終戦を国民に伝えた天皇の「玉音放送」の原盤を宮内庁は昨日の8月1日付けで公表しましたが、「なぜ今、玉音放送の公表なのか」についての朝日新聞「天声人語」の解釈は以下のようなものです。

その「天声人語」を一読すれば、朝日新聞の天声人語子が戦後70年の節目のこの時期に昭和天皇を平和主義者に仕立て上げようとしていることが一目瞭然です。

以下、その「天声人語」を紹介した上での私の「天声人語」批判です。最後に対抗言論として鄭玹汀(チョンヒョンジョン)さん(京都大学研修員)の「なぜ今、玉音放送なのか」という論もご紹介させていただくことにします。
はじめに8月2日付けの「天声人語」。 

終戦の日に玉音放送を聞いた外国人がいる。戦時中、各国の大使館員らが軽井沢に移住させられた。その一人に名高いフランス人記者ロベール・ギランがいた。自宅監視の状態だったが正午に村人といっしょにラジオの前に立った。隣組長の玄関前に集まった村人は身を固くして頭を垂れた。うやうやしく尊崇の念を払う対象が粗末な椅子の上のラジオだったので、その態度は異様に映ったそうだ。「あちこちで啜り泣きが起り、隊列が乱れた。途方もなく大きな何ものかが壊れたのだ」「彼らは逃げ、自分たちの木造の家で泣くために身を隠した。村は、絶対的な沈黙に支配されたのである」。著書『日本人と戦争』に詳しく記している。あの日、どこで何を思ったか。万の人に万の記憶があることだろう。それから70年、鎮魂の8月に玉音放送の原盤の音声が公開された。これまでテレビなどで聞いてきた占領軍の複製より鮮明な印象を受ける。未曽有の戦争を終わらせた昭和天皇の「4分半」である。戦争を続けていれば落命したであろう人々は生き残り、驚異の復興を成し遂げた。とはいえ310万人の日本人戦没者のうち200万人近くは最後の1年の死者だったことを、前に書いたことがある。特攻、空襲、沖縄、原爆――多くの悲劇がその間に起きた。時計の針を逆回しして玉音放送を早めていけば、死なずにすむ人は日々増える。戦場になったアジア諸国でもそれは同じだった。8月15日は、遅すぎた終戦の日でもある。(朝日新聞「天声人語」2015年8月2日

以下は、私の「天声人語」批判。

「天声人語」は「未曽有の戦争を終わらせた昭和天皇」と言います。その「未曽有の戦争を終わらせた昭和天皇」とはどのような料簡の言い草か。「天声人語」の主張は、いまいわゆるリベラル・左派陣営の間でほかならない「リベラル」の作家として評価されているともに元「保守」の論客として知名されていた保阪正康氏や半藤一利氏が最近展開している「裕仁=平和主義者」論をさらに俗に俗を重ねて補強する体の主張でしかないというべきものです。

未曽有の戦争を終わらせた昭和天皇」というのであれば、「未曽有の戦争を始めた」のも「昭和天皇」であることを指摘するのが公正な論者の姿勢というべきものでしょう。天声人語子はまた同人語に「戦争を続けていれば落命したであろう人々は生き残り」と昭和天皇の「終戦の決断」のゆえに「落命したであろう」多くの人々の生命が救われたかのようにも記していますが、それを言うのならば「310万人の日本人戦没者」を出したのもまた「昭和天皇」です。昭和天皇は「戦争を終わらせ」ただけでなく「戦争を始めた」最高責任者でもあるのですから論理的結論としてそうなります。そして、その責任はきわめて大きいのです。「戦争を始め」なければそもそも戦争で「落命」することもなかったわけですから。

天声人語子はなぜそこに力点をおいて書くことができないのか。これではあの太平洋戦争下に天皇=大本営発表を垂れ流し続け、それどころか進んで「鬼畜米英」を叫び、「一億玉砕」、「焦土決戦」を日々記事にした当時のメディアの戦争の破局への加担責任となんら変わるところはない筆致と言わなければならないでしょう。

朝日新聞は敗戦の年の8月23日に他のメディアに先駆けて自らを断罪し、社説で「国民の帰趨、世論、民意などの取扱いに対しても最も密接な関係をもつ言論機関の責任は、極めて重いものがあるといわねばなるまい。この意味において、吾人は決して過去における自らの落度を、あいまいにし終ろうとは思っていない。いわゆる『己を罪する』の覚悟は十分に決めているのである」と「自らを罪するの弁」を述べました。

その敗戦の年から70年。今日の「天声人語」の主張は、その「自らを罪するの弁」の反省の志を引き継いでいるとはとてもではないが言いがたいものです。「自らを罪する」断罪の志はどこに失せてしまったのか。朝日新聞を代表するコラムの敗戦の年から70年目の論説がこのようなものであってよいと思っているのか。今日の「天声人語」は、今日のメディア全般の退嬰と退廃をも象徴しています。それが私の「天声人語」批判であり、今日のメディア評価でもあります。

最後に「天声人語」の対抗言論として鄭玹汀(チョンヒョンジョン)さんの主張をご紹介しておきます。

鄭玹汀(チョンヒョンジョン)
なぜ今、玉音放送なのか
私は、昭和天皇ヒロヒトの詔書を再評価しようとする動きに深い憂慮の念を抱くものであります。

★「玉音放送」の原文と現代語訳(朝日新聞デジタル)
http://www.asahi.com/articles/ASH7G3JDXH7GUTIL021.html

1. 玉音放送の現代語訳は国体思想の色を薄めたもので、現代語訳は意図的な改ざん

例えば、 (原文→現代語訳)
「朕」→私
「臣民」→国民
「朕が一億衆庶の奉公」→我が1億国民の身を捧げての尽力
「国体」→国のかたち
「赤子」→わが子とも言える国民
「爾臣民の衷情」→あなた方国民の本当の気持ち
「万世」のために→「永遠に続く未来」のために
「国体の精華を発揚し」→国のあるべき姿の真価を広く示し

まず、玉音放送を正しく理解するためには、原文の意味に充実した現代語訳を行わなければならない。

2. 国体護持を訴える玉音放送は平和思想とはあまりにもかけ離れているものである。

「宮内庁は、公開の理由を「終戦関連の双璧とも言える象徴的な資料を戦後70年の機会に広く国民に知ってもらうことは意義がある」と説明し、宮内庁幹部は「天皇陛下も了解し、同じ気持ち」としており、戦争の記憶の風化を防ぐ取り組みになると期待している」(共同通信)

ここで問題視しなければならないのは、玉音放送(「大東亜戦争終結に関する詔書」)を反戦・平和思想として再評価しようとする動きが強まっていることである。

今日の新聞は、玉音放送原盤公開についてこう評している。

「戦争しないメッセージ」「平和への願い」「戦争で亡くなった方々やその遺族にあらためて思いをはせる」「背景に陛下の意志」「いま、平和への願いが薄らいでいるように思えるなか、終戦のシンボルの玉音放送原盤」「戦後七十年の原点はここにある。戦争の苦しみ、ゼロからもう一回立ち上がってきた原点を確認」等々。

しかし、玉音放送が反戦・平和思想とはかけ離れたものであることは原文を読めば分かるはずだ。

以下は「玉音放送」(読み下し文)より抜粋

〇「抑々(そもそも)帝国臣民の康寧(こうねい)を図り万邦共榮(ばんぽうきょうえい)の楽(たのしみ)を偕(とも)にするは皇祖皇宗(こうそそうそう)の遺範(いはん)にして朕(ちん)の拳々(けんけん)措(お)かさる所(ところ)」

〇「朕が陸海將兵の勇戦(ゆうせん)朕が百僚有司の励精(れいせい)朕が一億衆庶(しゅうしょ)の奉公各々最善を尽せるに拘(かかわ)らず」

〇「斯(かく)の如(ごと)くは朕何を以(もっ)てか億兆の赤子(せきし)を保(ほ)し皇祖皇宗(こうそこうそう)の神霊(しんれい)に謝(しゃ)せんや」

〇「爾(なんじ)臣民の衷情も朕善(よ)く之(これ)を知る」

〇「朕は時運の趨(おもむ)く所(ところ)堪え難きを堪え忍び難きを忍び以(もっ)て万世(ばんせい)の爲に太平(たいへい)を開かんと欲(ほっ)す」

〇「朕は茲(ここ)に国体を護持し得て忠良なる爾(なんじ)臣民の赤誠(せきせい)に信倚(しんき)し常に爾(なんじ)臣民と共に在り」

〇宜(よろ)しく挙國一家子孫相(あい)伝(つた)え確(かた)く神州(しんしゅう)の不滅を信(しん)じ任(にん)重くして道(みち)遠きを念(おも)い総力を將來の建設に傾け道義を篤くし志操を鞏(かた)くし誓(ちかっ)て国体の精華(せいか)を発揚(はつよう)し世界の進運に後れさらんことを期すべし爾(なんじ)臣民其(そ)れ克(よ)く朕が意を体(たい)せよ」

チョンヒョンジョン

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