マツムシソウ
マツムシソウ
【アーレントの「消費者社会」論】
近代にいたって、労働は表面上、暴力から解放されましたが、資本の意志に縛りつけられているといってよいでしょう。
マルクスのいう労働者の解放とは、資本からの自由を意味したはずですが、社会主義のもたらしたものは、国家の指令にもとづく、いやおうない労働にほかなりませんでした。(略)アーレントは、マルクスの予想とはちがって、労働時間が短縮されるにつれて、労働する動物の願望と欲求は、ますます貪欲になり、その余暇は、あらゆる領域の消費活動に向けられるようになるだろうとみていました。そして、公的領域の課題も、いかに大衆の要望を満たすかに重点が置かれるようになっていくと考えました。大衆文化とは「空ろな時間をつぶすのに必要な大衆娯楽を目的として、文化が利用され、誤用され、消耗させられている状態のこと」なのだ、とアーレントは身もふたもない言い方をしています。労働と消尽、活動と休息とのバランスと循環が失われつつあります。〈現代社会においては、ほとんど万人が、幸福に暮らす権利をもつと信じており、同時に、自分の不幸に悩んでいる。この事態は、消費者社会と化した労働社会にわれわれが現実に暮らしはじめているということを、このうえなく雄弁に表わす印である。〉消費社会は浪費社会に行き着くしかなく、そこでは世界にあらわれるやいなや、物という物がたちまち使い切りとなり、投げ捨てられていきます。しかし、それはけっして幸福な社会ではない、とアーレントは断言します。その理由は、いわば世界が、はかない生命である人間を食い尽くすものへと変貌していくからです。 これにたいし、アーレントは本来の人間と世界のあり方を提示して、この章を終えています。〈世界とは、人間が自分自身のために地上に建てた家である。大地の自然が人間の手にゆだねてくれる素材を用いて、人間はこの自分の家を作り上げる。そのような世界は、次々とむさぼり喰われる消費財から成り立つのではなく、持続的に使用されうる対象や物から成り立つ。自然と大地が、人間の生存条件を供給するように、世界と世界の物は、人間の生がまさに人間らしい生として大地の上に住むことができるための条件を作り出す。〉詩のように美しい一節です。(海神日和 2015-08-22

【山中人間話】

きのうは、安倍談話のひどさを指摘するにあたって、今年1月亡くなったドイツのワイツゼッカーの演説を引いた。過去に盲目のくだりもすごいが、加害の中身やその対象についての具体的な表現に圧倒される。アジア記者クラブの森広泰平さんが、涙ぐみなが...

Posted by 永田 浩三 on 2015年8月21日

ジョニーHさんから。うますぎる。♪アベ・イズ・オーバー(ラブ・イズ・オーバー) byジョニーH                                  Abe is over 言いたいけれど  終わりにしよう きりがないから...

Posted by 永田 浩三 on 2015年8月21日

Blog「みずき」:こういうデマをいまだに平然と流している。信じがたいことです。事実は以下です。↓

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