ホウセンカ
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【戦後日本の知の衰退と「反共左翼」の責任】
(1)岩波書店から今月25日に出版された
チャーチルの評伝。内容自体はいたって普通のもので、目新しいことが書かれているわけでもないが、読んで裏切られることも無い。しかしながら、第二次世界大戦が終わって70年の記念すべき日にチャーチルを賛美・擁護する本を日本の左翼出版社が売ってしまった。(しかも岩波は学術出版社では最大手)この事実は非常に重い。(略)私は何度か、反共左翼という言葉をもって戦後日本の知の衰退を表現してきた。簡単に説明すると、①戦後の日本の知識人は、日本国内に共産党員を増やさないために生かされてきた。②40~70年代までは、共産党に対抗する存在(社会党を含む新左翼)として与党に対抗する主勢力となる一方で、共産党をけん制し続けた。実際、この時期の社会党、何割かのマルクス主義者は共産党を「旧左翼」、自分たちを「新左翼」と称し、自らの優位性を主張し、前者を攻撃し続けた。この際、内ゲバを初めとする暴力主義、選挙を軽視するデモ・ストライキの濫用、内部の権力抗争等により彼らは弱体化し、中には右翼と連携をとる者も出現する。(今では信じられない話だが朝日新聞社や岩波書店も以前は彼らのパトロンだった)③こうして、右翼から自分たちの対抗軸として利用されることで新左翼はその存在を認められ、そこそこ強いライバルとして戦後民主主義を形成して行く。これは見せかけの議論、民主主義を示すには好都合の試合だった。どちらかが劇的に壊滅しないよう、打ち合わせ済みの戦いだった。(略)戦後民主主義が中途半端に牽引されたものだったという自覚は、おそらく、当事者も含め、多くの左翼活動家にはないものと思われる。④そして冷戦が終結し、共産主義革命の可能性が消滅した結果、用済みとなった彼らは消滅、社会党に至っては解党、社民党は虫の息の状態に陥る。(略)⑤しかし、冷戦終結直後からの新左翼からの共産党の息の根を止めようとする攻撃は今でも続いている。結果として彼らの多くは右傾化し、保守とさして変わらない存在になった。言論・ジャーナリズムの分野では、未だに新左翼の残滓が跋扈している。先の都知事選でも、共産・社民が連携して擁立した宇都宮氏をけん制し、細川元首相を新左翼の残党が擁立し、共産批判を繰り返したことは記憶に新しい。(略)この反共左翼(Blog「みずき」注:知の衰退)の影響は他ならぬ日本共産党にも及ぶものであることを指摘したい(Blog「みずき」注:最近のいわゆる「脱原発運動」にも「知の衰退」の影響を私は顕著に見ます。その「知の衰退」は新左翼だけでなく、共産党をも犯しているという指摘であろうと私は思います)。(時事解説「ディストピア」2015-08-29 ) 

【補注】
共産党系の集会、講演会、雑誌などで引く手あまたの人気客員教授としていまや同党シンパサイザー第1位の位置を確保している感のある五十嵐仁さん(法政大名誉教授)が自身のブログに昨日の「国会前10万人・全国100万人大行動」について次のように書いています。曰く、「この日、国会周辺に集まった人々は主催者発表で12万人、警察情報で3万人とされています。(略)宣伝カーから、民主党の小川敏夫参院議員、共産党の池内さおり衆院議員、社民党の吉田忠智党首、ミサオ・レッドウルフさんなどとともに、私もスピーチさせていただきました」云々。この五十嵐さんの記事によって、毎週金曜の官邸前抗議で警察指揮官車のマイクとスピーカーを使って「整然とした行動」を訴えた反原連のミサオ・レッドウルフさんがいまだに市民運動のリーダー的存在として活動していることを知りました。ここでいう「整然とした行動」とは警察という「権力の番犬(guard dogs)」(田島康彦上智大教授)組織の許可の範囲内の行動のことにほかなりませんが、体制を批判しようとするものが批判される側の体制組織の許可の範囲内の行動を呼びかけるなど論理矛盾も甚だしく、「政治的判断能力の高さ」などと自画自賛するようなものではありません。市民運動のあり方として誤まった判断と行為というべきものです。その問題の人を革新政党ほかの市民団体がいまだに市民運動のリーダー的存在として遇しているさまは、「戦後日本の知の衰退」と劣化を示してあまりあるいわゆる「革新」の現在ただいまの右傾化の事例というべきものだと私は思います。

なお、警察の本質が「権力の番犬(guard dogs)」でしかないことの一個の証明として「8/30に警察が守っていたのは市民ではなかった」という以下のツイートをあげておきます。



【「西洋中心史観」、「反共・ムスリム史観」と「知」の劣化】
(2)岩波書店から今月25日に出版されたチャーチルの評伝。内容自体はいたって普通のもので、目新しいことが書かれているわけでもないが、読んで裏切られることも無い。しかしながら、第二次世界大戦が終わって70年の記念すべき日にチャーチルを賛美・擁護する本を日本の左翼出版社が売ってしまった。(しかも岩波は学術出版社では最大手)この事実は非常に重い。(略)以上(Blog「みずき」注:上記(1))を踏まえた上で、なぜ「不屈の指導者」とまで称える本が第二次世界大戦終結・70周年のこの時期に、岩波から出現してきたのか? アパルトヘイトで有 名な人種差別の国、南アフリカの誕生のきっかけとなった
ボーア戦争に従軍し、劇的な脱走を遂げた捕虜として英雄となったチャーチル。その名声を利用して政治家活動を開始したチャーチル。南アフリカの植民地省政務次官として、現地白人と連携をとりながら、人種隔離政策を着々と進めたチャーチル。事実上の奴隷貿易(中国人移民を奴隷労働させた)を行った植民地経営者チャーチル。ロシア革命直後、ソ連との和解に断固反対し、戦争の継続を望んだチャーチル。大戦後、すぐさま鉄のカーテンを下ろし、ソ連を国際政治から孤立させようとしたチャーチル。これが不屈の指導者の正体だ。チャーチルを「中立」の立場から「客観的に」描く。その意味を考えてみて欲しい。(略)当時、イギリスがイランやギリシャ、インド等に下した弾圧、フランスがアルジェリアやベトナムの市民に行った虐殺、アメリカの日本や韓国を属国化させる事実上の保護国化の動きはきれいさっぱり忘れられている。(略)この反共左翼の影響は他ならぬ日本共産党にも及ぶものであることを指摘したい。日本共産党はソ連や中国からの干渉に反撃するため、同国の賛同者に対して敵対し、かつ自身も他の共産党とは極力、協力せず、対決の姿勢をとった。西洋マルクス主義の批判などは、その典型的な例だと言えよう。翻って、新左翼は「敵の敵は味方」方式を採用して、冷戦の時期は、東ヨーロッパや北朝鮮、中国、ソ連と友好的に接するようにした。ところが、所詮はアテツケのレベルの好意だったので、すぐに反ソ、反中に転じるか、冷戦後に掌を翻してこれらの国を攻撃し始めた。もともと仲が良くなかった日本共産党は、彼らほど熱心ではなかったが、それでも「私はアイツラとは違う」ということを強調するため、ソ連・中国批判は行ったし、今もあまり友好的ではない。つまり、東欧・アジア・アフリカの旧共産圏国家に対する悪魔化工作の動きに現在の日本共産党は、これといって反対していない。熱心に支持もしていないが。こういった弱点を抱えてしまったことを踏まえれば、このチャーチルの評伝は、よくある評伝として片付けるよりも、現在の言論界の状況(西洋中心史観反共・ムスリム史観に消極的に追従する)を如実に表したものとして、違う意味で強く評価すべき佳作だと言えるだろう。(時事解説「ディストピア」2015-08-29
 
【山中人間話】

しかし、この人たちは前の選挙のときどこに、誰に入れたのだろうか。
この群衆の勢力がそのまま、来年の参議院選挙で明文改憲につながる改憲派3分の2議席を絶対に許さず、自公政権を打倒できる力になることを強く望み、自分も役割を果たしたいと誓う。
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