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【安部自民党「国家」の不当と不法と沖縄差別】
沖縄の翁長知事が、仲井真前知事が知事選挙での公約に違反して行った辺野古新基地の埋め立て承認を取り消した。(略)政府は訴訟を起こすということだが、行政審査不服法は、国が自治体の行政的決断について国が訴訟をするということを予定した法律ではない。国が訴訟を起こすということは国が私人としての資格で行動することを意味する。国家が私人として行動することは現代法ではありえないことである(Blog「みずき」:下記の武田真一郎論文参照)。
法治主義の第一の基本は選挙結果に行政はしたがうことである。名護市長選・県知事選・衆議院選挙などで沖縄県民の総意は何重にも確認されている。世論調査でも県内移設反対が8割に達している。県知事選はいわば住民投票である。住民投票による住民自治に従うというのは民主主義国では普通のことである。それを越えるような国家判断なるものをすることは許されない。菅官房長官は、一度決まったことだ。行政の継続性だと県知事を批判したというが、ようするに選挙結果にしたがう気持ちはないということである。こういうことは法治主義の大原則に反する。とくに安部自民党は自党の国会議員の公約を変更させ、さらに仲井真前知事に公約を変更させた当事者である。選挙で確認された公約を変更させるというのがまず不当な行為である。不当な行為をしておいて、それが行政の継続性だというのは、やった方が勝ちという論理である。自身で踏みにじっておいて、それに抗議があると、もう決めたことだというような発言は許されない。これは、ようするに「俺が決めたことだから守ってもらう」「俺が法だ」ということである。これをジャーナリズムは全力を挙げてたたくべきである。(略)

こういうことが起こるのは、現在の「安倍自民党内閣」に特徴的なことで、ヨーロッパ・アメリカでは考えられないことである。United Statesアメリカの一州の決定をアメリカ政府が行政不服審査でひっくり返せる訳がない。(略)しかし、日本の「本土」であれば、住民投票は決定的な意味をもつにもかかわらず、「基地」「沖縄」となるとそうはならないというのは、(略)これはようするに、アメリカ従属であり、沖縄差別である。アメリカでは考えられないシステムによってアメリカに奉仕しようというのが何ともいえないところである。第二次大戦後のアメリカへの国家従属は、沖縄に基地をおくことによって支えられてきた。沖縄県民は第二次大戦末期の沖縄戦で県民の四分の一を殺された上に、アメリカ軍占領下で土地を収用され、基地を押しつけられた。沖縄戦の惨状を国民のうちどれだけの人がどれだけの精度と実感をもって知っているだろうか。(略)それを問い直さないまま、安部自民党「国家」は、沖縄県と事を構えようとしている。(
保立道久の研究雑記 2015年10月14日

【武田真一郎論文】

辺野古承認取り消しと今後の展望/武田真一郎(上)沖縄防衛局には「審査請求」の資格はない  
(沖縄タイムス 2015年9月23日付掲載)

辺野古承認取り消しと今後の展望/武田真一郎(中)沖縄防衛局には「審査請求」の資格はない
(沖縄タイムス 2015年9月24日付掲載)
辺野古承認取り消しと今後の展望/武田真一郎(下)沖縄防衛局には「審査請求」の資格はない
(沖縄タイムス 2015年9月25日付掲載)
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