弁護士の金原徹雄さん(和歌山市)がご自身のブログの3月1日付けに「『慰安婦』問題に立ち向かう『強い意志』~大沼保昭氏と朴裕河氏の会見を視聴して」という記事を書いています。その標題を「『慰安婦』問題に立ち向かう『強い意志』」としていることからもわかるように金原さんは東大名誉教授で元アジア女性基金理事の大沼保昭(敬称略。以下、同じ)と『和解のために』(2007年度大仏次郎論壇賞受賞)の著者で世宗大学教授の朴裕河(パク・ユハ)を高く評価する立場からこの記事を書いています。そして、その記事の中で金原さんは大沼と朴の評価について、「日韓両国のいずれにも存在する、左派と右派というか、リベラル派と民族派というか、そのような極端な教条主義的見解とは一線を画し、様々な立場の者が参加した議論の機会を保障し、たとえ非常な困難が予想されるとしても、解決に向けた道筋を見出そうという姿勢に共通点がある」とも書いています。
 
しかし、私には、大沼と朴に関する金原弁護士の評価には異議があります。なかんずく、大沼と朴の批判者をすべてではないにしても「極端な教条主義」などとレッテル張りをして両者の正当性を強調しようとする金原弁護士のその姿勢、評価のものさしには大きな異議があります。以下は私の異議ですが、その前に、2年前に韓国で出版され、告訴騒動にもなっている朴裕河の『帝国の慰安婦』を高く評価する高橋源一郎の「論壇時評」(朝日新聞、2014年11月27日)と奥武則の「書評」(朝日新聞「論座」、2014年11月27日)の声を先にとりあげておきます。大沼保昭や朴裕河を評価する声は金原さんひとりではないという証明を先にしておこうと思います。
 
高橋源一郎の「論壇時評」は次のようなものです。
 
「この本は、「慰安婦」を論じたあらゆるものの中で、もっとも優れた、かつ、もっとも深刻な内容のものです。これから、「慰安婦」について書こうとするなら、朴さんのこの本を無視することは不可能でしょう。そして、ぼくの知る限り、この本だけが、絶望的に見える日韓の和解の可能性を示唆しています。」
 
「朴さんは、慰安婦たちを戦場に連れ出した「責任」と「罪」は、まず帝国日本にあるとしながら、同じ「責任」と「罪」を持つべき存在として、朝鮮人同胞の業者、そして、女子の生涯を支配し、自由を許さなかった「家父長制」を指さします。彼らは、帝国日本の意向に沿って、彼女たちを「売った」のです。韓国(や北朝鮮)で、彼らの「罪」が問われなかったのは、そこに植民地・韓国(北朝鮮)の、忘れたい過去があったからです。植民地の民は、時に、本国民より熱狂的に宗主国に愛や協力を誓います。慰安婦も、彼女たちを連れ出した業者も、植民地の「準日本人」として「愛国者」の役割を果たしたのです。」
 
「朝鮮人慰安婦」にとって、日本人兵士は、時に自分の肉体を蹂躙する敵であり、時に、自分と同じく戦場で「もの」として扱われる「同志」でもありえたのです。だが、彼女たちの複雑な思いと立場は、日本と韓国の、それぞれの公的な「記憶」の中では、不都合な存在とされてきました。それぞれの国で、慰安婦たちは「単なる売春婦」か「強制的に連れて来られた性奴隷」のいずれかでなければならなかったのです。かつて、自分の肉体と心の「主人」であることを許されなかった慰安婦たちは、いまは、自分自身の「記憶」の主人であることを許されてはいないのです。」
 
「彼女たちを人間として認めること、そのためには、国家の公的な「記憶」の持ち主ではなく、彼女たちのかけがえのない個人の「記憶」に耳をかたむけること。朴裕河は「同胞の罪」を問うたために、韓国内では激しく批判されました。ちょうど、ハンナ・アーレントが「イェルサレムのアイヒマン」で、ナチスがユダヤ人を強制収容所に連行する際、ユダヤ人社会が協力したことの罪を問い、ユダヤ人社会の激烈な反発を招いたように、です。アーレントは、ユダヤ人社会の協力を責めることはナチスの罪を軽減することになる、という批判に対して、真実を明らかにすることからしか、真の解決は始まらない、と応答しました。アーレントの本のように、朴裕河の本が孤独な顔つきをしているのは、同じ問題に向かい合っているからなのかもしれません。」(高橋源一郎Twitter(2014年11月27日)から。抜粋要約は引用者)
 
また、奥武則の「書評」は次のようなものです。
 
「著者は、「慰安婦問題」をこうした「政治」と「運動」の中での語りから解き放つことを試みる。その出発は《「朝鮮人慰安婦」として声をあげた女性たちの声にひたすら耳を澄ませること》(日本語版への序文)だった。その結果、本書は「慰安婦問題」について「韓国の常識」「世界の常識」に異議申し立てをするものになった。」
 
「大日本帝国」は、1910年(実質的には1905年)、朝鮮を植民地とした。「帝国」に組み入れられた植民地・朝鮮の人々は「国民」として「帝国」の総力戦に動員された。/「慰安婦」たちもそうした「国民」だった。兵士が「帝国」に動員され、「命」を提供する存在だったとしたら、「慰安婦」は「性」を提供する立場にあった。戦地の慰安所における兵士たちと「慰安婦」たちとの間は、一方が他方を抑圧する関係ではなかった。」
 
「それゆえ、「帝国」の総動員体制の被害者同士として、戦地で「慰安婦」と兵士たちは、さまざまな関係を結ぶことができた。兵士たちにとって、ときに「朝鮮人慰安婦」は「日本」を代替して彼らをまさに「慰安」してくれる存在だった。」(WEBRONZA - 朝日新聞社(2014年11月27日)から。抜粋要約は引用者)
 
しかし、上記で高橋によって「『朝鮮人慰安婦』にとって、日本人兵士は、時に、自分と同じく戦場で『もの』として扱われる『同志』でもありえた」とされている部分、奥によって「戦地の慰安所における兵士たちと『慰安婦』たちとの間は、一方が他方を抑圧する関係ではなかった」とされている部分については(高橋の記述も奥の記述もともに朴裕河の『帝国の慰安婦』に基づくもの)明治学院大学准教授の鄭栄桓の次のような反論があります。
 
「朴の挙げる証言は、いずれも日本軍兵士や日本人業者が語った、日本人「慰安婦」についての証言であり、そもそも朝鮮人「慰安婦」は全く登場しない。兵士や業者という「利用者」「管理者」の視線からなされたことを踏まえた史料の検証をおこなわずに、これらを日本人「慰安婦」の実態、しかも「意識」を示す証言として用いることは問題であろう。この日本人「慰安婦」の発言自体、一般化しうるものなのかも確かではない。しかも、それをただちに「帝国の慰安婦」であったから「基本的な関係は同じ」として、朝鮮人「慰安婦」にあてはめるに至っては完くの飛躍というほかない。」
 
「日本軍と「同志的な関係」にあった、「同志意識があった」という表現は証言や小説には登場しない朴の言葉であり、解釈である。言うまでもないことだが、ある個人が日本兵の思い出を語ることと、「朝鮮人慰安婦」と日本軍が「同志的な関係」にあったという解釈の間には、はるか遠い距離がある。証言の固有性があまりに軽視されているのだ。」
 
「朴は「愛と平和と同志がいたとしても「慰安所」が地獄のような体験であった事実は変らない。それはいかなる名誉と称賛が付き従うとしても戦争が地獄でしかありえないことと同様である」(76頁)と断りを入れているが、全く根拠を示さぬまま、「同志がいた」という極めて重大な日本軍「慰安婦」の自己認識に関する推測を呈示したことにこそ、最大の問題があるといえる。」(歴史と人民の屑箱 2014-06-21
 
また、慶煕大教授(文学評論家)のイ・ミョンウォンの次のような反論もあります。
 
「沖縄の人々は、現在も日本を「ヤマト」と呼んで、日本人を「ヤマトンチュ」と呼びます。沖縄を「ウチナー」と自分たちを「ウチナンチュ」と呼びます。沖縄戦当時に滞在していた朝鮮人たちを「チョセナ」と呼びます。朴裕河教授は日帝下強制連行された慰安婦と日本軍との関係をこのような “日本国民” だったと言うが、沖縄で沖縄人、朝鮮人、日本人たちは朴教授の考えとは異なる考えた行動であった(引用者注:「沖縄での沖縄人、朝鮮人、日本人たちの実際の行動は朴教授の考えとは異なっていた」の意か?)。最も明らかなのは、“馬”(引用者注:ガマ(壕)のことか?)が異なっていたため、沖縄や日本語で似たもの同士会話すると、スパイ容疑で処刑することが日常茶飯事でした。」
 
「大沼保昭氏が中心になった「アジア女性基金」は、慰安婦ハルモニたちの世俗性を強調しました。歴史的審判が重要なのではなく、その場で生きていく"お金"が重要である。これを否定してはならない、というふうでした。「アジア女性基金」は、オランダ、台湾、フィリピン、慰安婦おばあさんたちに補償金を支給して、韓国では個人的に申請したおばあちゃんたちにもそうでした。首相の謝罪手紙も直筆サインをして送ったが、日本政府は、過去も今も「道義的責任」をとると言っています。 「道義的責任」という言葉。本当に美しい言葉です。 「法的責任」は話にならない、それは不可能であるが、困難であるとの免罪ロジックがこの「道義」の真の意味です。朴裕河教授が巧みに歪曲しているが、「アジア女性基金」について、日本政府は協力しませんでした。官民合同募金形式での資金のうち、公的資金は、ほとんどが「公務員労組」などを中心とした金額であり、皮肉なことに、在日朝鮮人もの寄付金を出しました。」(東アジアの永遠平和のために 2014-06-17
 
また、これは朴裕河の『和解のために』が2007年度の大仏次郎論壇賞を受賞したときのものですが、女性史研究者の鈴木裕子の次のような批判もあります。
 
「この著作の大きな特徴の一つは、「国民基金」への高い評価と韓国挺対協に対する強い批判がセットになっていることがあげられる。韓国と日本のナショナリズムを同列におき、それぞれの歴史的背景を精査せず、事実の上においては、韓国のナショナリズム批判により力点をおいている。朴氏のこのような特徴をもつ著作は、日韓の和解ムードづくりに対してはすこぶる好都合な素材を提供していると言えよう。しかし真の「和解」のための、原因の究明、歴史的事実の直視、共有化を通して日韓の市民・民衆レベルの地道な取り組みを行っている者たちにとっては、朴氏の著作は欺瞞的なものとしか写らない。要するに朴裕河氏の『和解のために』は日本支配層や政治エリートたちにとっては、「偽りの和解」醸成にはもってこい、の著作だと言える。挺対協批判のため「当事者性」を謳いつつ実際は被害者当事者の存在を周縁化させ、無視し、事実の上において貶めているものと言えよう。(従軍慰安婦問題を論じる 2008/04/07
 
私は日本のひとりの小説家とひとりの社会学者の評論よりも鄭栄桓、イ・ミョンウォン、鈴木裕子の論の方に説得力と正当性を見ます。そういう見方もあるのだということ。金原弁護士には承知していただきたいことです。また、相対する批判者は「極端な教条主義」者というほかないものか。再考していただきたいことです。
関連記事
Secret

TrackBackURL
→http://mizukith.blog91.fc2.com/tb.php/1198-4c8a8e0d