本ブログの「今日の言葉」の2015年2月22日から2月28日までの記録(「国際」の視点編)です。

ナノハナ2

・湯川氏、後藤氏の人質事件の時に政府が取った行動から察するに、日本人はこの種のテロに遭遇しても日本政府の助力を得られない。「イスラム国」は国家を名乗るもおこがましいならず者集団だが、国民が窮迫的状況にあっても救出しない国も同様に国家を名乗るもおこがましい。(
内藤正典Twitter 2014/04/24
同感。日本国内ですら米軍の沖縄県民不当逮捕を目の当たりにして(当然意図的に)傍観拱手の日本政府。まさに国家を名乗るもおこがましい。(
JUNTwitter 2014/04/24

・英少女3人、「イスラム国」へ 15・16歳同級生、家族に「結婚式行く」→
朝日新聞-2015年2月26日
英国から消えた三人の少女。欧米ではモスクやイスラム組織を洗脳の場だと思い込んで監視を強化してきたが、多分、彼らにとって洗脳の舞台は自室のパソコンやスマホ。若者を
ISに引き寄せないために必要なこと。ムスリム移民が少ない日本とヨーロッパでは前提はかなり違います。まず、ヨーロッパ諸国の場合。1.ムスリム移民が経済的に底辺に滞留しないようにする。これが最大の課題。よく貧困のせいでテロが起きるわけじゃないと言う人がいます。しかし、何代にも渡って底辺層に滞留し続ける場合は、ホスト国の移民政策に問題があります。特に、勝者と敗者を放置し、格差の拡大を容認する経済政策の下に移民が置かれたままになるのは極めて危険です。2.イスラムとムスリムに対するヘイトスピーチを止めること。1.と関係しますが、格差が拡大する社会では、誰かをスケープゴートに仕立てて罵ることは、日本のみならず、ヨーロッパでも共通の傾向です。ヨーロッパでは、「人種」「民族」についての差別は法律で禁じているケースも多いですが、「宗教」についての侮蔑は禁じられていません。信徒を丸ごと差別すると罪に問われますが、ある宗教の教義や預言者を冒涜してもヘイトクライムには当たりません。そのことにかこつけて、移民に対して憎悪をぶつける傾向は過去20年で恐ろしく高まってきました。3. 移民の若者たちのアイデンティティについての悩みを弄ばないこと。これはジャーナリストや学者に対して。90年代、第一世代から若い世代への交代が進む中、ムスリム移民の若者たちに対して、散々、ぶつけられたのがアイデンティティ喪失言説。彼らが、どう生きていこうとするのかには耳を貸さず西洋文化とイスラム文化の間でもがいていると単純化しておしまい、という言説があふれていました。これを言われる側が、どれだけ辛かったか、わかりますか?親とぶつかっても、結局、親達の価値観を否定できず、さりとてヨーロッパの価値観を取り込んでも、お前たちには分からないと言われ… そういう生活の中にある彼らにとって、アッラーと預言者の示したイスラムの体系が、癒しを与えるようになっていきます。世代が交代するにつれて、若者たちがイスラムの信仰に惹かれていったことの背景は、簡単に言えば、そういうことです。(内藤正典Twitter 2015年2月25日

彼らの命と私たちの命は同じだ、と一番実感している日本人は、中東で取材したり駐在したりしている人々だろう。03年に2人の
外交官が殺害されたときには、イラク人の運転手も殺された。04年に殺害されたジャーナリストの橋田信介さんと小川功太郎さんの脇には、日本人ではない遺体があった。危険を共有する人々にとって、命の重みは同じだ。国籍は違っても目の前の同じ命を救いたいと感じ、日本人として何かしなければと思う。報道を、援助を、貿易を、交流を通じて。人道支援の核はここにある。命の値段の「高さ」を当たり前に考え、遠く危険の及ばないところから行う支援は、施しにすぎない。しかしその命の等価性を引き裂くものが二つある。外国人の「高い」命を危険に晒して、多くの見返りを得ようとするテロリスト。そして、「高い」命なのだから危険に近づくなと、自国民の命だけを大事にする国内の空気。後藤健二さんの紛争地報道への意欲も、政府の難民支援も、世界から見向きもされない命に手を差し伸べることから始まったはずだ。だが、人質事件への対応の過程で、中東の人々の命の値段はますます、日本人の命と乖離していく。日本人を守るために、同じく拘束されたヨルダン人の安否は蔑ろにしてもよい、という空気が流れる。そして今、日本人だけを守るためにどうするかに議論が集中している。では日本人とともに生きる現地の人々の命は誰が守るのか。なぜ同じ暴力の犠牲になっている人々全体を守ろうとは考えないのか。日本はイスラームや中東の理解が足りない、と言われる。だが、欠けているのは知識ではない。「不公正」に対する怒りへの理解だ。命の値段が違う。パリのテロには世界が連帯するが、武装勢力ボコ・ハラムがアフリカで何百人の住民を殺害しても、世界は動かない。白人の暴力は事故とされるが、イスラーム教徒の暴力はテロ扱いだ。その都合いい基準、不公正に、中東・イスラーム社会の人々は傷つき怒っている。彼らは、そのことをこそ、わかってほしいと思っている。(酒井啓子「朝日新聞」2015年2月26日
関連記事
Secret

TrackBackURL
→http://mizukith.blog91.fc2.com/tb.php/1192-b13545ca