以下の馬淵澄夫(民主党衆院議員)の正体をさらに明らめたkojitakenさんの論は真の意味での「革新」的潮流をつくりだしていくための負の予備知識として共有しておきたい。

馬淵澄夫は「三原順子の『八紘一宇』に違和感なし」だって(呆)
(kojitakenの日記 2015-03-22)

民主党の馬淵澄夫の名前を知ったのは、10年前に「きっこ」と組んで耐震偽装事件の追及をした時だったが、これまでも何度か指摘したように、この時「きっこ」ともども持ち出した「総合経営研究所」の疑惑はガセネタであって、事件は姉歯秀次の単独犯であったことが今では明らかになっている。「きっこ」は書きっぱなしでも許されるのかもしれないが、民主党の中心的な政治家の一人である馬淵はそうはいかないのではないかと思うのだが、この件であさっての方を向いた追及をしていた馬淵が、何らかの総括をしたとは寡聞にして知らない。

また、私はその当時から馬淵が民主党でも有数の右翼的な政治家であることを調べて知っていたため、ずっと警戒していたが、その馬淵がついに本性を現した。


(2015年03月21日(土) 馬淵 澄夫) 

■ 私も所信表明で「八紘一宇」のルーツに触れたことがある 3月16日の参議院予算委員会質疑で、自民党の三原じゅん子議員が、神武天皇の橿原建都の詔(かしはらけんとのみことのり)の一節を引きながら「八紘一宇」という言葉に言及したことが、報道やネット上で大きな波紋を呼んでいる。 橿原神宮は、奈良県の橿原市にある。私も奈良選出の国会議員のひとりとして、この問題について、黙っているわけにはいかない。 実は、私自身も、この参議院予算委員会の模様は、国会内の中継でリアルタイムに見ていた。また、後に三原氏が説明を補足したブログ記事も拝見した。三原氏の発言に驚きこそすれ、違和感は覚えなかった。 私は毎年春に支援者の皆さんに対して、私の「所信表明」をお伝えすることにしているが、平成26年3月の「第10回まぶち会春の集い」で発表した所信表明演説で、私も橿原建都の詔を紹介しながら、価値観を分かち合う共生の理念を訴えさせて頂いた。(中略) (略)さらに、詔には「八紘(あめのした)を掩(おお)いて宇(いえ)と為(せ)むこと、亦可(またよ)からずや。」と記され、天下に住む全てのものが、まるでひとつの家になったように温かい結びつきを実現させることの尊さを説いています。まさに、人々の心のつながりによって、一つの家、家族のような国を創り為(な)そうというのが神武建国の理想であったのです。(略)

■ 安倍総理や麻生財務大臣の残念な答弁
通常、国会質問というのは、用意周到に練られたものだ。もし仮に、三原氏が「橿原建都の詔」として質疑をしていれば問題視されることはなかっただろう。
それにもかかわらず三原氏は、「八紘一宇」という言葉を、今回あえて使ってきた。与党ながら、彼女が政治家として、時の総理や国民に対し何かを訴えかけようとする覚悟を感じさせた。
それとは対照的に、安倍総理や麻生財務大臣といったリーダーたちの答弁で、強欲なグローバル資本主義の矛盾に日本はどう対応していくのかという問題提起に正面から答えようとせず、はぐらかすような答弁に終始していたが、まったく残念だった。

■ 「八紘一宇」に侵略行為を肯定するような考え方はない
すでに述べたように、この「八紘一宇」という言葉のそもそもは、初代神武天皇が橿原の地で即位した折りの「橿原建都の詔」にさかのぼる。そこには、一つの家、家族のような国を創り為(な)そうという日本の建国の精神が示されている。

この「八紘(あめのした)を掩(おお)いて宇(いえ)と為(せ)むこと、亦可(またよ)からずや」という「八紘為宇」の考えは、時代が下った大正時代、「八紘一宇」という語句へと翻訳されることになる。後にこの思想が軍部に影響を与え、膨張主義的な対外政策を正当化するイデオロギーとして使われるようになったと言われる。

このように「八紘一宇」という言葉は、戦時中の日本で誤った使われ方をされたのは確かである。しかし「橿原建都の詔」、あるいは神武天皇「建国の詔」を、虚心坦懐に読んでみれば、そこには民を慈しむ御心が溢れており、侵略行為を肯定するような考え方はないことがわかる。

詔の「八紘為宇」にルーツをもつ「八紘一宇」という言葉が、戦前・戦中の軍国主義のスローガンに利用されたのは悲しむべきことだが、だからといってこの詔にある精神が誤っていた訳ではない。

そこを分けて考えずに、「八紘一宇」という言葉そのものをあげつらうのは、事の本質が見えなくなるのではないかと思っている。問題は、その内容にあるのではなく、当時の政府が、覇権主義的な対外政策を正当化するスローガンとしてその「言葉」を利用したこと、それによって戦前の日本が道を誤ってしまった点にある。

八紘為宇にしても、こころの「姿勢」やあり方が示されているだけである。それを、国家統制を至上命題とする国家主義的な政治が悪用することで、不幸な歴史が生じたのだ。

つまり、橿原建都の詔も、上から押し付けられてしぶしぶ従うようなものではない。思うに日本という国は、この橿原建都の詔の精神のもと、「民」つまり国民一人ひとりが自分の頭で考え、それぞれに努力することにより創り上げてきたのではないか。

今回の「八紘一宇」という言葉が、過去に誤った使い方をされたことをもって「穢れた言葉だ」というのであれば、禊祓(みそぎはらい)をして洗い浄めればよい話ではないのか。あの不幸な歴史を繰り返さないためにも、むしろ我が国建国の理念と言う意味で「原典」というべき「橿原建都の詔」に立ち戻るべきなのではないだろうか。


実にふざけた文章である。

馬淵自身が認めるように、「八紘一宇」は大正時代に右翼の田中智学が作った造語だが、最初から戦前の帝国主義日本の侵略を正当化する道を開く言葉だった。今朝のTBSテレビ「サンデーモーニング」でも、岸井成格が「三原議員は『建国以来大事にされてきた言葉』だと言っていたが間違いだ。大正時代に作られた言葉だ。誰か(自民党の大物議員か?)に言わされたのかもしれないが、懲罰ものだ」と言っていた。もちろん岸井の言い分の方が正しい。但し、岸井が「特別編集委員」を務める毎日新聞が、三原順子の懲罰を求める社説なりを書いたかと言えば、そんなことはしていないだろう。岸井の発言は、毎日新聞は三原順子議員の発言に批判的ですよ、という毎日のエクスキューズにしか見えず、それも問題だと思う。しかし、馬淵の罪は岸井や毎日どころではない。論外である。

馬淵のように、三原順子の論外発言を援護射撃する輩が野党から出てくることによって、日本の右傾化はますます急速に進むのである。

以下の中島岳志(北大法学部准教授、週刊金曜日編集委員)のツイッター発言も負の意味で共有しておきたいものです。いわゆるリベラル・左派勢力においても「日本の右傾化」は確実に進行しています。週刊金曜日の前社長、元編集長の佐高真の右傾化についてはこちらの記事をご参照ください。金光翔さん(岩波『世界』元編集部)の批評を通じてその右傾化の深度を指摘しています。ただし、佐高真さんについては、私の見るところではという前提つきですが最近持ち直したかのように見えるところがあります。佐高さんの「革新」度のゆくえについてはさらなる注視が必要というところでしょうか。

中島岳志Twitter(2015年3月19日)





これらの「右傾化」はメディアの以下のような事態(右傾化)とも連動している負の事象の連鎖というべきでもあるでしょう。

高世仁の『諸悪莫作』日記(2015-03-20)から。

きょうは、
GALAC(ぎゃらく)という雑誌の座談会に呼ばれて新宿へ。この雑誌は、ギャラクシー賞を出しているNPO放送批評懇談会が発行するテレビとラジオの批評誌だ。座談会のテーマは「イスラム国」の日本人人質事件とテレビについてで、出席したのは共同通信の原田浩司、フリーでアフガンの米軍従軍取材で知られる横田徹、イラク戦争から現地を取材しつづける綿井健陽の各氏。私は、ジャーナリスト常岡浩介さんの私戦予備陰謀容疑でのガサ入れへの対応、常岡さんのテレビ出演時の政府批判封じ込め、旅券返納命令への屈服などの例をあげて、日本のテレビ局の姿勢はひどすぎると批判したが・・・仕事を干されてしまうかも。6月号に掲載予定なので、関心ある方は書店でごらんください。座談会のあと、司会の水島宏明さんも交えて近くの「塚田農場」で飲んだ。水島さんは、かつて日本テレビ系の札幌テレビ(STV)の社員で、ロンドン、ベルリンの特派員やNTVで解説員までつとめ、2013年に退社して今は法政大学でジャーナリズムを教えている。5人でワイワイやっているうち、今のテレビ局、おかしいんじゃないか、という話題になった。そこで、先日、某テレビ局のあるニュース番組のスタッフに聞いた驚くべき話を披露した。去年7月1日、安倍内閣が集団的自衛権行使容認を決めた日のこと。いつものように、30人のスタッフを集めて打ち合わせがあった。そこで番組の責任者が「きょうは『街録』(街頭録音)はやらなくていい」と言ったという。消費税が増税されるとか、原発の再稼働が認可されたとか、重要な政策転換があれば、街頭インタビューで街の声を拾って放送するのは「定番」だから、これは異例の指示だった。一人のスタッフが質問した。「今日こそ街録が必要なんじゃないですか、なんでやらないんですか」。その責任者が放った答えはこうだ。「おれたち共産党じゃないよな」さらに、「街録で答えたヤツが共産党員でないか、証明できるのか?」その場にいたスタッフは沈黙したまま打ち合わせは終り、その日、集団的自衛権行使容認のニュースに、街録は流れなかったという。

高世仁の『諸悪莫作』日記(2015-03-21)から。

昨夜、テレビ局で、街頭インタビューの自主規制がある話をすると、一緒に飲んでいた水島宏明さん(元民放テレビの報道マン)が、とりわけ、去年の総選挙の時期は、街頭インタビューが激減したと言う。水島さんは、実際に調査した結果を《
街頭インタビュー」はどこへ消えた? 総選挙のテレビ報道に”異変”》というネット記事にまとめていた。《解散前日の11月20日に自民党から在京テレビ局各社に、選挙報道の公正中立を求める異例の「要望書」が出ていました。そのなかでは「街頭インタビュー、資料映像等で一方的な意見に偏る。あるいは特定の政治的な立ち場が強調されることのないよう、公正中立、公平を期していただきたい」と書かれてありました。今回の自民党の要望書は、一見もっともな要望のように見えるのですが、街頭インタビューや資料映像の使い方にまで神経をとがらせていてすごく細かいのが特徴です。(略)「街頭インタビューは一歩間違えば、自民党が抗議してくるかもしれない。それならいっそのこと街頭インタビューそのものを放送するのはやめてしまおう」そんなふうに考えるテレビ局や番組担当者が出てきてもおかしくありません。》

そして、いくつかの情報番組の名を出して、こう続けている。《自民党がテレビ各局に要望書を出す11月20日の前までは街頭インタビューを放送していたこれらの情報番組が、要望書をもらって以降はほとんど街頭インタビューを流していません。特に衆議院が解散された11月21日は「今回の解散についてどう思うか?」「総選挙での争点は何だと思うか?」を一般市民に聞く絶好の機会でしたが、ほぼすべての情報番組が一律に街頭インタビューを実施しなかったのはかなり不自然なことです。テレビ朝日とTBSの2つの放送局に関して言えば、「Nスタ」や「スーパーJチャンネル」などのニュース番組(「報道番組」)では、被災地を含めた地域で取材した街頭インタビューを21日以降もかなり意欲的に放送しています。ところが同じテレビ局でも「情報番組」になると一変して、放送していません。また、日本テレビも情報番組「スッキリ!!」はふだん街頭インタビューを目玉のひとつにしている番組ですが、11月21日以降、選挙に関係する街頭インタビューを放送していません。日本テレビが放送した番組では「街頭インタビュー」が見つかったのはわずかに「情報ライブ ミヤネ屋」と「ウェークアップ!ぷらす」でしたが、2つとも大阪の読売テレビが制作する番組で、日本テレビが制作する番組ではありません。TBSやテレビ朝日、フジテレビなどのニュース番組は今回あまり多いとは言えないものの多かれ少なかれ街頭インタビューを流していました。しかし、「NEWS ZERO」や「news every.」「真相報道バンキシャ!」など、日本テレビのニュース番組、報道番組のなかで街頭インタビューを見つけることはできませんでした。ひょっとするとその他のニュースでやっていたのかもしれませんが、主要な番組の中で街頭インタビューを全く使わないとすればかなり不自然な印象です。自民党の要望書によるものなのかどうかはわかりませんが、どの局に限らず、全般的に街頭インタビューの放送の頻度は少なかったと言えます。》

いま起きているのは、メディア内部から権力の意向を「忖度」(そんたく)、「迎合」する事態であるように思われる。これに対して、内部からほとんど声が上がらないことを非常に憂慮している。
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