先日のBlog「みずき」の7月27日付けで紹介した「自分の言葉、自分のスタイルのさわやかさ」とは真逆ともいうべき鄭さんバッシング問題についてSEALDs近縁の市民、社会人グループからも反省の声が聴こえ始めたようです。以下の河添誠さんの連ツイとその連ツイに呼応したさまざまな人たちの一連のツイートを一瞥すると変化の兆しが見え始めていることがおわかりいただけると思います。
以下、河添誠さんの連ツイをめぐる一連のツイート。


しかし一方で、SEALDs近縁には以下のようなツイートも依然あります。


そのツイートに付随するSEALDs周辺の思想の問題性についてはしばらく措いておくとして、前段の河添誠さんの連ツイ問題に戻ります。先の先の都知事選のときの人にやさしい東京をつくる会・運営会議からの澤藤弁護士の「だまし討ち解任」問題を知っている者にとってはこの河添誠さんの今回のツイートの意図は少しわかりかねるところがあります。先の先の都知事選のとき、澤藤弁護士の証言を援用すれば河添さんには以下のような「恫喝」の先例があるからです(改行は引用者)。

「私がこのような形で、ルビコンを渡る決断をしたについては、河添誠さん(首都圏青年ユニオン)の発言に負うところが大きい。彼は、12月20日の、だまし討ち決議をした会議の席(「人にやさしい東京をつくる会・運営会議」)で、私にこう言っている。

「澤藤さん、あなたはいいよ。しかし、息子さんのことを本当に考えたことがあるのか。これから先、運動の世界で生きていこうと思ったら、そんなこと(会と宇都宮君の責任の徹底追及)をやってどうなると思う。よく考えた方が良い」

「それは恫喝か」

「いや忠告です」

「君がそのように言えば、君の人格が、君の言葉を恫喝にしてしまう。私には恫喝としか聞こえない」。

これが最後の会話。私は、このときに、ルビコンを渡らねばならないと決意した。

河添誠さんの類似の発言は以前にもあった。総合して、彼の発言内容を、私はこう忖度した。「ここに出席している運営会議のメンバーは、みんなそれぞれの革新的な政党や政治勢力あるいは民主運動、さらには民主的なメディアまでを背負っているのだ。その大きな革新・リベラル勢力の結集体として、『やさしい会』があり、宇都宮選対がある。この会や選対に刃向かった場合には、革新・リベラル勢力全体を敵に回すことになる。そうすれば、あなたもあなたの息子も、この世界では大手を振っての活動できなくなる。あなたは老い先短いから、もう活動ができなくなってもよかろうが、将来ある身のあなたの息子さんについてはそれでよいとは言えないはずだ。息子のためを思って、会に刃向かうような愚かなことをしない方が良い。それでも、やるというなら、こちらも総力をあげて対抗して、思い知らせてやることになる。」
澤藤統一郎の憲法日記 2013年12月30日

河添誠さんの今回の一連のツイートはその先例としての彼の「恫喝」経験とどのように因果するものか? この数年の間に河添さん自身になにか心境の変化か反省でもあったのか? 上記の一連の河添さんのツイートを正確に理解するためにはこの辺の事情をもう少し見極める必要があろう、というのがいま現在の私の立ち位置というべきものです。
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