サルスベリ2
サルスベリ
【最高裁の裁判官の3分の一が「国会議員に正統性がない」】
安保法案を考える上で、今日、BLOGOSにのった「
安保法を通そうとしている国会議員には立法する正統性がない。一人一票運動の升永英俊弁護士が指摘」という記事はきわめて重要だと思う。中枢の一節を引用すると、下記の通りである。「去年の11月に出た最高裁判決で、5人の裁判官がとても重要なことを言った。最高裁の15人の裁判官のうち、「違憲状態だけど選挙は有効」と言った、我々からすると悪い裁判官が11人いたが、そのうちの5人が非常に重要なことを言った。その5人は判決の補足意見で、「違憲状態の選挙で選ばれた国会議員は国会の活動をする正統性がない」と言い切った。これは恐ろしいほど、重要なこと。選挙で選ばれたのに、国会活動をする正統性がないと言った。」 私もそう思う。しかも現在の自民党は、先回の総選挙では、比例は自民党は33パーセントの支持であるから、国民のなかでの厳密な支持率、純得票率は17、16パーセントである。最高裁の裁判官の3分の一が、国会議員に正統性がないといい、支配政党は2割以下の支持率である。そういう中で憲法(解釈)を変えようというのは、いくら何でも無理が多い。しかも、その行為を、当面憲法をかえるのは無理だからというのは卑怯もいいところである。人倫の許すところではない。どういう立場であろうと、この安保法案を潰すことは決定的に重要だ。国の形の基本がかかっている。これを許せば、いいかげんなことをやっても自由という風潮を認めることになる。国家というものは、どういう場合でもいい加減な扱いをしてはならないものだ。このような国会の構成を明瞭に変化させなければならない。議員は国民への奉仕者、国民の召使いである。その僭上を許してはならない。(保立道久の研究雑記 2015年7月31日

【補遺:『焼跡からのデモクラシー』の天皇制ファシズム論】
最近発行された
吉見の新著『焼跡からのデモクラシー』(略)の天皇制ファシズム論を確認しておきたい。そもそもファシズムとは、暴力を中核にもって議会と法治主義それ自体を否定するデマゴーグ支配である。問題は、その支配が人間のもっとも野蛮で倒錯的な欲望を大衆的に組織することを鍵とし、その中枢には政治思想というよりも虚構に虚構を重ねる「神秘」と非合理の妄想世界があったことである。そこには強い偏見と排除の論理があり、しばしば身体的な差別や肉体的暴行への嗜癖、さらには殺人などの倒錯が巣くっている。私見では、ファシズムは大衆をその明示的もしくは暗黙の共犯者として動員する体制なのである。しばしばナチスが「下からのファシズム」であるのに対して、天皇制ファシズムは「上からのファシズム」であるなどと図式的に区別されることが多いが、両者は、この本質において共通する。『草の根のファシズム』の示した天皇制ファシズムの特徴は、それが戦争先行形ファシズム、つまり戦争の加害経験を中核として形成されたファシズムであったということであろう。そもそも天皇制ファシズムを推し進めた主体の中枢は軍部と、その下に組織された在郷軍人会であったこともいうまでもない。その意味では日本ファシズムは上からも下からも直接に戦争の色の濃い軍事的ファシズムだったのである。これが太平洋戦争が、ナチスをも超える様相をもって、国民全員を動員し、合理的な引きどころもない「無謀」なものとなった最大の原因である。よく知られているように、吉見は、日本の戦争史料が湮滅・秘匿されている最悪の状況の下で、さらに粘り強く研究を進め、「慰安所」の設置・拡大と女性の強制的な性奴隷化の実態を史料によって明らかした(『従軍慰安婦』)。右のファシズムの定義からも明らかなように、そもそも「従軍」性奴隷は、けっして部分的な問題ではなく日本の戦争体制、ファシズム体制において本質的な問題である。著者は、その強靱な学術的論理によって、その中核を究明することに成功したのである。 (同上


【山中人間話】

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