【ハンガリーと日本の言論の自由への圧力】

・ハンガリーと日本の最近の政治を見ていると、歴史も社会事情もまったく異なる二つの国の様相が酷似していることに驚く。政権政党が議席の3分の2を占め、政権批判を極力排除し、歴代政府が逡巡してきた領域へ突進するという独裁的手法がそれだ。過去の過ちから学ぶことなく、強い思いこみが主導する危うい政治だ。人は、政治家は、そして社会は、どうして何度も同じ過ちを繰り返すのだろうか。(略)

天皇制国家や社会主義国家が崩壊した日本やハンガリーのように、大きな社会変動は政治経済制度の根本的な転換を帰結するが、必ずしも人々の価値観の転換を伴うものではない。旧体制の支配が崩壊すれば、政治制度の転換は比較的容易に行われる。しかし、社会を構成する人々の意識や慣習、あるいは価値観が即座に変わることはない。なぜなら、人々の意識や価値観は旧体制の社会生活の中で長い時間をかけて形成されたものだからだ。古い意識と価値観は新しい社会体制下でも生き続ける。(略)戦後日本の教育内容は根本的に変わったが、旧体制の人々が公職復帰するにつれて、またぞろ古い価値観が頭を持ち上げてきた。平和教育や民主主義教育は次第に廃れ、戦前の過ちから学ぶ教育は限りなく劣化してきた。戦前の苦い体験を糧にした政治家が退場した日本では、戦争を知らない政治家をたしなめる重鎮がいなくなった。それを良いことに、戦後生まれの政治家たちが、戦前の価値観の復活に躍起になっている。(略)

日本でもハンガリーでも、メディアは政府の仕返しを恐れて、政府批判を控える傾向が顕著だ。「アカの言っていることは正しいが、貧乏人がそれに染まると就職できなくなる。アカは金持ちがやればよい」というのが、母親の口癖だった。今でも、お上に盾突く「アカ」は社会の敵だと考えている時代遅れの人々も多い。(略)戦前教育の名残で、我々の中学生時代まで、教師は簡単に生徒に手を出した。他方で、中国戦線にいた図工の教師は、「戦争は絶対いけない」と繰り返した。中国人を池の端に座らせ、日本刀で首の皮一枚を残す首切りを競った。帰国から10数年経っても、自分が手を下した悪夢に奇声をあげて、夜中に家人を起こしてしまうと生徒の前で告白したのを忘れることができない。我々団塊世代は、こういう戦後社会の中で育ってきた。(
リベラル21 盛田常夫 2015.04.23
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