キョウ コスモス

【私たちがアジア2000万人の犠牲者を再び殺すとき】
一連の戦争法案の暴力的な可決の瞬間から始まった私たちのあらたなる闘いの幕開けから、一週間が経ちました。私の心は、皆さん同様、怒りで渦巻いています。一方、日々、目を覚ますと、強い決意が湧き上がります。私たちの目の前には、詭弁でその存在を維持せんとする国家権力という明確な敵がそびえ立っている。私たちの敵があまりにもはっきりしている以上、奴らを倒すことが、私たちの明確な目標である、と。私たちは彼らを打倒することで、私たち民衆が展開してきた戦争法案に抗する運動においてたびたび叫ばれてきた「民主主義」を勝ち取るのです。
なぜ、国家権力を打倒する必要があるのか。それは、憲法を遵守せず、一方的に数の論理で暴走するからか。民衆の声に謙虚に耳を傾けることすらしないからか。戦争国家に突き進もうとするからか。民衆の生命をないがしろにするからか。私たちは、その理由をかくも簡単に挙げることができます。なぜなら、彼らはこれらのすべてを恥じらいもなく、露骨にやってきたからです。私たち民衆による巨大な国家権力に対する闘いは、同時に、私たち自身に対する闘いです。一つの明確な目標に向かい、どこまで忍耐力を持ち続けることができるのか。民衆による闘いには、忍耐力とあらゆる場面における団結と連帯が求められます。私たちが忍耐力を自ら放棄するとき、私たちは本当の意味で敗北します。そうなると、私たちはこれまで以上に戦争の加害者となることを選ぶことになるのです。これほど屈辱的なことはありません。日本国憲法は日本の軍国主義により無残にも奪われたアジア各地の2000万人以上もの民衆の生命の犠牲の上に成り立つものです。私たちが真に敗北するとき、私たちはこれらの犠牲者を再び殺し、これらの声なき声を再び蹂躙することになります。パレスチナを代表する詩人である故マフムード・ダルヴィーシュは、かつてこのような詩を読みました。「ぼくは元気だ/ ぼくには一かたまりのパンがある/それにわずかな野菜も/ぼくはラ ジオで/亡命地からのメッセージを聞いた/かれらは皆、言った、『わたしたちは元気だ』と/誰一人言いはしなかった、『わたしは不幸だ』とは」(「亡命地からの手紙」高良留美子訳『アジア・アフリカ詩集』土曜美術社出版販売、1998年、73頁)私たちは孤独な闘いを強いられるときもあるでしょう。しかし、私たちにはかならずや、つながることができる多数の仲間たちがいます。そのことを信じ、このあらたなる闘いを継続していきましょう。(清末愛砂 2015年9月26日

【山中人間話】
 

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Posted by 大田 英昭 on 2015年9月25日
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