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【「辺野古」問題】
・安倍首相は14日に帰国した産経新聞前ソウル支局長・加藤達也氏と翌日(15日)官邸で会い、「ご苦労様でした。裁判が続くようなので体に気をつけて」と
ねぎらったとのことである。(略)そんな中、安倍首相と沖縄県の翁長知事との面会がようやく今日(17日)実現することになった。翁長知事は今年の1月6日以降、安倍首相との面会を希望していたから、それから約3ヶ月余を経て、ようやく実現したことになる。しかも、3ヶ月間、安倍首相との面会を待ち続けた翁長知事が求めた用件とは、目下、政府が沖縄県民の民意に背いて強行している普天間基地の辺野古への「移設」(略)が無理筋であることを訴えるという喫緊の課題である。さらに、会談が実現しないまま3ヶ月が経過する間に、沖縄防衛局は翁長知事の工事中止指示に見向きもせず、「粛々と」ボーリング調査の開始に向けた海上作業を進めた。既成事実の積み上げそのものである。片や慰労のための帰国「翌日」の面会、片や日本全体の抑止力の維持を名分にした基地建設の是非をテーマにした会談の実現までに要した3ヶ月。これが沖縄差別でなくて何なのか?加藤・前ソウル支局長が出国禁止措置を受けて韓国で過ごした8ヶ月間、その間どのような処遇を受けたのか、詳しくは分からないが、心身の疲労が積もったことは想像に難くない。しかし、翁長知事が安倍首相に直接訴えようとする沖縄の基地問題は沖縄県民が戦中戦後70年以上、本土防衛の捨て石として、あるいは植民地同然の日米地位協定・アメリカ軍駐留の下で、屈辱をなめてきた体験に根差すものであり、目下の辺野古基地問題もそうした体験を背負った課題である。政府首脳は折に触れて、普天間基地の危険性除去は一刻の猶予も許さないという。ならば、解決の糸口を探る会談を実現するまでに3ヶ月を空費したのは誰の責任なのか?安全保障は一地方の民意で決める問題ではなく、国の専権事項だ、などと「上から目線」の物言いをしながら、日米地位協定の見直しはおろか、普天間基地の5年以内の返還という「国内向けの口約束」をアメリカに面と向かった要求すらしない日本政府に「専権」を口にする資格と能力があるのか?その間も、普天間基地や嘉手納基地周辺では、米軍機からの部品落下が相次いだ。その中には、200キロものミサイル発射装置の部品の落下など、一歩間違えば大惨事となった事例もあった。このような政府の二枚舌とあからさまな沖縄差別をなすがままにさせている「本土」の有権者の政治意識が厳しく問われている。(醍醐聰のブログ 2015年4月17日

・沖縄県名護市の辺野古の海を埋め立てて米軍基地を新設しようという日米政府の計画に、大多数の沖縄県民が一致して反対の意志を繰り返し明白にしている。それにもかかわらず現在、事態は大きな困難を迎えている。2014年1月の名護市長選挙、11月の沖縄県知事選挙、12月の衆議院議員選挙の沖縄の結果を見れば、どれも辺野古の基地問題が最大の争点だったが、圧倒的多数で当選したのは、すべて「オール沖縄」で一致した辺野古基地反対派の候補だった。先週の4月17日には、昨年(2014年)12月10日の翁長雄志沖縄県知事の就任以来 かたくなに面会を断ってきた 安倍晋三首相が初めて知事と面会した。首相は「率直に意見を交換したい」といいながら、辺野古移転をなぜ普天間基地の唯一の代替案と考えているかの根拠は一切説明せず、知事が賛成できない具体的理由を丁寧に述べてもそれに対して何ら反論もせず、「辺野古が唯一の解決策だ」と繰り返すばかりだった。日本政府は、沖縄が置かれている現状に目を向けることなく、民意に耳を傾けることもなく、日米官僚が1997年につくった辺野古移設案にしがみついているとしか思えない。(略)普天間基地について、19年前の1996年に、当時の橋本竜太郎首相とモンデール駐日米大使が5年から7年以内に
全面返還をめざすことに合意したのは、現在の日本政府自身も認めている大きな危険性を抱えているためであった。今後事故は起きないだろうという根拠のない楽観論に頼ることなく、辺野古に代替え基地が作れるか否かを条件にすることなく、直ちに普天間基地の閉鎖を実施しなければならない。軍事基地の縮小・廃止は、国際緊張の緩和に必ず役に立つことを歴史が示している。(略)国土の僅か0.6%の沖縄に在日米軍基地の74%が存在する異常な差別を直視し、沖縄の基地増設は止めなければならない。そしてジュゴンと珊瑚とウミガメの住む美しい辺野古の海の自然の破壊を止めさせなければならない。世界平和アピール七人委員会は、日本政府が沖縄県民の「平和に生存する権利」を無視し強権的な手段をもちいていることに強く抗議し、あらためて沖縄県民への連帯を強めるよう本土の人々に訴える。(世界平和アピール七人委員会:武者小路公秀、 土山秀夫、大石芳野、小沼通二、池内了、池辺晋一郎、髙村薫 2015年4月22日

【ドイツのメルケル首相の安倍首相へのメッセージの意味】
・2週間前に48か国と報告した
アジアインフラ投資銀行設立には、けっきょ く57か国が加わりました。アメリカ、カナダ、日本の国際的孤立です。安倍政権は、ガバナンスがはっきりしない、日本の分担金が財政負担になる、などと泣き言を言ってますが、大きな外交的失敗です。途上国にとっては、日米主導の古巣アジア開発銀行(ADB)に代わる有力な資金供給源になります。現在の中国経済と日本経済の勢い、アメリカの長期的衰退を考えれば、どちらが魅力的かははっきりしているでしょう。ところが日本のマスコミは、政府の国会答弁のような留意点をあげるばかりで、いま日本がどういう立場におかれているかについての分析的・歴史的報道がありません。TPPの密室交渉についても同様です。そればかりか、自民党が個別のテレビ番組の報道内容について、経営幹部をよんで「事情聴取」するのだそうです。戦前満州侵略で国際連盟脱退、孤立した時期の滝川事件や天皇機関説事件、言論統制と異端排除の「いつかきた道」を想起させます。言論の自由の危機です。(略)中国とアメリカは、それぞれの世界戦略と思惑から、EUやBRICS,ASEAN諸国の支持をも取り付け・調達して、連合国(=国連United Nations)の 戦勝 70周年の世界再編を試みています。ドイツのメルケル首相が、安倍首相にAIIB参加をよびかけていたというのは、ドイツの脱原発決定と同じように、戦後世界への歴史的・倫理的責任にもとづいてのものでしょう。(略)慰安婦問題での「河野談話」、戦後50年の「村山談話」は、「ベルリンの壁」開放・冷戦崩壊・ドイツ統一後、日本でのバブル経済破綻後に、いわばドイツより一周遅れで、アジア諸国への「植民地支配と侵略戦争」を抽象的なかたちであれ認め「謝罪」し、旧枢軸国が国際社会での信頼を回復しようとしたものでした。いま安倍内閣のもとで「粛々と」進む、集団的自衛権発動と改憲、大量のプルトニウムを保持しての原発再稼働、米軍基地の沖縄県内での移転強制は、その流れを逆転するバックラッシュです。 「粛々」とは 、翁長沖縄県知事が述べたように、「上から目線」「問答無用」という意味です。海外の声ばかりか、国民の声も、高浜原発再稼働停止の裁判所の仮処分決定も無視されて、「いつかきた道」への逆戻りです。(加藤哲郎のネチズン・カレッジ 2015.4.15
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