沖縄の「屈辱の日」の今日。アトランダムに目についた記事(メディア記事とブログ記事)を眺望してみます。それぞれのメディアと「私」の憂鬱が伝わってくるように思えます。それぞれの憂鬱の原因は異口同音にこれもそれぞれの地平、橋頭堡からの「戦後の平和憲法下ではありえなかった国策が次々と断行されている」安倍政権への違和感です。

「きょう「4・28」は、サンフランシスコ「講和」条約と日米安保条約発効の日(1952年)です。安倍政権はこの日を「主権回復の日」と称し、2年前、天皇・皇后出席の下で「記念式典」を強行しました。しかし沖縄にとってこの日は「屈辱の日」。今日も、午前中の辺野古での集会に続き、各地で抗議集会が計画されています。そんな「4・28」に、安倍首相とオバマ米大統領の「首脳会談」がおこなわれ、日米軍事同盟のいっそうの拡大・強化が確認されるのは、偶然とは思えないほど象徴的なことです。」(アリの一言(「私の沖縄日記」改め) 2015年04月28日
「実に18年ぶりの「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)改定である。(略)改定の根底にあるのは、安倍政権が憲法解釈の変更によって集団的自衛権の行使容認に踏み切った、昨年7月の閣議決定だ。それを受けた安保法制が今国会の焦点となる。その審議を前に、新指針には早々と集団的自衛権の行使が反映されている。自民党と公明党との間で見解の割れる機雷掃海も盛り込まれる。対米公約を先行させ、国内の論議をないがしろにする政府の姿勢は容認しがたい。」(朝日新聞社説 2015年4月28日

「これは自衛隊が米軍に世界規模で協力するという約束である。日米両政府は、自衛隊と米軍の役割分担を定めた新たな日米防衛協力の指針(ガイドライン)をまとめた。自衛隊の海外での活動は飛躍的に拡大し、日米安保体制は極東の範囲を超えて世界に広がる。国会を素通りして日米安保条約の改定に等しい大転換が行われることは同意できない。」(
毎日新聞社説 2015年04月28日

「ここまで書いてきて、筆者の気力が落ちていることの根本原因が少しわかってきた。一つは安倍政権が目指す米国と共に世界中で戦争の出来る国づくりに対する違和感である。戦後の平和憲法下ではありえなかった国策が次々と断行されている現実の憂鬱である。日本も沖縄も二度と戦争をしない国を目指してきたはずだが、いつのまにか、いつでも戦争の出来る国へ一直線である。戦後の平和と民主主義はほとんど雲散霧消、換骨脱退状態である。日本が忠誠をつくす米国は戦後も戦争の歴史を繰り返している。このまま、米国追従策を取れば、日本は確実に戦争と直面せざるを得ない。そうなれば、もう遅い。今から日本の戦犯リストを準備しておくべきである。この日本の対米従属と無関係ではないが、普天間基地の工事中断という決意も、普天間基地の5年以内の閉鎖もまっかな嘘だったことも判明した。中谷元防衛長官が飛行機の飛ばない普天間基地に関して「幻想を与えることはいうべきでない」と言明したのだ。これまで、前の仲井真弘多知事も、安倍総理も、菅官房長官も、沖縄の基地負担軽減のために普天間の5年以内の閉鎖を繰り返し述べてきたが、ここにきて白紙撤回である。これまで米国が同意していないことを日本は未確認のまま、オウム返しの繰り返してきただけである。政府は沖縄にも日本にも嘘をついてきたのである。フザケタ話である。こした政府のやり方に絶望し、無気力になるのは当然ではないか。政治に期待も夢も持てないからだ。沖縄の地元紙は政府の二重の不誠実と社説で書いていたが、まさにそのとおりである。」(岡留安則の「東京-沖縄-アジア」幻視行日記 2015.04.28)

「外務省は27日、米紙ニューヨーク・タイムズが20日付の社説で安倍政権を「歴史を粉飾しようとすることで、問題を複雑化させてきた」などと論評したことに対し、川村泰久・外務報道官が反論を投稿したと明らかにした(朝日必要なのは反論じゃない。「川村氏は投稿で『安倍政権には「歴史を粉飾」または「過去に対する批判を否定」する意図は全くない』『歴史認識に関する歴代内閣の立場を全体として引き継いでいる旨を繰り返し表明している』と説明した」●●の意図は全くない、などの粗末な詭弁は、実質で判断する海外記者には通用しない。安倍晋三首相は27日午前(日本時間同日夜)、ハーバード大学ケネディスクールを訪れ、学生を前にスピーチした後、質疑に応じた(時事)首相の返答は、いつも日本でやっている「論点すり替え」と「はぐらかし」だが、ハーバード学生の感想を知りたい。4月28日は対日講和条約が発効した日。敗戦国の日本が完全に主権を回復し、連合国による占領状態から独立を果たした。一方でこの日を境に沖縄、奄美を含む南西諸島が日本から切り離され、米施政権下に置かれ異民族支配が始まった(琉球新報)「その後に繰り返された住民に対する弾圧、人権蹂躙、基地被害の源流となるこの日を沖縄では『屈辱の日』と呼んできた」特定の日付を、著しく権利が侵害された「屈辱の日」として記憶する例は、歴史上少なくない。パレスチナのアラブ人が「イスラエル建国」によって故郷を追放された日(ナクバ=大災厄、5月15日)、中国(中華民国)が日本の「二十一箇条要求」を突きつけられた日と受諾を強いられた日(国恥の日、5月7日と5月9日)などもその例。日本国内の沖縄に、パレスチナ問題や「対中二十一箇条要求」と同質の権利侵害問題があり、いまだ解決していないという事実は重い。」(山崎 雅弘Twitter 2015年4月28日
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