先日の2月24日の河野洋平元衆院議長の「今は保守政治と言うより右翼政治のような気がする」という安倍首相批判はメディアのウェブ版に比較的大きくとりあげられていたこともあり、私として目を引きました。が、河野元議長に限らず、自民党元幹部の安倍首相批判はこのところ続出しており、備忘録として本ブログにも逆時系列に記録しておきたいと思います。その上で最後にその自民党元幹部たちの安倍首相批判はなにを意味しているのか? 五十嵐仁さん(元法政大学教授)のブログ記事を引用して論点を整理しておきたいと思います。
 
はじめに自民党元幹部の安倍首相批判の記事を逆時系列に整理しておきます。以下に名前の出てくる自民党元幹部は山崎拓(元副総裁)、古賀誠(元幹事長)、河野洋平(元総裁)、福田康夫(元首相)、野中広務(元幹事長)、中曽根康弘(元首相)各氏。これだけのそうそうたる自民党元首相、元総裁、元副総裁、元幹事長に総批判される安倍晋三現首相とはなにものか? 少なくとも自民党はかつてない危機的な状況に陥っていることだけは確かなことだといわなければならないでしょう。 
 
2月26日:「イスラム国」人質事件で自民山崎拓“安倍流”を叱る(ドット・朝日新聞出版 2015/2/26)
2月26日:古賀誠元自民党幹事長「安倍首相に対抗する勢力必要だ」(ドット・朝日新聞出版 2015/2/26)
2月24日:河野元議長、村山談話の踏襲を 自民「右傾化」懸念(共同通信2015/02/24)
2月24日:松田喬和のずばり聞きます 元首相・福田康夫氏(毎日新聞 2015年02月24日 東京夕刊)
2月21日:福田・元首相「国立追悼施設は必要」 70年談話に「過去の反省を」(毎日新聞 2015年02月21日 東京朝刊)
2月15日:野中氏、首相を叱る 沖縄の痛み分からぬ政治に憤慨 戦争は絶対にやってはならない TBS番組(しんぶん赤旗 2015年2月16日)
 
そのほか中曽根康弘元首相の安倍首相批判もあります。
 
中曽根康弘「かなりおかしい」安倍晋三首相は、63年も「集団的自衛権行使なし」できたのに、いまさらなぜ?(BLOGOS 2014年02月15日)

以下、五十嵐仁さんの「相次ぐ自民党元重鎮の安倍首相に対する懸念と批判」から。
 
相次ぐ自民党元重鎮の安倍首相に対する懸念と批判
(五十嵐仁の転成仁語 2015年2月27日)
 
毎日新聞2月24日付夕刊に、福田康夫元首相のインタビュー記事が大きく出ていました。2月23日に豊島区民センターで行われた9条の会東京連絡会での講演で、自民党幹事長のOBなどによる安倍首相に対する批判について紹介し、「次に登場する可能性があるのは福田元首相でしょう。どこかで突撃取材でもしたらどうでしょうか」と発言しました。
実際にはこのころ、すでに毎日新聞の記者によって福田元首相に対する取材がなされていたということになります。「過去の反省なければ、未来展望も重み失う」と題されたこの記事で、福田さんは次のように述べています。
 
−−しかし最近の日本、その「和の心」を忘れているように見える。ずばりうかがいますが、集団的自衛権行使容認などの安保政策の変更は、アジアの安定に影響を与えませんか。
 
福田氏 和を乱すようなことをすれば当然、問題視されるでしょうが、今まで議論してきたような内容の安保政策なら問題ないでしょう。ただ、今年から法制を含めて具体的議論をするようですから、あまりにも変わったことをやり始めたら、周辺国は疑念を抱きます。ここはよく考えて、70年かけて積み上げてきたアジア諸国との信頼関係を壊さないようにしないと。
 
−−その戦後70年の節目にあたり、安倍首相は新たな談話を出します。過去の「村山談話」「小泉談話」で述べられた「植民地支配と侵略」「痛切な反省」といった文言を生かすべきかどうかが焦点になっています。
 
福田氏 今の段階でとやかく言う必要はないと思いますが、「3点セット」は欠かすことができない。すなわち「過去の反省」「戦後70年の評価」「未来への展望」です。過去の反省なくして戦後の歩みの評価もできないし、未来への展望も、重みを失う。この三つがなければ談話の意味がありません。だからこれまでの談話と、そうそう変わったものにはならないでしょう。過去の談話は「閣議決定したものではない」という指摘もあるが、その時々の首相が言ったということは、国家としての意思、見解の表明です。それをころころ変えるようでは信頼されません。繰り返しになりますが、日本は70年も努力を重ね、アジア諸国の信頼を取り戻してきた。それを一気に失うかもしれない。国内だけでなく、国際社会をも納得させるものでないといけないんです。ならば、これも答えはおのずから出てくるでしょう。
 
−−同感です。安倍談話とともに靖国神社参拝問題も焦点になりそうです。
 
福田氏 靖国の存在自体を否定することはない。ただ先ほど言った過去の反省とアジアとの信頼関係で考えなければ。靖国神社は追悼が中心の施設です。安倍首相は「追悼と平和祈念」と言って参拝されたが、平和を祈るのは、別の場所のほうがいいのではないか。小泉内閣で僕が官房長官だった2002年、有識者懇談会から「別の追悼祈念施設をつくるべきだ」との答申を頂いたが、この考えは、今も生きていると思います。
 
−−アジアの多様性に触れられましたが、今の自民党内、安倍さんとその周辺に物を申しにくい、党内から多様性が失われた、と言われています。
 
福田氏 いや、いざという時が来れば、議員の皆さんはきちんと言いますよ。それに決して安倍さんは力任せに突っ走ろうなんて思っていない。ただメディアが黙っていれば、国民も皆「これでいいんだ」と思う。最近そういうの多いよね。
 
また、河野洋平元自民党総裁も、2月24日に名古屋市で講演し、自民党は右翼政治だと強い懸念を示しました。これについて、東京新聞2月25日付は次のように報じています。
 
河野洋平元衆院議長は24日、名古屋市で開かれた共同通信きさらぎ会で講演し、安倍晋三首相が今夏発表する戦後70年談話に関し、過去の「植民地支配と侵略」への反省を明記した戦後50年の村山富市首相談話の表現を踏襲するよう求めた。安倍首相の政権運営をめぐっては「自民党がこれ以上『右』に行かないようにしてほしい。今は保守政治と言うより右翼政治のような気がする」と強い懸念を表明した。
河野氏は、戦後60年の小泉純一郎首相談話も「植民地支配と侵略」に言及していることを踏まえ「日本の歴史認識が十年刻みで変わることはありえない。どういう文言で談話を書くかは決まり切ったことだ」と述べた。旧日本軍による従軍慰安婦問題に関する1993年の河野官房長官談話について「はっきりとした裏付けのないものは書かなかった」と述べ、「強制性」を認める文言は盛り込まなかったと強調。「強制性についての(当時の)文書は見つからなかった。しかし、強制性が全くなかったかと言えば、いくつか具体的なものはある」とした。
日米関係に関しては「(オバマ政権に対し)歴史修正主義者ではないと明確に伝え、懸念を払拭(ふっしょく)するのは非常に重要だ」とした。靖国神社参拝問題に関し、国立の戦没者追悼施設の新設を検討すべきだとの考えも示した。
 
さらに、山崎拓元自民党副総裁も、集団的自衛権行使容認の法制化を目指す与党協議など、一連の動きに対して、次のように警鐘を鳴らしています。ウェッブに公開されている『週刊朝日』2015年3月6日号からの抜粋を紹介しておきましょう。
 
――安倍首相は国会で、集団的自衛権行使の具体例として、ホルムズ海峡の機雷除去を挙げ、「わが国が武力攻撃を受けた場合と同様に深刻、重大な被害が及ぶことが明らかな状況にあたりうる」と語った。
 
  集団的自衛権行使の要件には、日本と「密接な関係にある他国」が武力攻撃され、国の存立が脅かされることが挙げられています。
  石油の輸送ルートであるホルムズ海峡に機雷がまかれれば、日本の存立が脅かされる「存立事態」だといいますが、その場合、どこが「密接な関係にある他国」に当たるのか。ホルムズ海峡を通る国は全部になってしまう。これまでの政権の常識からしたら、「密接な関係にある他国」とは安保条約を結んでいるアメリカのことを指していたのに、それが安倍政権では世界中どこでもということになってきている。「グレーゾーン事態」の議論では、政府はオーストラリアも防護対象と言いだしています。その理屈だと、今ならヨルダンも入ってしまうかもしれない。際限がなくなってしまう。
  そもそも9条のある今の憲法では集団的自衛権の行使はできません。やりたいなら、憲法改正するしかない。民主主義の国なのだから是非を国民投票で問えばいい。戦後70年の外交安保政策の大転換を、閣議決定でなし崩しにやるべきではない。去年の閣議決定は間違いでした。
  安倍首相は今、戦闘地域へも自衛隊を派遣しようとしている。つまり武力行使をするということ。「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」という9条1項の内容に踏み込んできている。
  安倍首相は、自分がしていることの恐ろしさをわかっていない。「戦後以来の大改革」などと言って、タブーを破った快感に酔いしれて、個人の名誉心でやっているのです。
 
  山崎さんは、昨年1月6日付のインタビューでも、集団的自衛権について、次のように語っていました。
 
  ―― 安倍首相は、集団的自衛権の行使容認に向け前のめりになっています。どう見ていますか?
 
  まったく説明不足。私は「解釈改憲」については反対です。日本は世界に冠たる法治国家。その法治の根幹は、最高法規たる憲法にこそある。憲法の地位が揺らぐということは、法治ということを考えた場合、大問題だと考えています。
  もうひとつ。この解釈改憲というものは、とりわけ集団的自衛権についての解釈というものは、国際法上認められている権利ではあるものの、日本の場合は憲法9条に照らして、その行使ができないということになっている。これは歴代政権において解釈が確立されているんです。
  誤解のないように言っておくと、内閣法制局が確立したのではなく、その都度、内閣が閣議決定しているのです。つまり、従来の解釈に基く法律を出す場合は、内閣法制局が審査し、それを閣議にかけて国会に提出する。歴代内閣はこれを繰り返してきた。
  なおかつ、この解釈に関する国会質疑が、政権が替わる度ごとに行われており、時の内閣総理大臣が答えています。内閣法制局長官が答えることがしばしばあったのは事実だが、しかし、その時には『ただ今、内閣法制局長官が答弁したとおり、我が内閣におきましては、集団的自衛権の行使はいたしません』として、歴代総理が明言している。つまり、総理が決めること。法制局長官が決めることではない。
  歴代政権の中で、もっとも理念右翼と目されている安倍政権がこの解釈を変える。するとその次にはもっとも左翼と目される総理が誕生するかもしれない。そうなると、また変える。つまり、憲法が、時の政権の解釈によって、その都度変わってくる。もちろん、その部分だけではないでしょう。例えば、基本的人権の一部に関しても、あるいは認めないという解釈をする政権ができるかもしれない。≪そんなバカな解釈改憲はできない≫とその時の法制局長官が抵抗すると、安倍総理がやったのと同じように更迭して、『俺の言った通りに見解を出す奴を起用する』ということになりかねない。“悪しき前例”を作ろうとしているんです。これを認めるべきではない。
 
  これまでも、古賀誠、野中広務、加藤紘一などの自民党元幹事長が安倍首相に対して批判を繰り返してきました。これに、福田康夫元首相、河野洋平元自民党総裁、山崎拓元自民党副総裁が加わったということになります。
  自民党の現役議員たちは、これら先輩の懸念や批判をどう受け止めているのでしょうか。「いざという時が来れば、議員の皆さんはきちんと言いますよ。それに決して安倍さんは力任せに突っ走ろうなんて思っていない」という福田さんの発言が、単なる希望的観測にすぎないということでなければ良いのですが……。
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