ハクサンイチゲ
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【こんなことは60年反安保闘争、70年闘争でも見られなかったことだ】
8月30日、
おびただしい人々が国会議事堂周辺につめかけた。国会で審議中の安全保障関連法案の廃案と安倍政権退陣を求めてだ。労組などの組織に属す人々もみられたが、自分の意思でやってきた人々が目立ち、「安保法案反対」は今や国民各層に深く浸透しつつあることを印象づけた。もし、安倍政権がこうした広範な国民の声を無視したら、国民の激しい怒りに直面するのではないか。(略)人の列をかき分けかき分けしてようやく議事堂正門前にたどり着いたのは午後3時30分だった。正門前を見渡して、目を見張った。広い正門前の車道が人また人で埋まっていたからだ。この車道が国会を目指すデモ隊に開放されることは極めてまれ。車道を敷き詰めたように集結した人々を見て、私は国会包囲行動が極めて大規模なものに達したことを実感した。その時だ。灰色の空から雨が降ってきた。が、人々は帰ろうともせず、そのまま車道に立ち尽くし、声をあげ続けた。(略)午後4時、実行委関係者の「国会包囲行動は成功しました。実行委が集約した参加者は12万人です」という報告に参加者から万雷の拍手。その後、「戦争法案いますぐ廃案」「安倍政権は直ちに退陣」のシュプレヒコールが数分間続いた。限られた見聞で私が強く感じたのは、国会包囲行動に参加した人たちの圧倒的多数が、何かの組織の指示でやってきた人たちではなく、自分の意思でやってきた人らしいということだった。独りで来た人、職場や地域の仲間とやってきた人、友人・知人らと連れだってやって来た人、そして、家族連れ……。年代的には高齢者、中年、青年、大学生、高校生、子どもなど、あらゆる世代にわたっていた。子どもを乗せたヘビーカーを押す若いママ、車いすの障害者、盲導犬を連れた視覚障害者にも出会った。全体的に見て、半数が女性と思われた。それと、独りでプラカードやプレートを高く掲げて議事堂に向かって立ち尽くす人が多かったことだ。そこには、その人それぞれの主張や要求、願いが書かれていた。そこには、国会包囲行動に加わった1人ひとりの堅い決意が見て取れた。こんなことは、60年反安保闘争、70年闘争でも見られなかったことだ。「60年」も「70年」も、集会・デモの主役は労組と学生組織だった。「戦後70年。この間、自立した個人を重んずる民主主義が確実に定着してきたとみていいのではないか」(Blog「みずき」注:「ある意味で」とは私も思います。しかし、同時にいま、「国会前12万人大集結」のこの瞬間にも「ナショナリズムが若者の間に広がっている」ことへの危惧と驚きは私の危惧と驚きとしてもあります)。そんな思いを抱きながら、私は帰路についた人々でごった返す地下鉄の駅へ急いだ。実行委の発表によれば、この日、全国47都道府県の計300カ所で同様の集会やデモが行われたという。(岩垂弘「リベラル21」2015.09.01

【私の言葉】
上記補注に関連して昨日の「今日の言葉」への私の補注もあわせて再掲しておきます。それが私の「今日の言葉」です。

共産党系の集会、講演会、雑誌などで引く手あまたの人気客員教授としていまや同党シンパサイザー第1位の位置を確保している感のある五十嵐仁さん(法政大名誉教授)が自身のブログに昨日の「国会前10万人・全国100万人大行動」について次のように書いています。曰く、「この日、国会周辺に集まった人々は主催者発表で12万人、警察情報で3万人とされています。(略)宣伝カーから、民主党の小川敏夫参院議員、共産党の池内さおり衆院議員、社民党の吉田忠智党首、ミサオ・レッドウルフさんなどとともに、私もスピーチさせていただきました」云々。この五十嵐さんの記事によって、毎週金曜の官邸前抗議で警察指揮官車のマイクとスピーカーを使って「整然とした行動」を訴えた反原連のミサオ・レッドウルフさんがいまだに市民運動のリーダー的存在として活動していることを知りました。ここでいう「整然とした行動」とは警察という「権力の番犬(guard dogs)」(田島康彦上智大教授)組織の許可の範囲内の行動のことにほかなりませんが、体制を批判しようとするものが批判される側の体制組織の許可の範囲内の行動を呼びかけるなど論理矛盾も甚だしく、「政治的判断能力の高さ」などと自画自賛するようなものではありません。市民運動のあり方として誤まった判断と行為というべきものです。その問題の人を革新政党ほかの市民団体がいまだに市民運動のリーダー的存在として遇しているさまは、「戦後日本の知の衰退」と劣化を示してあまりあるいわゆる「革新」の現在ただいまの右傾化の事例というべきものだと私は思います。

なお、警察の本質が「権力の番犬(guard dogs)」でしかないことの一個の証明として「8/30に警察が守っていたのは市民ではなかった」という以下のツイートをあげておきます。
 

追記:
上記で批判したミサオ・レッドウルフさんの「整然とした行動」説とほぼ同様の誤まった認識を「8・30 国会前10万人大行動」の後にツイッターで得意げに拡散する人がいました。ミサオ・レッドウルフさんと反原連仲間の野間易通氏のさらに盟友であるbcxxxという人です。bcxxx氏曰く、「戦後史の巨大な転換点にあたって、警察は辛うじて民主の側に踏みとどまった」「民主警察も、専守防衛の自衛隊も、我々と同じ、民主・平和の戦後日本を構成してきたメンバーである」「警察にはこれからも、今日のように誇り高く、民主警察であってもらいたい」云々。上記の「8/30に警察が守っていたのは市民ではなかった」というやはり「国会前10万人大行動」に参加した咲枝逢眞さんとの認識の差は明らかです。このbcxxxという人のツイートを紹介した芦原省一さんも「これを読んで『あ、この人ヤバい』と思わない方がむしろわからない」とやはりツイートでこの人の認識の愚を批判しています。「革新」の現在ただいまの右傾化はここまで進行している事例としてこのツイートもあげておきます。これがシールズ賛同者の一群の人たちの認識でもあるのです。

■野間易通の盟友bcxxx「戦後史の巨大な転換点にあたって、警察は辛うじて民主の側に踏みとどまった」「民主警察も、専守防衛の自衛隊も、我々と同じ、民主・平和の戦後日本を構成してきたメンバーである」云々 

Posted by 永原 純 on 2015年9月1日
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