中東圏を視点に据えて研究する専門家と欧州文化の視点(あるいは米国フレーム)を通じてしかものごとを判断しえない日本のメディアの記者諸氏との中東情勢認識の差異。その彼我の認識の差異にあなたは気づかれませんか? 「傲岸な人と話をすると、どこかで『嘗められたらあかん』と思っている。でも、そう思っている時点ですでにどこかに卑屈さがあるでしょ。だから卑屈な人は傲岸になりやすい」という桂米朝=安田登の認識はここでも通用する認識であるようにも思えます。

内藤正典Twitter
(2015年3月19日、20日)から。
 
バルド博物館はモザイクのコレクションが豊富で、チュニスでは外国人観光客が必ず訪れる場所。外国人を襲撃するというより、チュニジアの観光産業に打撃を与える目的のテロではないか。チュニジアは、破綻しつつあるリビアと強権で押さえ込んでいるアルジェリアの狭間にあって、安定の維持が難しい国。チュニジアの一定の民主化と穏健イスラムの共存を不満とする勢力がいる。想像だが、彼らは一体化した組織ではないだろう。チュニジアの現状を破壊し恐怖に陥れようとするのが、今回のテロの狙い。これまで野党指導者の暗殺などによって、散発的な恐怖を与えてきたが、より脆弱な外国人観光客を襲撃。CNN、チュニジアのテロについて、ISの犯行と。チュニジア人自身が、首都チュニスで公的な建物が襲撃されたことはないと。多分、恐怖に陥れるために、象徴的に首都を狙ったのだろう。テロリストの目的は、文字通り、恐怖を味あわせること。当然、チュニジア国民はテロに猛然と反発するものの、恐らく、同様のテロを企てることで、チュニジア社会を分断しようとする。

BBCは、ISの犯行声明にやや懐疑的
チュニジアは、安定した穏健なイスラム教徒の国だというイメージが強いが、隣国リビアでトレーニングもしくは実戦に参加した戦士が多く、彼らが戻ってテロを起こす場合、脆弱性が一気に表に出てくる。アラブの春の発端となった若者の不満は、解消されていない
 
金言:人々の成熟度に期待(西川恵 毎日新聞 2015年03月20日)
 
古代カルタゴは今のチュニジアを本拠とした。紀元前800年代に建国され、地中海貿易で繁栄した。名将ハンニバル(紀元前200年代)は象でアルプスを越えてイタリア半島に侵攻し、ローマ帝国の首都ローマを陥落させる一歩手前までいったが、紀元前146年に滅亡した。高校の歴史教科書で習った史実が頭にあったから、チュニジアに行く度に「この人たちは本当にあの勇猛果敢なカルタゴの末裔(まつえい)なのだろうか」と自問したものだ。

チュニジアの人たちは性格が温和で優しい。隣国のリビアやアルジェリアのような強い自己主張や頑固さは持ち合わせておらず、人が怒鳴ったり、激高したりする場面に出くわしたことがない。案内してくれた日本人留学生が「チュニジア人の男性はケンカすると泣くんですよ」と言ったのが妙に耳に残っている。

この国は三つのアイデンティティーからなっている。東からのアラブ・イスラム文化、南からのブラック・アフリカのアニミズムや土着文化、そして北からの欧州文化だ。第1と第2が社会の基層をなし、欧州文化が上部層を作る多重層の社会だ。とくにこの三つ目は、よくも悪くも75年間フランスの保護領下にあったことで、近代社会と個人の関係性のあるべき姿を人々の精神に刻印した。2011年の「アラブの春」の後の民主化のプロセスにおいて、チュニジアが他の国のような混乱に陥らず、粘り強い議会審議の末に「男女平等」「信教の自由」をうたったアラブの国では画期的な憲法を採択することができたのは、まさにこの三つ目が効いたと私は思っている。

中東の中心部であるイラク、シリア、レバノン、イスラエルなどでは戦争や武力衝突が続き、我々は中東はいつも混乱していると思いがちだ。しかし同じ中東でも中心部から離れると混乱は少ない。それだけに日本のメディアで報じられる機会はほとんどないが、静かな国造りが続いてきた。北アフリカのチュニジア、アルジェリア、モロッコがその例だが、そのチュニジアがテロに見舞われた。隣国のリビアからイスラム過激派が侵入していると以前から言われていたし、「イスラム国」(IS)にはせ参じているチュニジアの若者も少なくない。しかし社会にマグマのように不満がたまっているとは私には思えない。今回のテロを機にこの国の強じんさが問われるが、民主的な憲法を採択した人々の成熟度と賢明さに期待したい。(
客員編集委員)


その
西川コラムを「評価」する小川一毎日新聞東京本社編集編成局長のツイッター発言

チュニジアに詳しい西川恵先輩のコラム。チュニジア人は温和で優しいそうだ。チュニジアの男性はケンカをすると自分が泣くのだという。本当に場違いの、卑劣な、許されないテロだ。

西川コラムの間接的批判としての「時事解説『ディストピア』」氏の論

チュニジアで日本人が数名、殺害されました。実に痛ましい事件です。この事件について、日本では「なぜ中東で唯一、民主化が上手くいったチュニジアで事件が?」と疑問を投げかけている馬鹿野郎どもがわりと本気でいます。彼らメディア関係者は決して情報を知ることができない位置にいたわけではなかった。これを「馬鹿野郎」と言わず、どう表現すれば良いのでしょう?

簡潔に説明する
と、チュニジアでは民衆が蜂起した後も、 軍が国を支配するという構図は全くそのまま変わりませんでした。ベンアリー抜きの軍事政権。これはエジプトでも同様です。そして、現在、アメリカが両軍のバックに立ち、支援を行っていること。これもまた事実です。そもそも、アラブの春というのは自然発生的に起きた事件ではありませんでした。確かに、きっかけはチュニジアの青年の抗議の自殺ではありましたが、それ以前から、現地の若者に対してアメリカのシンクタンクが民衆蜂起のテクをレッスンしていたのです。つまり、導火線に火さえつけば直ちに爆発するような爆弾があらかじめ、アメリカを中心とするIMF・欧米連合によって作られていたというわけです。また、両国にはムスリム同胞団という過激派が存在し、特にエジプトにおいては、このテログループとの戦いを通じて次第にムバラクの独裁的傾向が深まっていったのですが、この同胞団を支援したのが他ならぬアメリカ合衆国でした。

チュニジアにせよエジプトにせよ、アラブの春によって誕生したのが ムスリム同胞団による政
権だったというのは偶然ではありません。古くはシオドア・ローズベルトの時代から続く、現地の反体制派を支援し、政権を転覆させ、アメリカに有利な保護国を作るというシナリオに基づいたものです。ですから、アラブの春というのは、実際には欧米の再植民地化だったわけで、暮らしが良くなるわけでも民主化が進むわけでもなかったのです。どうして、このことを中東研究者もメディアも言わないのだろう、実際には現地の状況は良くなっていないのになぜ民主的な革命とまでベタ褒めするのだろう。そう私は思っていました。特にNATOが爆撃によって文字通り消滅させたリビアに対しては。今回の事件は、チュニジア=民主化されたという歪んだイメージを刷り込ませた結果、起きるべきして起きた事件だと私は思います。もっと危険な状況にあると危機感を抱くべきでした。
(時事解説「ディストピア」2015-03-20)

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