ホオズキ
ホオズキ

【諦めている自分もまた許せない】
時代にも空気にも流されない、勇者は、ひとりですっと立ち続けた。他国の戦争に協力する法律は「平和安全法制」。異論は「レッテル貼り」。衆院の絶対多数さえ、有権者の24%の得票で小選挙区4分の3の議席を得ただけ、という構造。強大な権力の統べる現実世界は、流れができれば止め難い。無力に絶望するが、諦めている自分もまた許せない――。そんな人を待つ作品群がある。
大西巨人の全小説、そのどの一作でも効くはずだ。
第2次大戦での軍隊体験をもとにした大長編『神聖喜劇』でまずは知られる。主人公の東堂二等兵は、開戦に対して有効な反抗をなし得ず、自己には無力を、他者には絶望を感じる。「私は、この戦争に死すべきである」と我流の虚無主義(ニヒリズム)に染まっている。しかし東堂は、超人的な記憶力を武器に、強大な権力=軍隊組織へ合法的な反抗を試みる。軍隊諸法規を逆手にとり、上官の無法・矛盾を突く。それは「ごまめの歯軋り」であること、「墓穴を掘り下げることでしかあり得ない」こと、つまり自分の敗北で終わることを熟知しながら。(略)現首相は、ポツダム宣言を「つまびらかに読んでいない」のに、戦後レジームからの脱却を説く。そんな反論理・反知性主義と戦う作品でもある。込み入った論理も、登場人物の執拗な思考と濃密な言語で、中毒的に読ませる。

作品世界からにじみ出る笑いも魅力だ。『神聖喜劇』で剃毛して性交する場面など「あんたら、なにやってんねんと突っ込みを入れたくなる」(
橋本さん)。しかし、だれかをあざける笑いを作者は嫌悪した。「揶揄や皮肉やぞんざいさを売り物」にするベストセラー小説を、憎んだ。眉一つ動かさない謹厳実直さで、瞳の奥だけが笑う。戦士の柔らかなユーモア。気に入らぬ新聞社を「つぶさなあかん」などと発言し、のちに「冗談のつもり」「僕なりのギャグ」と言い逃れるのが今の流行作家だ。大西作品の冗談・ギャグは、浅ましき時代にこそ底光りする。『神聖喜劇』の最終盤。敗北と死に至る道が人生だと、痛いほど知りながら、それでも東堂二等兵は「私は、この戦争を生き抜くべきである」と転心し、長い物語は幕を下ろす。大西作品を今読むこととは、すなわち、われら「人生の二等兵」の全力的な精進の物語り、――別の長い物語りでなければならない。(朝日新聞諫早支局長・近藤康太郎 2015年7月6日

【補遺:統治エリートたち、メディア・エリートたちへ】
論理的かつ合理的に物事を考える者たちにとって、この法案が是であるか非であるかの議論は、「出発点」にすら着くことができないものである。現行憲法の条文には集団的自衛権を容認する根拠が全く見出せないという批判に、驚くほど稚拙な根拠を持って「当たらない」と居直るような、合理のかけらもない対応、長舌によって不合理かつ意味不明な答弁を繰り返す首相の知的荒廃ぶりに象徴される与党の言論レベルは、もはやまっとうな言論そのものと次元を異にするものだ。それは、我々が曲がりなりにも100年を超えて細々と維持してきた憲政の常識と前提を亡きものとさせつつある。つまり議論の対象は法案を飛び越えて「政治そのもの」に至ったのである。(略)「どのような事情があろうと、利害を超えて、それはだめだということがある。それをやったら我々は終わりだ」。政治は、「あらゆる善意と真実と歴史をなぎ倒して世界を前に一歩進める必要がある」と判断された時、何ものにも配慮することなく悪魔と手を握る人間的営為である。しかし、それはそのように法と道理を踏みにじることに十分な正当性があってのことだ。憲法を踏みにじる必要があるほど我々は切迫した状況にあり、議会でのおしゃべりをしている間に我々が破滅するような急迫的危機があるのだと、人々を説得できることが不可欠な条件である。もしそれが果たせない時、政治家を最後の最後に縛るものは「いくらなんでも、それはできない」という広義の統治エリートたちが党派や利害を超えて無条件で共有すべき「規範」である。いかにきらびやかな、いかに先進的な政治制度を導入しようと、どれだけの支持を集めて政治権力を把握しようと、どれだけの議会における多数を暫定的に保持しようと、そして政治家個人がどれだけ私的怨念と野望を抱えていようと、最終局面において、1億の人間の運命と生活、100年先の子孫に決定的な影響を与える可能性のある判断においては、「それはいくらなんでもできない」という規範は、我々の最後の安全弁である。そして、それが省みられなくなった時、立憲主義を基礎とする我々の民主政治は即死するのである。それほどデモクラシーとは脆弱なものなのだ。失われるのは、安保関連法における法の安定性、長年積み重ねられてきた法解釈、政治における言論の知的尊厳だけではない。手放してしまうのは我々の政治の最終的、かつ根本的な「縛り」である。有権者の付託を受けようと受けまいと、永田町と霞が関の統治エリートたち、我々が置かれた状況を人々に正しく伝えるメディア・エリートたちは、弱き我らのデモクラシーを担保しているものの重さを、果たしてどれだけ理解しているだろうか?
岡田憲治ブログ 2015年07月06日

【山中人間話】

安保法制特別委員会日程
06日:地方参考人会(那覇市・さいたま市)
08日:一般質疑午前(9時~)
10日:集中質疑(首相出席、NHK中継)
13日中央公聴会(午前9時~ 衆議院第一委員会室)
15日:委員会採決第1 候補日
17日:委員会採決第2候補日
21日:委員会採決第3候補日
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