いつもは私は「kojitakenの日記」の主宰者のkojitakenさんと基本的な認識において意見を同じくすることが多いのですが、本日付けのkojitakenさんの「安倍晋三の狙う「9条改憲」を援護射撃する? 想田和弘と山崎雅弘」という論にはまったく賛成できません。「議論において対抗する者の意見を正しく引用しな」いで「歪められた内容に基づいて対抗者に反論する」という典型的な謬論としての「ストローマン」(藁人形論法)という詭弁法を用いて対抗者を貶めています。これではkojitakenさんの論は単なるプロパガンダの論、さらにはデマゴーグの論というほかないでしょう。kojitakenさんのために私は残念に思います。
 
kojitakenさんは上記の論で想田和弘さん(映画監督)と山崎雅弘さん(戦史・現代史研究家)を批判して次のように言います。以下にその全文を引いておきます(改行は引用者)。
 
憲法9条の空文化を着々と進める安倍晋三・自民党と、それに盲目的に付き従う公明党だが(略)、一方で安倍晋三が憲法9条の明文改憲へ向けても「粛々と」歩を進めていることは言うまでもない。そして、「リベラル」側にもそんな安倍晋三を後押ししているとしか思えない人間がいる。想田和弘と山崎雅弘である。たとえば想田はつぶやく。
 
https://twitter.com/KazuhiroSoda/status/597609194796109825
想田和弘‏@KazuhiroSoda 20:48 - 2015年5月10日
僕は9条も大事だと思ってますけど、人権条項などの方が実ははるかに大事だと思ってます、はっきり言って。
 
本当に「9条が大事」だと思っているのならこんなことを迂闊に書くものではない。安倍晋三への援護射撃以外の何物でもないと私は断定する。
 
しかし、そんな想田和弘に同調するのが山崎雅弘である。
 
https://twitter.com/mas__yamazaki/status/597618335207981056
山崎 雅弘‏@mas__yamazaki 21:24 - 2015年5月10日
私も同感です。先日もツイートしましたが(http://bit.ly/1zV2Sn5 )、朝日新聞を含む大手メディアは最近、示し合わせたかのように「九条改正が本丸だ」等、根拠のよくわからない「解釈」を盛んに記事に盛り込み、読者の視野や判断力を狭めています。@KazuhiroSoda
 
根拠も何も、礒崎陽輔ら自民党の議員の「お試し改憲」案を唱える連中が、「改正」しやすい条項の改正を行って国民の「改憲アレルギー」を取り除いたあと、本丸の9条「改正」に挑むと公言してるんじゃなかったっけ。
 
https://twitter.com/mas__yamazaki/status/597618673247911936
山崎 雅弘‏@mas__yamazaki 21:26 - 2015年5月10日
(続き)国民が「九条改正こそ首相の目指す改憲の本丸だ」という大手メディアの認識の誘導を信じれば「とりあえず今回は九条は手つかずだからだいじょうぶ」と安心・油断して、同意してしまう可能性が高まる。大手メディアは「傍観者」ですらなく、積極的に政権の改憲政策に協力する立場になっている。
 
そうかあ? たとえば小林節のような9条改憲論者までもが反対する人権制限条項「改正」に対する反対論にばかり集中して、9条改憲への反対論をおろそかにすることの方がよっぽど安倍晋三を利すると思うんだけど。根拠も何も、礒崎陽輔ら自民党の議員の「お試し改憲」案を唱える連中が、「改正」しやすい条項の改正を行って国民の「改憲アレルギー」を取り除いたあと、本丸の9条「改正」に挑むと公言してるんじゃなかったっけ。
 
「憲法改正が見えた」という首相補佐官の発言について - Togetterまとめ
表題に関連するツイートをまとめてみました。昨年12月の衆議院選挙で国政における影響力を保持した安倍晋三政権は、2015年に入って「憲法改正」に向けた各種の政治活動を加速させていますが、立憲主義との整合性や人権に関する論点の除外など、民主主義国家で最も重要な問題については、ほとんど議論の対象になっていないように思われます。
 
これにも同意できない。「リベラル」の間では、「立憲主義との整合性や人権に関する論点の除外」ばかり議論されて、9条改憲の是非が棚上げされているかのような印象さえ私は持っている。そんなわけで、今日もまた朝から気分が悪い。
 
上記引用に見るとおりkojitakenさんが「安倍晋三への援護射撃以外の何物でもないと私は断定する」としているその対象の論は想田和弘さんの「僕は9条も大事だと思ってますけど、人権条項などの方が実ははるかに大事だと思ってます、はっきり言って」という一文です(kojitakenさんが合わせて批判する山崎雅弘さんの論は「私も同感」というものですから、kojitakenさんは結局は想田さんの上記の一文の論を批判対象としているということになります‏)。
 
しかし、想田さんの上記の一文は彼の長いツイッターの連投文の最後の一文にすぎず、しかも、左記連投文の主題でもありません。この連投文の想田さんの主題は以下のようなものです(連投文の全文は昨日付けで弊ブログにエントリしていますのでそれをご参照ください)。
 
報道各社や野党の「お試し改憲」批判に非常な危うさを感じる。彼らは自民の本丸は9条であり、緊急事態条項など「理解を得やすい」ものから始めるのは姑息だと批判。だが、自民改憲案にある緊急事態条項はナチスの全権委任法に匹敵する危険極まりない条項であり「理解を得やすい」ものですらない。というより、緊急事態条項は9条改憲案以上に危険な条項のひとつであり、絶対に通してはならないものだ。ところが現在の「お試し改憲」批判は、その最も危険な条項を「理解を得やすい」「穏健な」ものだと主権者に誤解させる可能性をはらんでいる。全くもって危険である。自民改憲案によれば、首相は緊急事態を宣言すれば法律と同一の効力を有する政令を勝手に制定できる。つまりやろうと思えば、政敵を牢獄に放り込んだり、新聞社やテレビ局を閉鎖することもできてしまうだろう。こんなものを「お試し」するの?本丸は9条じゃなくてこっちじゃないの?(略)つーか、全権委任法に匹敵する緊急事態条項を通してしまったら、9条なんか死守しても何の意味もないよね、マジで。(想田和弘Twitter 2015年4月11日
 
すなわち想田さんは上記で「自民改憲案にある緊急事態条項は、政敵を牢獄に放り込んだり、新聞社やテレビ局を閉鎖することもできてしまうナチスの全権委任法に匹敵する危険極まりない条項であり」、したがって、「全権委任法に匹敵する緊急事態条項を通してしまったら」論理的に見てそれでアウトで、「9条なんか死守しても何の意味もない」ことになってしまうということを言っています。その想田さんの指摘を「本当に『9条が大事』だと思っているのなら」云々などと批判するのはお門違いもいいところだといわなければならないでしょう。想田さんは「緊急事態条項」改憲が実現してしまっては「9条が大事」だという以前の問題としてそういうことさえ言えなくなってしまう。9条改憲もやすやすと通ってしまう事態になってしまう、と警鐘を鳴らしているのです。kojitakenさんには想田さんが指摘している意味がおわかりにならないでしょうか?
 
なお、kojitakenさんが引用している想田さんの「僕は9条も大事だと思ってますけど、人権条項などの方が実ははるかに大事だと思ってます、はっきり言って」という一文は上記の主題を補足する主張として一番最後に挿入されているものでしかなく、なおまた「人権」には当然、言論の自由も思想の自由も含まれますから、結局、言論の自由がなくなれば9条改憲はやすやすと実現してしまう。きわめて危険だ、と言っているのです。kojitakenさんは想田さんの言う「人権条項などの方が実ははるかに大事」という意味も歪曲しているということにしかなりません。

附記:なおさらに、5月7日付けのエントリでもkojitakenさんの文章を引用させていただいていますが、その際にも引用者注として指摘していることですが、kojitakenさんの最近の論には自身も(と書くのは、私もということですが)たびたび不快感を表明する「世に倦む日日」ブログの稚拙かつ拙速な仮定論法に似てきてやや独断がすぎるきらいがあるように私には感じられます。以下は6日付けのエントリでこのときは山崎雅弘さんを批評する際に引用した内藤正典さん(同志社大学教授)の言葉ですが、kojitakenさんへの私のサジェスチョンとしても改めて引用させていただこうと思います。「証拠の上に論理を組み立てる必要がなくなれば、急激に知性が劣化していく」ということ。
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