先日来日したメルケル首相の発言の真意について、産経や読売など日本ではレベルの低いあれこれの論争が繰り広げられていますが、同事象をあるひとりの元外交官とあるひとりのジャーナリスト、また、あるひとりの作家はどのように見ているか? 三者三様の論をご紹介させていただこうと思います。3人の論に共通しているのは「日本の歴史を否定する右翼ナショナリスト安倍晋三」(ニューヨーク・タイムズ社説 2013年1月2日)という認識。そして、その安倍という人間(「首相」云々以前の問題)の形容しがたい「反知性主義」への嫌悪感といってよいでしょう。
 
おひとり目の論は元外交官で政治学者の浅井基文さんの論。浅井さんはメルケル発言の真意について政治学の位相から論理的に非常に的確な論評をしています。また、ドイツ在住ジャーナリストの梶村太一郎さんはドイツのメディアがいかに安倍なる政権に失望しているかについて地の利を活かしてドイツのメディアに掲載された写真をふんだんに用いて見事に証明しています。また、藤原新也さんは独自のメルケル首相、ミッシェル夫人(ミシェル・オバマ)、朴槿恵大統領の女性リーダーによる安倍包囲網論を展開しています。もちろん、説得的です。以下、三者三様のメルケル発言論です。
 
メルケル発言と日中・日韓関係(浅井基文のページ 2015.03.23)
 
3月(9~10日)に来日したメルケル首相が、日独首脳会談後の記者会見(9日)、朝日新聞主催の講演会(同日)及び民主党の岡田代表との会談(10日)において、日本の歴史問題にかかわる発言を行ったことは非常に注目される出来事です。2007年に首相として初来日した際は歴史問題についてなんらの発言もしていません。なぜ、今回あえて歴史問題にかかわる発言を行ったのかを理解する上では、メルケル首相と中国及び韓国との緊密な交流を踏まえることが必要だと思います。
 
メルケルは首相就任以来、2006年、2007年、2008年、2010年(7月15~18日)、2012年(2月2~4日及び8月30~31日の2回)そして2014年(7月6~8日)と合計7回も中国を訪問しています。急速に台頭する中国のドイツ経済ひいては世界経済に対する重要性をメルケルが十二分に認識しているからこそのかくも頻繁な訪問であることは明らかでしょう。また、福島第一原発「事故」の警鐘に学んで脱原発に踏み切るメルケルの政治的洞察力・決断力は、21世紀国際政治経済における中国の決定的重要性をも深く認識していることが窺えると思います。
 
また、韓国の朴槿恵大統領とメルケル首相は、2000年10月にお互いに野党党首としてドイツで会見したのが最初で、メルケルが首相となってからは、2006年9月(メルケル首相執務室で)、2010年11月(メルケル首相がG20首脳会議で訪韓した際)、そして朴槿恵が大統領に就任してからは、2013年9月5日、ロシア・サンクトペテルブルクで開催されたG20首脳会議の席上で挨拶を交わし、翌6日にメルケル首相の提案で2国間首脳会談を行いました。この会談において朴槿恵大統領は、「(メルケルが)ダッハウ収容所追悼館を訪問して行った演説を、韓国の国民も感銘を受けながら聴いた。歴史の傷を治癒しようという努力がなければならず、度々傷に触れていては難しくなるのではと考える」と述べるとともに、「日本が歴史を眺めながら、未来志向的な関係を発展させることを希望する」と話したと報道されました(2013年9月7日付韓国・中央日報日本語版)。そして本年3月26~28日に、朴槿恵大統領はドイツを公式訪問して、26日にメルケルと首脳会談を行いました。
 
このように中韓両国首脳と緊密な関係を築いてきたメルケルが日本政治の動向に対する中韓両国の懸念・警戒の所在に無関心であるはずはありません。特に2014年7月の訪中及び本年3月の朴槿恵大統領の訪独に際して、中韓両国から安倍政権の歴史認識の危険性について認識を深めたことは容易に想像できることです。
 
私は、メルケルのこれらの発言が行われたときはちょうど、村山首相談話の会の訪中団の一員として中国に滞在していましたので、メルケル発言及びその含意に関する中国側の高い関心に直に触れる貴重な体験をしました。それだけに帰国後、日本のメディアの取り上げ方における反応の鈍さには唖然としました(安倍政権に対する遠慮が優先しているとしか考えられない)。しかし、メルケルがあえて安倍政権の歴史問題を取り上げたことは、この問題がもはや日本の国内問題あるいは日中・日韓間の二国間問題にとどまらず、東アジアひいては世界のこれからの方向性に重大な影響を与える問題となっていることを明確に示しています。
 
安倍首相としては、集団的自衛権行使によって対米軍事協力に全面的に踏み込むことを明確にすることにより、アメリカの歴史問題に関する対日姿勢を彼にとっての「許容範囲」内に押さえ込める、したがってメルケル発言については黙殺するという判断でしょう。しかし、反ファシズム戦争及び中国の抗日戦争勝利70周年、そして国連成立70周年の本年に、問題児・日本に対して行われたメルケル発言は、「井の中の蛙」である私たち日本人が感じているよりはるかに大きな国際的な意味合いを持つものとして受けとめられていると思います。8月15日の安倍首相談話に向けた攻防は、メルケル発言によって、安倍首相にとってハードルが一段引き上げられたことは間違いないと思います。以下においては、メルケル首相が行った歴史問題に関する発言を改めて確認しておきたいと思います。
 
1.3月9日の日独共同記者会見(出所:首相官邸WS)
 
メルケルが「ナチスとホロコーストは、我々が担わなければならない重い罪です」と述べたことは、「ナチス」を「日本軍国主義」、また、「ホロコースト」を「南京大虐殺」(中国)あるいは「植民地支配」(朝鮮半島)に読みかえることで、日本が「担わなければならない重い罪である」ことを承認することを言外に促していることはあまりにも明らかです。また、「この過去の総括というのは、やはり和解のための前提の一部分」と指摘したメルケルの発言は、歴史問題の総括をしない限り、日本が中国、韓国などとの和解を実現することはあり得ないという忠告であることも明々白々でしょう。
 
(質問)
  今年は、戦後70年の節目に当たります。日本もドイツも、第二次大戦の敗戦国というところでは共通しております。両国とも、周辺の国々との和解にこれまで取り組んできておりまして、ドイツが周辺の国々と和解に努力されてきたことは、日本人には広く知られております。現在、日本は中国それから韓国との間で、歴史認識などをめぐりまして対立点も残っております。ドイツの御経験、御教訓に照らして、日本が今後、中国や韓国とどのように関係を改善していったらいいのでしょうか。その辺のお考えをお聞かせください。
 
(メルケル首相)
  私は、日本に対して、アドバイスを申し上げるために参ったわけではありません。私には、戦後、ドイツが何をしたかということについて、お話することしかできません。戦後、ドイツではどのように過去の総括を行うのか、どのように恐ろしい所業に対応するのかについて、非常につっこんだ議論が行われてきました。ナチスとホロコーストは、我々が担わなければならない重い罪です。その意味で、この過去の総括というのは、やはり和解のための前提の一部分でした。一方で、和解には2つの側面があります。ドイツの場合は、例えばフランスが、第二次世界大戦後、ドイツに歩み寄る用意がありました。ですからEUがあるわけです。今日、EUがあるのは、こうした和解の仕事があったからですが、その背景として、ヨーロッパの人々は、数百年にわたって戦争を経験した後、一つになることを求めたという事実があります。本当に幸運なことに、我々は、こうした統合を行うことができ、安定した平和的秩序を得ることができました。ウクライナの領土の一体性に対して厳しく対応しなければならないのは、そうした背景もあるのです。一方で、進む道については、各国がそれぞれ自ら見つけなければならないと思っています。先程述べたとおり、自分にできることは、ドイツの場合についてお話しすることだけであり、今、短く、それをいたしました。
 
2.朝日新聞主催講演会(3月9日)
 
メルケルがドイツ敗戦の日を、ドイツにとって様々な意味での「解放の日」であったと位置づけることの重要な意義は、昭和天皇の終戦詔書に示された歴史観との対比において明らかだと言わなければなりません。また、メルケルが「私たちドイツ人は、こうした苦しみをヨーロッパへ、世界へと広げたのが私たちの国であったにもかかわらず、私たちに対して和解の手が差しのべられたことを決して忘れません」と述べていること、即ち加害責任を率直に認めた上での発言であるということも、被害者意識だけに凝り固まっている私たち日本人猛省を促すものです。
 
また、ドイツが再び国際社会に迎え入れられた「幸運」は、「ドイツが過去ときちんと向き合ったから」であるとともに、「当時ドイツを管理していた連合国が、こうした努力に非常に大きな意味をくみ取ってくれたから」でもあるという認識を示していることも重要です。前者は日本に対して「過去ときちんと向きあう」ことを促すものです。そして後者は、日本を単独占領して自分の都合勝手に日本を動かしてきたアメリカに対して、日本の歴史認識問題に関してはアメリカにも責任があることを間接的に指摘したものだと思います。4月の安倍首相の訪米を迎えるアメリカの政府・議会がメルケルのこの発言を真摯に捉えるかどうかを注意してみていきたいところです。
 
【戦後70年とドイツ】
破壊と復興。この言葉は今年2015年には別の意味も持っています。それは70年前の第2次世界大戦の終結への思いにつながります。数週間前に亡くなったワイツゼッカー元大統領の言葉を借りれば、ヨーロッパでの戦いが終わった日である1945年5月8日は、解放の日なのです。それは、ナチスの蛮行からの解放であり、ドイツが引き起こした第2次世界大戦の恐怖からの解放であり、そしてホロコースト(ユダヤ人大虐殺)という文明破壊からの解放でした。私たちドイツ人は、こうした苦しみをヨーロッパへ、世界へと広げたのが私たちの国であったにもかかわらず、私たちに対して和解の手が差しのべられたことを決して忘れません。まだ若いドイツ連邦共和国に対して多くの信頼が寄せられたことは私たちの幸運でした。こうしてのみ、ドイツは国際社会への道のりを開くことができたのです。さらにその40年後、89年から90年にかけてのベルリンの壁崩壊、東西対立の終結ののち、ドイツ統一への道を平坦にしたのも、やはり信頼でした。
 
【講演後の質疑応答】
(質問)隣国の関係はいつの時代も大変難しいものです。そして厳しいものです。過去の克服と近隣諸国との和解の歩みは、私たちアジアにとってもいくつもの示唆と教訓を与えてくれています。メルケル首相は、歴史や領土などをめぐって今も多くの課題を抱える東アジアの現状をどうみていますか。今なお、たゆまぬ努力を続けている欧州の経験を踏まえて、東アジアの国家と国民が、隣国同士の関係改善と和解を進める上で、もっとも大事なことはなんでしょうか?
 
(回答)「先ほども申し上げましたが、ドイツは幸運に恵まれました。悲惨な第2次世界大戦の経験ののち、世界がドイツによって経験しなければならなかったナチスの時代、ホロコーストの時代があったにもかかわらず、私たちを国際社会に受け入れてくれたという幸運です。どうして可能だったのか? 一つには、ドイツが過去ときちんと向き合ったからでしょう。当時ドイツを管理していた連合国が、こうした努力に非常に大きな意味をくみ取ってくれたからでしょう。法手続きでいうなら、ニュルンベルク裁判に代表されるような形で。そして、全体として欧州が、数世紀に及ぶ戦争から多くのことを学んだからだと思います」「さらに、当時の大きなプロセスの一つとして、独仏の和解があります。和解は、今では独仏の友情に発展しています。そのためには、ドイツ人と同様にフランス人も貢献しました。かつては、独仏は不倶戴天の敵といわれました。恐ろしい言葉です。世代を超えて受け継がれる敵対関係ということです。幸いなことに、そこを乗り越えて、お互いに一歩、歩み寄ろうとする偉大な政治家たちがいたのです。しかし、それは双方にとって決して当たり前のことではなかった。隣国フランスの寛容な振る舞いがなかったら、可能ではなかったでしょう。そして、ドイツにもありのままを見ようという用意があったのです」
 
3.メルケル首相と民主党・岡田代表の会談(3月10日)
 
メルケル首相と岡田代表との会談に関しては、メルケルが「従軍慰安婦」問題を取り上げたかどうか、それが日本政府に対する忠告であったかどうかなどに関して「騒ぎ」となったようです。しかし、冒頭に述べたメルケル首相と朴槿恵大統領との親交ぶりから判断すれば、この問題を極めて重視する朴槿恵大統領がメルケル首相に対して詳しく話をしていることは容易に理解されることですし、したがって、メルケル首相が岡田代表に対して自ら取り上げたとしてもなんら不思議はありません(下記の民主党ニュースで、メルケルが「9日の安倍総理との会談で「ドイツは過去にきちんと向き合ったから和解を成し遂げられた」との発言」があったことを紹介したとあることから判断すれば、メルケルが朴槿恵の意向を体して、安倍首相との首脳会談で「従軍慰安婦」問題を取り上げた可能性すら排除できないと思います)。いずれにせよ、「言った、言わない」の低劣な次元でやり過ごす安倍政権や読売新聞、産経新聞の議論に振り回されるのではなく、メルケルが日本の歴史問題の深刻さを指摘したことにこそ注意を向けるべきでしょう。(以下、省略)

メルケル訪日のドイツでの報道/メディアから匙を投げられた安倍政権とNHK/言論の自由の深化はどうすべきか明日うらしま 2015年3月16日)
 
少し遅くなりましたが、今月の9日、10日のメルケル首相の訪日に関する、ドイツの報道について以下簡単にお報せします。
 
まずは、以下に観られるようにドイツの主要プリントメディアでは、なんと安倍首相との首脳会談後の記者会見の写真が、まったく使われませんでした。代わりに天皇を訪問した時と、朝日新聞社と日独センター共催の基調講演で中学生に歓迎されるメルケル首相の写真だけです。このこと自体が、いかにドイツメディアが安倍政権に失望して、匙を投げてしまっていることの現れであるといえます。すなわち首脳会談としての報道価値がないとの判断の現れです。(略)
 
引用者注:「メルケル首相と安倍首相との首脳会談後の記者会見の写真がまったく使われていない」論拠としてドイツ主要メディアの写真3枚については上記の「明日うらしま」のサイトでご確認ください。

敵対女性トライアングルには囲われたくない。
(藤原新也「Shinya talk」2015/03/19)

ドイツの
メルケル首相の訪日に続いてミシェル夫人が来日した。これは偶然なのだろうか。事前に両者に何らかの通底があったのかどうかは不明だが、この二人にはある問題に関する共通の関心事がある。(略)メルケル首相は会見の場をわざわざかねてより従軍慰安婦問題に積極的に取り組んできた朝日新聞社に設定し、暗に従軍慰安婦問題に関心のあることを示した。そしてドイツが戦後自からの非を認めたことを引き合いに日本(というより(略)安倍政権)に加害者側としての意識が低いということを遠回しに非難している(略)。メルケル首相に続いて昨日来日したミッシェル夫人は日本嫌いとの風評がある。(略)だが私はミッシェル夫人は日本嫌いだとは思わない。(略)ミッシェル夫人は日本が嫌いなのではなく、安倍が嫌いなのである。メルケル首相同様、彼女にとって女性の問題には当然敏感であり、安倍がうやむやにしょうとしている従軍慰安婦問題は見過ごせない”女性の人権蹂躙問題”なのである。私はこの従軍慰安婦問題に関しては、軍が関与していたか、していなかったかというそんなことは枝葉末節な問題でありどうでもいいと思っている。植民地の女性を日本軍人が慰安婦として徴用したこと。それが問題なのであり、軍がどうした民間がこうした、などはどうでもよいことだ。(略)海外ではこの従軍慰安婦問題が象徴する安倍は、女性の人権を無視する先進国唯一のリーダーだとレッテルを貼られていることを(日本のメデイアが報じないため)案外日本人は気がついていない。またこのことも井の中の蛙である日本人はとんと気づいていないが、この問題を軸に日本(安倍)は先進国の女性リーダートライアングル、メルケル首相、ミッシェル夫人、そして朴 槿惠に包囲されているのである。このすぐれて女性の人権問題である従軍慰安婦問題を棚上げしょうとする安倍の新たなキャッチフレーズが”女性が輝く社会”というのは口先三寸男の面目躍如であり、おそらく女性リーダートライアングルはこのことをしてさらに安倍を最低男と思っているのではないか。(略)私は戦後70年幾多の宰相を見てきているが写真家の観点から各時代の宰相にはそれぞれに男の度量と色気というものが感じられた。だが安倍にはこれがない。私の安倍嫌いの一因はここにもある。
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