前回のエントリ記事「上野千鶴子さんの朝日新聞連載「孤族の国 第1部 男たち」への論評を読む 」についてある「フェミニスト」と自称する人から反論がありました。しかし、その反論は、反論というよりも私の記事に対する単なる反発の表明というべきもので反論の体をなしていません。取り上げるに足らないものですが、その「反論」には現在のある種の「フェミニスト」と自称する人たちが共通して陥っている認識の浅慮、あるいは陥穽のようなものがあります。そのことを指摘しておくことは、フェミニズムが単に「女権拡張論」、また単に「女性尊重主義」をめざすものではなく、女性解放という目標を通じて男と女を含む人間の平等(ジェンダー平等)を実現するためのイデア(理念)、またセオリー(理論)であることを明らかにするためにも大切なことというべきであろう、と私は思います。

その「反論」は次のように述べて私を批判していました。

「あなたは『深くて冷たい海の底にいるような悲しくてどうしようもな い深いしじまの底からの男たちの嘆息』を上野さんが聞いていないとおっしゃるけれども、それ以前に、これと同じような、これよりもさらに切実な女たちの嘆息の、長い長い歴史に想いをいたされたことがおありでしょうか。」

私がこの「反論」が反論の名に値しない、というのは、同反論者は、私が前エントリで指摘している上野論評の問題性についてはまったく応えようとせず、私が同エントリではまったく言及していない「女たちの嘆息」なる問題を持ち出して、その「男たちの嘆息」の問題よりも「さらに切実な女たちの嘆息」の問題に私が前エントリで言及していないからケシカラン、という論ともいえない論を展開しているからです(「女たちの嘆息」の問題は前エントリの主題ではありません。前エントリの主題は「上野論評」の問題性についてでした)。

こうした反論の方法は明らかに「論点のすり替え」であり、論理学ではストローマン(Straw man。藁人形論法)と名づけられ、昔から詭弁法のひとつとされています。

例をあげれば次のような論法のことを言います。

A氏「私は子どもが道路で遊ぶのは危険だと思う。」
B氏「そうは思わない。なぜなら子どもが外で遊ぶのは良いことだからだ。A氏は子どもを一日中家に閉じ込めておけというが、果たしてそれは正しい子育てなのだろうか。」

この論法は「無意識でおこなっていれば論証上の誤り(非形式的誤謬)となるが、意図的におこなっていればそれは詭弁」(ウィキペディア『ストローマン』)ということになります。

このような論法を詭弁とも自覚せず、正当な反論とでも思いなしているところに同反論者の非論理的思考力と無知がある、と指摘しておく必要があるでしょう。

それにもまして私が重要であると思うのは、同反論者の「反論」には、現在のある種の「フェミニスト」と自称する人たちが共通して陥っている認識の浅慮と陥穽があると思えることです。

同反論者は上記引用文で次のように言っていました。「あなたは(略)これ(筆者注:男たちの嘆息の問題)よりもさらに切実な女たちの嘆息の、長い長い歴史に想いをいたされたことがおありでしょうか」、と。

しかし、なんらの前提もなく、すなわちア・プリオリに「女たちの問題」を「男たちの問題」よりもさらに切実な問題だとする思惟のあり方は私は誤っているだろうと思います。「切実」さは状況によって変わってくるでしょう。いまパン一個もなくひもじさに耐えかねている女性がいて、もう一方で餓死寸前の男性がいたととして、どちらも「切実」な状況下におかれていることには変わりはありませんが、この場合より切実な状況下にあると判断されるのは男性の方とみなされるべきでしょう。これは性差別の問題ではありません。状況判断の問題です。長い「男性中心社会」の中でこれも長く、長く女性が差別的な状況下におかれてきた、いまもおかれ続けていることはいうまでもないことですが、そうしたフェミニズムの認識からどういう状況下にあっても「切実」さにおいては女性は常に男性を上回る、とする考え方はそれこそ“Masculinist(男性上位)思想”(同反論者は私を“Masculinist”性の持ち主であると批判していました)ならぬ容易に「“Matriarch”(女性上位)思想」に転化しうる思想というべきものだろうといわなければならないように私は思います。

これが私の一部(といっても、かなり広範な)の「フェミニスト」たちに見られる誤った「フェミニズム」思想批判です。この思想の克服は真の“フェミニズム”のためにも(フェミニズムといってもさまざまなフェミニズム論があるようですが、それらのさまざまあるフェミニズムに共通する課題として)重要なことだと私は思っています。

補足

上記の記事を書いた後に同記事中にも少し触れておいたジェンダー研究者の伊田広行さんの「『男は、・・・女は・・・』という言い方」(ソウル・ヨガ(イダヒロユキ) 2011年1月17日付 )というブログ記事を読むことがありました。僭越な言い方になって恐縮ですが、私が上記で述べた「フェミニスト」批判(一部の「フェミニスト」に対する私の見方、考え方)に相通じるものがあるように思えましたので補足として下記にその大要を転載させていただこうと思います。ご参照いただければ幸いです。

「男は、・・・女は・・・」という言い方(ソウル・ヨガ(イダヒロユキ) 2011年1月17日)
僕の友人が、「女の友情はハムより薄い」という言葉をある女性から聞いたそうです。経験に基づき、ある側面を面白く言い当てているという意味で、面白い表現だと思いました。言った人のキャラクターでのその文脈では笑えました。

でも、もちろん、男であれ女であれ、厚い友情をもつひともいますし、薄情な人もいます。結婚したあと、あまり友達関係を続けられなくなるのは、その背景にいろいろ避けがたい事情がある場合もあるでしょう。

僕は、「男は、女は」という言い方にとても違和感を持つほうです。
そうでもないのにな、とよく思います。

でもある側面をいう、社会構造上の位置、育てられ方、そういうものを男女2グループで大雑把に見たとき、ある一定のことが言えるので、まあフェミニズム的な言説の分析にも、一定理解をもつほうだと思います。
でも、女性をひとくくりにし、被害者・弱者のほうに置く議論のアラっぽさにはときどき「あーあ」と思います。トンデモ系と同じ程度だなという意見もあります。
まあ、必要なのはバランスですね。

すこし硬くいうと、秩序を揺るがす言動(その意味で秩序の下位の側からの集団としての反撃、批判)には賛同しますが、その秩序が壊れた後の方向性を考えて、男女二分法の限界も意識しています。その2段階の意識がなくていつまでも男女二分法で語るのは、以下に示すように、トンデモ系でかえって害があるという効果を及ぼす場合もあります。

「女嫌い」「ミソジニー」とか「男たちのホモソーシャルな連帯」(性的でない男たちの絆)というような概念も、あまりに単純すぎ、ある一面でしかないなと思います。私は男性ですが、「ホモソーシャル」なんてきらいですね。いつまで、セジウィックをつかっているのでしょう。権威主義ですね。誰か外国の有名な人を使えばいいというスタイルはやめたほうがいいと思います。
決め付けられると、わかってないなあと思います。

上野千鶴子さんをはじめとして、フェミニストの分析や記述には共感するところ、学ぶところもたくさんありますし、私は昔も今もフェミニストですが、それは私が面白いとおもうフェミニズムの支持者であるということです。フェミニズム的だから何でもいいというわけではありません。

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その関連で、男女二分法のいい加減さに少し触れておきます。
あるMLで、こんなことを書く女性がいました。

<おとこはんは左脳が活発で、負けず嫌いが多くて困ります。もっと右脳を使ってどうやって相手を楽しませようかと思うと楽しくなり免疫もあがりますが、おとこはんはすぐ証拠証拠って証拠症候群かいな。>

ここには、トンデモ系・インチキ系でしかない「右脳・左脳」論をつかって、男女を本質主義的に規定しています。だめですねえ。
こういうのもフェミニズムの一部ですが、私はそんな言い方ばかり今でもしていることのだめさをわからないのは、困ったものだなあと思います。男は女ぎらいで、男同士が好きなのだ、なんて、いい加減なきめ付けを言うのはやばいなあと思います。
「学者」という肩書きがあってもいい加減な人などたくさんいるもので、NHKが取り上げたヘレン・フィッシャーなど本当に無茶を言っていると思いますが、そんなのに多くのが騙される。(インチキなのに人気といえば、川島隆太という大学の先生も「脳トレの川島」で大もうけ。)
「話を聞かない男、地図が読めない女」というトンデモ系も同じ程度ですね。

これら、男女二分法的のはみな、反フェミニズムのひとたち(バックラッシュ派、一部右翼・保守主義者)の、頭の構造と似ているといえるでしょう。

つまり、かたや、本質主義的に男は強く、女は従順で子供好きなものだといい、かたや、男は負けず嫌いで、すぐに群れてみな女嫌いだ、というのです。

本質主義、男女二分法という点で同じです。

少しの身の回りで観察された主観的な経験やゆがんだ情報を鵜呑みにして影響されるような点で、似ているといえるでしょう。
私がまともだなと思うフェミニズムは、今の社会で流布されている男女二分法、性役割、その規範性などを、おかしいなと思い、多様性を認めていく、だまされないリテラシー能力を高めるようなものです。バックラッシュ派と似たようなことをいって、男たちをくさして喜んでいるというのは、今後共感を広げていくのは難しいと思います。
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