キョウ 1937  

【「1★9★3★7」(辺見庸)を読む】
「なにかとてつもない内的力にかられて」、
著者は、本書を書いたといいます。なにか恐るべきことが、わが身に迫っているという予感、それが「内的力」となって、噴きあがったのでしょう。(略)1937年の風景もまた、日本人が忘れたがっている記憶のひとつといえるでしょう。著者は共同通信の北京特派員時代に、堀田善衛の『時間』(1955年刊)という小説を読みました。
主人公は中国人の知識人、陳英諦で、かれは南京に侵攻した皇軍(日本軍)によって、妻子を殺され、自分も殺されそうになります。その主人公の目に、日本人はどのように映ったかが、この小説のテーマといえるでしょう。いま南京大虐殺は、忘れられるどころか、そんなものはなかったとされるような勢いです。最近は、大虐殺の責任は中国にあるという開き直った主張さえ見かけるようになりました。戦争はもう遠くなったようにみえます。戦後70年という言い方は、70年戦争がなかったことを意味するかのようです。

しかし、はたして、そうでしょうか。この70年のあいだに、世界で戦争がおこらなかった年は、1年とてなかったのではないでしょうか。戦後70年を「平和」ということばでくくるのは抵抗があります。実際、70歳になる著者にとっても、戦争はつい先ごろのできごとでした。著者のなかでは「戦争」─「中国」─「父」がひとつながりになって思い返されていきます。(略)長江河岸で中国人の死体が燃やされる光景を、著者は脳裡に思いえがきます。小説『時間』のなかには「積屍(せきし)」ということばが、何度かでてくるといいます。積み重なったしかばね。それが、南京大虐殺の実際です。1937年6月には盧溝橋事件が発生しました。その翌月、近衛内閣は「
国民精神総動員実施要項」を閣議決定、「挙国一致」の精神によって、国家総力戦に突入せよとの号令を発しました。

そして、国民は、天皇が治める国家の「皇運」に、こぞって寄与するよう求められました。最近の「一億総活躍社会」というスローガンを聞くと、これとたいして変わらないと思うのは、ぼくだけでしょうか。総動員の牽引役として期待されていたのがマスコミです。当時はまだラジオの時代ですが、1937年10月にNHKは「国民唱歌」の放送を開始し、その第1回に
海ゆかば」を流しました。「なにかただごとでない空気の重いうねりと震えがこの歌にはある」と、著者は書いています。「大君のための死を美化して、それにひとをみちびいてゆく、あらかじめの『弔歌』」──それが「海ゆかば」なのでした。「海ゆかば」のしかばねと、虐殺による「積屍」は同じしかばねのはずなのに、いっぽうは大君(おおきみ)の名のもとで美化され、もういっぽうは人間として扱われていないのはどうしてか、と著者は問います。この問いに立ち止まってみるところから、本書ははじまっています。ゆっくり読んでいます。(海神日和 2015-10-27

【沖縄への禁じ手】
「敵に塩を送る」といえば相手の苦境を救う美談の意味合いだが、昨今の使われ方は往々にせちがらい。「そんなことをしたら敵に塩を送ることになる」などと浅慮を戒められる。思い出すのは自民党幹事長だった石破さんだ。去年1月の沖縄県名護市長選挙で、基地移設推進派候補の応援に入った。そこで「
500億円の名護振興基金」をぶち上げる。露骨な「札びら」への反感は大きかったとみえ、結果は反対派候補が勝った。人の「心」を軽く見た授業料は高くついたはずだが、きわどい話がまたぞろ持ち上がってきた。普天間飛行場の移設先とする辺野古周辺の3地区に、政府が振興費を直接交付するという。切り崩し狙いか、まつろわぬ名護市の頭越しにお金を渡すそうだ。奇手というより禁じ手の部類に思われる。法律の細道をすり抜ければ可能でも、懐柔めいた策など封印するのが政治の節度であり矜持でもあろう。それともこれが首相の言う「沖縄の方々の理解を得る努力」なのだろうか。普天間の代替地に名護市東海岸が浮上して19年がたつ。賛否は割れ、住民投票や選挙のたびに地域や職場、親兄弟にいたるまで亀裂は深まった。「傷だらけさー。基地の話はもうこりごり」。老いた女性の悲嘆を、かつて取材で聞いたことがある。仮に本土のどこかに似たような状況があったとして、頭越しの直接交付という異様な策を政府はとり得るだろうか。答えに想像が及ぶとき、沖縄で噴き出す「差別」の一語が胸を刺す。(朝日新聞「天声人語」2015年10月28日

【山中人間話】
 

Blog「みずき」:「これまでの活動の中でも人生最大のチャレンジとして」(志位氏)。言葉の遣い方を間違えているでしょう。同じことを言っても「人生」と言うのではなく、「結党以来の最大のチャレンジ」などと言うべきところです。共産党は志位氏の個人商店ですか? 志位氏の思想、また、そうした志位氏の思想を許容する共産党という中央組織の思想の頽廃と退嬰を思わずにはいられません。一言指摘しておきます。

朴裕河『帝国の慰安婦』が、石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞文化貢献部門大賞を受賞以下、鄭栄桓「なぜ朴裕河『帝国の慰安婦』は右派に受け入れられるのか」より……   右派が『帝国の慰安婦』を受け容れる理由としては、こうした積極的...

Posted by 鄭玹汀 on 2015年10月27日

 1840年産の老酒で返礼なんてことないんでしょうかね。 天安門事件への武力弾圧をけっして忘れない者の一人として複雑な心境です。――――――――――――――『英国を訪問した中国の習近平国家主席を歓迎する公式晩餐会(ばんさんかい)で...

Posted by 内海 信彦  on 2015年10月27日
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