下記の事例に見るような言葉の暴力はもはや「犯罪」のレベルに達しているというほかないものです。そのことを共通認識として共有できるでしょうか。私の問題提起の出発点はそこにあります。そして、その出発点が終着点でもあります。

参考1:

農林水産省-農産物に含まれる放射性セシウム濃度の平成26年度の検査結果の概要(平成27年3月30日現在)

福島県内における大規模な内部被ばく調査の結果(ホールボディカウンター3万人超調査)
*子供のほぼ全員、成人の9割以上はセシウムが検出されなかった。

*上記は福島の人たちは「福島」に希望を見出しているからこその赤ちゃんの出生率の回復であるでしょう。そして、新しく生まれ出でたこどもたちに未来への希望を託している証しということでもあるでしょう。

参考2:
・何を根拠に、あるいは何を意図して、こうした暴言をばら撒くのか?…ぼくは40年来の反原発派だが、このようなデマ体質の「反原発」(あるいは「脱原発」)派には激しい憤りを禁じ得ない。本当になんと情けない「脱原発」なのかと思う。こんなの「脱原発」ではないのはもちろん、「放射能恐怖症」ですらない。単なる「福島恐怖症」ないし「福島忌避症候群」。こんな連中が「脱原発」を叫ぶことが、どれだけ「脱原発」を遠ざけていることか。本当に頭にくる。ぼくは原発は可能な限り早く廃絶すべきだと思っている。だが、根拠なき「福島差別」や、闇雲な恐怖感の流布を通してそれを実現したいとは思わない。福島産米が「毒入り」なんぞという低劣なデマを通して「脱原発」を主張しているのを見ると、「脱原発」が排外主義の一変種に矮小化されたと頭にくる。(toriiyoshiki(NHK・ETVディレクター)Twitter 2015年5月20日

・「ここで私は放射線被曝の影響を全般に否定するものではない。しかし、私の科学者としての知性を駆使して現実をみたとき、放射線被曝についてのデマが横行して、それが民主政治を麻痺させている暗闇を目にする。その暗闇を目にして、科学者としてこれを告発しないことは、もはや許されない段階に来ていると思うからこそ、私はこの文章を書いている。」(小野昌弘(免疫学者・医師)「放射能恐怖という民主政治の毒(6)科学者の一分(前編)」) 
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