キョウ 乗鞍高原

【「第二の罪」再論】
この10月はもう一つ、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「
世界記憶遺産」をめぐっても議論になっている。(略)この南京事件で一番問題とされているのは、犠牲者数である。記憶遺産に登録された中国が申請した文書のなかには、犠牲者数を30万人以上と記した記録が含まれている。
日本外務省のHPには、「非戦闘員の殺害や略奪行為などがあったことは否定できないが、被害者の具体的な人数は諸説あり、正しい数を認定することは困難」という見解が示されている。中国の動きに対して日本政府は直ちに反応。「中立・公平であるべき国際機関として問題であり、極めて遺憾」という外務省報道官談話を出した。「30万人以上」という数字が国際機関によりオーソライズされ、日本の「負の歴史」の宣伝に利用されかねないというのだ。菅義偉官房長官は10月13日の記者会見で、ユネスコの拠出金の停止や減額を含めた措置の検討に入ったことを明らかにした。仰天の対応である。ユネスコの財政を支えている日本が、自分に気にくわない資料が登録されたことを理由に、拠出金を停止・減額すると脅す。これは、6月に自民党の「文化芸術懇話会」で、広告を出す企業やテレビ番組のスポンサーに働きかけて、メディア規制をすべきだと叫んだチンピラ政治家たちと同じ発想、その国際版ではないのか

南京虐殺では犠牲者数に諸説あるといっても、東京裁判では「20万人」、歴史研究者の間では「十数万から20万人」「約4万人」「2万人余り」などの数字が使われているが、膨大な数の人々が虐殺されたのは事実である。昔から「南京虐殺はなかった」という人々はいたが、とうとう政府がそういう人々に乗っ取られてしまった。いまの安倍政権はかつての自民党政権ではない。1年前の直言「
歴史的逆走の夏―朝日新聞「誤報」叩きと「日本の名誉」?」でも引用したR.ジョルダーノ『第二の罪――ドイツ人であることの重荷』(永井清彦訳、白水社、1990年)によれば、ヒトラー時代にドイツ人が犯した罪を「第一の罪」とすれば、「第二の罪」とは、戦後において「第一の罪」を心理的に抑圧し、否定することで、その手法としては8つある。その一つが、「600万人も殺していない」というものだ。いま、政府が押し出している主張は、「南京では30万人も殺されていない」ということであって、もし、ドイツ政府が「ユダヤ人は600万人も殺されていない」といったらどうなるか。ドイツでは「アウシュビッツはなかった」と言ったら刑事責任を問われるのである(民衆扇動罪、刑法130条)。

死者の名前も特定できず、数だけが一人歩きして議論されている。もう「数」の議論はやめるべきである。亡くなった無数の「小さき人々」の「声」に耳を傾けることこそ重要であろう。(
水島朝穂「今週の直言」2015年10月19日

【被害者本人に謝罪する屈辱を回避させてくれる組織では同じ過ちが繰り返される】
強姦事件の再審、男性に無罪判決…大阪地裁」には驚いた。(略)男性は一貫して否認。ということは、検察側が有罪証拠を揃えていたということ。有罪証拠はなんだったのかというと、「女性と目撃者の証言など」「女性」=被害者を自称する人の言葉が常に真実とは限らない。「目撃者」はだれだ?(略)地検が男性の刑の執行停止して釈放するというのは極めて異例。再審開始決定にとことん抵抗する検組織の判断として、確実な無罪証拠が見つかってしまったということだ。目撃者は女性の兄だった。事件の性質からして、兄はすぐそばで犯行をみていたことになる。妹を助けないで? 女性が嘘をつくとすれば、その兄も嘘をついている可能性がある。そう考えなければならない。その兄が、男性の弁護人に偽証だったことを認めた。どういう経緯だったのか。記事にはその経緯が書かれていないけれど、経緯がなるほどというものなら本当。???であれば、偽証と認めたことが嘘になる。

それよりもっとずっと胡散臭いのが、「大阪地検の再捜査で、「性的被害の痕跡がない」とする診療記録も見つかり」というくだり。大阪府警の再捜査ではなく、大阪地検の再捜査。ふつう、警察の捜査の段階で警察に言われて、女性が病院へ行って医師の診断書をもらってくる。その診療記録は警察の手に入り、その後、重要証拠として検察の手に入る。そこから警察に戻ることはない。それが伏せられたままだったのではないか。無罪証拠を隠したまま、検察は「悪質な犯行」と追及したのではないか。しかも、女性の供述は重要な点でかなり変遷したらしい。検察の言い分にもたれかかる裁判官たちは、地裁、高裁、最高裁ともに、被告人の無実の訴えに耳を傾けず、実刑有罪判決を言い渡した。(略)

検察官が謝罪したとしても、当時の担当検察官ではないし、起訴を決裁した検事正でもない。その人たちは組織に守られ、ふつうに生活している。苦しめられた被告人は同じ人なのに、謝る側は捜査にも裁判にも関わっていなかった検察官。決まった台詞を言い、頭を下げてるだけ。上司からそうするように言われているもんで。なんとも茶番だ。当時の捜査担当、公判担当の検察官、起訴を決裁した当時の検事正が直接、元被告人に謝らないと、本物の謝罪にならない。被害者本人に謝罪する屈辱を回避させてくれる組織では同じ過ちが繰り返される。裁判官は謝らない。警察、検察が悪い。わたしは悪くない。ところで、診療記録はどこから見つかったのだろう?(
弁護士清水勉のブログ 2015-10-17

【山中人間話】

朝日新聞のスクープ。日本がまともな法治国家ならば、検察庁や県警が動くはずだが(汚職の疑いで)、今のような政治体制のもとでは……。

Posted by 金平 茂紀 on 2015年10月18日

呆れた。「政府としては問題ない。」 朝日のスクープ報道に対して。

Posted by 金平 茂紀 on 2015年10月18日
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