カイドウ

【アジアインフラ投資銀行の設立の波紋】
・中国のよびかけた
アジアインフラ投資銀行(AIIB)設立に、アジアの大半の国々、ヨーロッパ諸国、3月末には台湾までが参加して48か国・地域、新自由主義のもとでのアジア経済圏が、大きく再編されようとしています。(略)安倍首相にとっては、尖閣問題や竹島問題で対立する中国主導・韓国参加のAIIBの流れに逆らいたいということでしょうが、もともと今年は、日中韓の歴史認識が世界から注目される「戦後70年」です。「従軍慰安婦」問題を「人身売買」に矮小化した安倍首相の発言、4/29米国議会演説・8/15「首相談話」の中身がクローズアップされていますが、これまでの「侵略」や「植民地支配」に含意されているのは、「慰安婦」や「靖国」問題にとどまりません。「満州事変」に始まる15年戦争の全体、「満州国」から南京大虐殺重慶無差別爆撃三光作戦など、敗戦までの全過程が含まれます。(略)日本の細菌戦・人体実験問題も、調べてみると、中国・韓国側から日本の「歴史認識」を問う大きな争点になっています。本来なら国際法違反の明白な石井四郎らの細菌戦は、占領期にデータを米軍に提供して戦犯訴追をまねがれる密約により、免責されました。天皇戦犯を要求した朝鮮戦争直前のソ連ハバロフスク裁判は、中国内戦・米ソ冷戦下でうやむやにされました。731部隊の本格的研究は、1981年の森村誠一『悪魔の飽食』ベストセラー、常石敬一『消えた細菌戦部隊 関東軍第731部隊』刊行から国際問題化します。ちょうど「侵略」を「進出」と書き換えさせた文部省の教科書検定が韓国・中国の抗議をうけた頃です。(略)日本のネトウヨ・サイトには、731部隊の犯罪そのものを「つくり話」として否定する議論も散見されますが、これがもしも安倍首相の話として世界に広まり、本格的争点となったらと考えると、恐ろしくなります。(加藤哲郎のネチズン・カレッジ 2015.4.1

【米国とイランの「核の枠組み合意」問題】
イランと欧米が「核の枠組み合意」にこぎつけた。(略)欧米は、イランとしては譲れないウラン濃縮能力の保持自体は認め、イラン側は濃縮のスピードを抑え、IAEAの強制査察を受け入れるという妥協である。イランは、北朝鮮と並ぶ「問題国」の扱いを受けてきたが、北朝鮮とは権力の構造も体質も全然違っている。私が以前取材したとき、選挙で定員の何倍もの人数が立候補することや、マイクを向けた市民が堂々と政府批判をすることに驚いたが、この国には「世論」があり、北朝鮮と違って交渉が可能な国だと感じた。(略)この合意は本物だ。イランは、イラク政権の後見人であり、シリアのアサド政権のバックでもある。イラク、シリアが破綻国家になったことから、両国が事実上の内戦状態になり、「イスラム国」の台頭を招いた。いま「液状化」しているこの地域を、犠牲者を最小限にしながら、なんとか軟着陸させて民生を向上させていくには、存在感を強めるイランとの協調が不可欠である。その意味で、今回の合意は画期的だ。ただ、「最終合意」が予定される6月末までのこれから3カ月弱が正念場になる。イランを不倶戴天の敵とみなすイスラエルが、米国内のネオコン勢力と連携して必死に妨害にでるのは目に見えている。驚くような謀略が仕掛けられる可能性もある。さらに、シーア派の政治的台頭を許せないサウジなど湾岸アラブ諸国も強烈に反発するだろう。サウジは、先月下旬から、隣国イエメンのイスラム教シーア派の武装組織「フーシ派」を空爆しており、近く地上部隊を投入するとの観測が出ている。サウジ対イランの確執は強まっている。目が離せない。中東をめぐるこれからの動きを見る際のポイントの一つは、この「最終合意」である。(高世仁の「諸悪莫作」日記 2015-04-03

【「若者」という同時代史】
・いかなる同時代史も、私という視座を抜きにして語れない。しかし、そこに若者をすえたら、時代はどうみえてくるだろう。エピグラフに記された
ジャニス・イアンの歌にあるように「17歳のころ、ほんとうのことを知った」というのは、だれにもあてはまる経験なのにちがいない。そのときの経験が、生涯を貫く希望や無念や悔恨となって持続することもある。かつてはだれもが若者だった。だとすれば、主体なき歴史より、若者に視座をおいた同時代史のほうが、時代の実相をあぶりだしてくれるのではないか。若者といえば、明るく、さわやかで、活気があるというのが、世間では通り相場になっている。ところが、ここに出てくる若者たちは、どちらかというと不機嫌で、時に反抗的にさえみえる。若者の実像は、ほんとうはこちらに近いはずだ。最初に著者は、戦後社会にとって若者は、どういう存在として期待されていたかを概観している。高度成長期に企業が求めたのは、全般的な理解力と協調性があって、企業にとけこみ、よく働く若者である。「成績・性格・体力」の3点セットだった、と著者はいう。若者は家族からも期待されていた。親たちは子どもを教育することで、ひそかに自分たち一家の「階層の上昇」を願った。さらにいえば、若者は消費の担い手でもあった。戦後の家族消費は、家電製品からはじまって、自動車へ、そして最後に住宅に向かった。個人消費がはじまるのはそのあとで、その先鋒になったのが若者だったという。若者文化がはじまるのは1960年代なかばからだ。 しかし、それは社会の期待した若者像であり、若者の実像ではなかったし、まして若者自身の〈社会意識〉ではありえなかった。著者は若者の時代を探るために、歌謡曲や小説、映画、テレビドラマなどから、社会が期待する若者像とは異なる実像を浮かびあがらせようとしている。それは、たとえば「不機嫌で、ふくれっ面をした」17歳の美空ひばりであり、基地と混血児の宿命を追って流転する歌手、青山ミチである。それから(略)のちの森進一や永山則夫も含まれていた。(海神日和 2015-04-03

【「定額働かせ放題法」問題】
残業代ゼロ法案について、1000万円以上の「年収要件」があると勘違いしてはいけない。それは、法案のごく一部に過ぎず、大幅に拡張される「裁量労働制」には年収要件がない。営業職の多くや、管理職の大半をも「残業ゼロ」にできかねいない改正内容なのだ。先ほどの院内集会がNHKのニュース7で放送された。だが、またしても誤報、誤報、誤報。成果で評価されるようになると、間違いを繰り返していた。(略)今回の法改正で、「成果で評価する仕組み」については何も規制しない。ただ、残業代がゼロになり「定額使い放題」になるだけ。NHKが使っていた「就職活動中の学生」の意見が印象的。「成果で評価されるようになって、わかりやすくなる」というコメント。まったく、事実誤認。今回の制度で、「成果を評価する仕組み」は何も規定されないのに。誤報で誤認させ、誤認を報道するという「マッチポンプ」状態である。実際に、学生たちは「成果で評価されること」を求めている。無限のノルマが課せられる日本の企業では、「仕事はここまで」ということが必要だからだ。別の学生は「仕事の量が変わらないのに、残業ゼロでは不公平」と言っていた。だが、この法律が通れば、「定額使い放題」だから、仕事の量も増えるのだ。「成果主義批判」では、まうます誤認が広がるばかり。今回の法改正では、「成果主義」にすらならない。ただ、残業代がゼロになるので、「定額使い放題」になるだけ。しかも、労働者には「裁量」も必要ない。つまり、会社の命令で朝から晩まで、休日も働かせ、それでも「定額」でよくなるという法律。(略)私は10年くらい労働運動にかかわってきたが、今回のような事態は初めてだと断言できる。派遣問題の時も、フリーターやニート問題などのときも、「事実」を元に訴えさえすれば、メディアの報道は改善していった実感がある。だが、今回の法案については、どんなに事実を示しても、効果がない。「政府に統制されたメディア」との批判は、私が最も嫌いな論法である。自分の主張に沿った報道は、自然には落ちてこないからだ。だから、「事実」を丹念に収集・分析し、提示する。私はそうして「ブラック企業」を社会問題にした。だが、今回の法案に関しては、どんなに努力しても、政治的に無視される。(今野晴貴Twitter 2015-04-03,04
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