるかを明らかにするために内田聖子氏の「ブラック」行為に到る一件の前振りとしての報告を含めて引用します(澤藤統一郎の憲法日記 2013年12月27日)。

「・随行員としての任務外し 私は、選挙戦を4日残した12月11日午後9時30分に、突如上原本部長から、選対事務所に呼び出され、そこで、随行員としての任務外しを言い渡された。青天の霹靂のことである。これは事後にわかったことだが、後任の人選まで事前に済ませており、周到に準備された『だまし討ち』だった。熊谷伸一郎事務局長(岩波)は、『翌日休むように命令しただけで、任務を外す命令ではない』と言っているようだが、詭弁も甚だしい。選挙戦はあと3日しかないこの時期に、候補者のスケジュール管理に責任をもっている私を、慰労のために休まようとしたとでも言うのだろうか。一刻も選挙活動のための時間が惜しいこの時期に、私を休ませる理由があるはずはない。実際、私を外したことによる後任の不慣れによる不手際は現実のものとなっている。上原本部長や熊谷伸一郎事務局長(岩波)は、選挙運動の円滑な運営よりも、私への『小さな権力の誇示』と『嫌がらせ』を優先したのだ。(略)

私が、任務外しの理由を問い質したところ、まずは『疲れているから』というものだった。それに加えて、『女性は厳禁とされた随行員に、選対本部の許可なくTさんを採用したこと』も、理由とされた。なんと馬鹿馬鹿しい理由。」「私は反論した。ここで一歩も退いてはならないと思った。直感的に、これは私だけの問題ではない。選挙共闘のあり方や、『民主陣営』の運動のあり方の根幹に関わる問題性をもっていると考えたからだ。まず、『命令』なのか確認をしたところ、上原公子選対本部長は『命令』だと明言した。私はこれは極めて重要なことと考え、上原選対本部長には『命令』する権限などないことを指摘した。お互いにボランティア。運動の前進のために、合理的な提案と説得と納得の関係のはず。上命下服の関係を前提とした『命令』には従えない、ことを明確にした。このときの上原公子本部長の表情をよく覚えている。彼女は、熊谷事務局長と目を合わせて、にやにやしながら、『この人、私の命令を聞けないんだって』と笑ったのだ。私はこの彼らの態度に心底怒った。」

「それでも、論理的に説得しようと務めた。逃げ腰の上原公子選対本部長を制して、この不当な措置に対する私の言い分を聞くよう要求した。その結果、私は上原公子本部長にようやく2分間だけ弁明の時間を認めさせた。上原公子選対本部長は、夜の9時半にわざわざ私を呼び出しておいて、『忙しいから2分間だけ』ということだった。私は、その2分間で、『ボランティアのTさんに随行員となってもらったのは、車長(引用者注:杉原浩司氏)も含む街宣チーム全員の話し合いの結論だったこと。選対事務局に人員増強の要請をしても応じてもらえず現場の必要に迫られての判断だったこと。そして、市民選対の誰にも、命令の権限も服従の義務もないこと』を喋るつもりだった。しかし、このわずか2分間の約束も守られなかった。私の弁明は途中で打ち切られた。上原公子選対本部長は、『会議に呼ばれているから、そっちに行かなくちゃ』と、結局は1分半で席を立って姿を消した。(略)こうして、私とTさんとは、随行員としての任務から外された。翌日のスケジュールにしたがって、いつものとおり街宣車に乗ろうとしたが、気の毒そうに車長から拒否された。私は、その後は本郷の自宅付近で、近所の勝手連の人々と一緒に街宣活動やビラ撒きに参加した。」「Tさんは、心配して遠巻きに候補者を気遣い、ある局面では後任者の手際の悪さから、うろうろしていた宇都宮さんを誘導して昼食がとれるように案内したことがあったという。

このとき、内田聖子運動員(選挙運動報告書によれば選挙運動報酬5万円受領)(引用者注:同じボランティアでも一方で「報酬」を受け取る人と「無報酬」の人がいる。その差別性については『澤藤統一郎の憲法日記』の「宇都宮健児君、立候補はおやめなさい」記事に詳しい)から、「あなたは任務を外されたのだから余計なことをしないで」と面罵されたそうだ。これは、宇都宮さんの面前のことだったが、宇都宮さんは見て見ぬ振りだった。そう、涙ながらに聞かされた。」(Blog「みずき」 自らのパワーハラスメント/「ブラック」行為について反省のな
い実行委員会(選考委員)とはなにか? ――〈民主的で市民的で非暴力的な表皮〉をまとった不可視の暴力について

また、SEALDsについては大田英昭さんの「長春だより」から下記の指摘をご紹介しておきます。
 
国会前での安保法案反対運動でマスメディアから注目されたSEALDsの中心メンバーやその周辺の支援者にも、9条は改定したほうがよい、という主張が現れているらしい。(略)平和運動の周辺では、思想を後退させることで運動の底辺を広げようという「現実主義」(?)的な提言(自衛隊の9条合憲論や専守防衛論)が目立ってきた。とりわけ今回の安保法制反対運動では、立憲主義という後退線で保守勢力と政略的に連携することが重視され、そうした雰囲気の中で、SEALDs人気が各メディアを通じて突出することになった。SEALDsの主張は明らかに、従来の平和運動の思想的成果(略)を踏まえようとしない保守的なものであるにもかかわらず、不思議なことに、社会運動・平和運動の中にもこれを無条件に支持する人が多く、その批判者に対しては〈運動の邪魔をするな〉とばかりに罵倒が浴びせられもした。(略)安倍自公政権の非立憲的な独善ぶりもさることながら、こうした社会運動の側の思想的な頽廃にこそ、私は日本社会の真の危機をみるものである。(「長春だより」2015-09-28

共産党はこのような人たちと無批判に連携してなにをしようというのでしょう? 以下の記事が信憑性を帯びてきます。
 
辺見庸が言っていた、共産党は本当に最後まで憲法9条を守るのだろうかという、警告的予言を思い出したのは、今から2年前のことだった。共産党が動員するデモの看板に「海外での戦争に反対」というようなフレーズがあり、尖閣で中国と戦争するのは賛成なのかと訝ったことが出発点だった。

本来、日本共産党は、名前も共産党なのだから、中国共産党と安倍晋三との間に立ち、憲法9条の非戦の精神に徹して、両者の間を忙しく往復しつつ精力的な野党外交を演じ、尖閣問題で日中が妥協して平和を回復する関係構築に奔走しなくてはいけなかったはずだ。台湾を交えた三者で腹を割って会談しようとか、米国を入れた四者で膝を交えて協議しようとか、無限の建設的提案をして大胆に国際社会の注目を惹き、期待を集め、日本右翼の暴走を押さえられる立場だった。そうした平和主義の日中外交を提起し、学者や民間企業人を入れた国民運動を巻き起こすべきで、それこそが憲法9条に即した態度であり、共産党に求められた選択だった。

ところが、共産党はそれをせず、安倍晋三の側に立ち、海外での戦争には反対と言いつつ、尖閣については個別的自衛権で対応するという保守的立場に旋回、日中戦争の危険を除去するのではなく、国家主権の論理で対中安保政策を方向づけてしまった。それを見て、私は意外に思い、辺見庸の予言を思い出したのだった。そこから2年経ち、この問題についての危惧は確信に変わったと言っていい。二大政党は一党多弱になり、一党多弱は衛星政党のファシズム体制になり、共産党が「新9条」を決断して大政翼賛会となる。(世に倦む日日「共産党が9条改憲を決断する日」 2015-10-28
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