私は2月24日(すなわち今日)の「今日の言葉」に本日付けの朝日新聞に掲載された斎藤環さん(精神科医)の「差別発言、キャラで免責」という寄稿文を採りあげました。引用した斎藤環さんの寄稿文の文章は以下のとおりです。

日本の言論界を妖怪が徘徊している。「キャラの立った高齢者」という妖怪が。いきなり何事かと思われたかも知れないが、とりあえず曽野綾子氏は間違っている。彼女が2月11日付産経新聞に記したアパルトヘイト容認コラムのことだ。(略)彼女はその後のインタビューなどにおいても「差別ではなく区別」などと弁明しているようだが、これが差別主義者の常套句であることは論を俟たない。よって、その間違いぶりの論証はここでは控える。むしろ残念だったのは、この発言へのまともな批判が、おおむね海外発だったことだ。日本ではこのコラムがツイッター上で“炎上”したが、日本のマスメディアはすぐ報じなかった。まず記事にしたメディアは2月12日付の「ジャパンタイムズ」、ついで「ニューヨーク・タイムズ」「ウォールストリート・ジャーナル」などの大手紙が追随し、2月13日には南アフリカ大使が産経新聞に抗議する事態にまで発展した。しかし、その後の朝日新聞の取材に曽野氏は「ツイッターで興奮する人々」「安倍総理のアドヴァイザーだったことはない」「チャイナタウンはいいものだ」等のとぼけた反応を返すばかりだった。なぜ日本のマスメディアはすぐに反応しなかったのか。これも現政権による言論統制の成果なのか。おそらくそうではない。今回のコラムは「あの曽野綾子氏」が、いかにも「あの産経新聞」に書きそうな内容だった。つまり“平常運転”なのでニュースバリューはなかった。(略)曽野綾子氏は自他共に許す保守論客だ。しかも、たいへんキャラの立った言論人だ。過去にも「性犯罪に遭った被害者にも落ち度がある」「(震災直後に)放射線の強いところには高齢者を行かせよ」などの語録が知られており、まともな言論人なら、たとえ思っていても口に出せない“ホンネ”を代弁してくれる貴重な存在である。ついでに言えば保守論壇には、曽野氏に限らず、けっこう「濃いキャラ」の論客が多い印象がある。そして、ここに陥穽があるのだ。私たちは世界にもまれなキャラ文化の住民だ。キャラの立った保守論客のトンデモ発言すらも、「ああいうキャラだからしょうがない」と笑い、「ツッコむだけ野暮」と免責する程度には寛大だ。しかしこれは、「立ったキャラ」の言動については責任能力を問わない、という意味で差別であり、キャラの人権の否定にほかならない。保守論壇人といえども人権は尊重されなければならない。私は曽野氏の人権の回復のためにも、メディアが彼女をキャラとして差別し消費することに、強く反対するものである。(朝日新聞 2015年2月24日
 
そして、上記の斎藤環さんの文章に私は次のような「引用者注」を付記しました。

「斎藤環さんが『保守論壇人といえども人権は尊重されなければならない』というのはアイロニーとして秀逸」。

その「引用者注」は考えた末につけた「注」ですのでその評価は当然、私として異議はないのですが、斎藤環さんの文章を引用するにあたっては自ら引用しながら私には当初から躊躇がありました。

それは、斉藤さんは日本のマスメディアが曽野綾子の産経新聞コラムにすぐに反応しなかった理由として、「今回のコラムは『あの曽野綾子氏』が、いかにも『あの産経新聞』に書きそうな内容だった。つまり“平常運転”なのでニュースバリューはなかった」こと。「私たちは世界にもまれなキャラ文化の住民」であり、「キャラの立った保守論客のトンデモ発言すらも、『ああいうキャラだからしょうがない』と笑い、『ツッコむだけ野暮)』と免責する程度には寛大」であることをあげていますが、そういう斉藤さん流の評価でこの問題を「極めて明解」などと治めてしまってよいものか? 私の中に少なくない違和のようなものがあったからです。

それは、「“平常運転”なのでニュースバリューはなかった」というよりも、また、「日本のキャラ文化」の問題というよりも、“平常運転”でないものを“平常運転”であるかのようにしか感覚することができなくなったメディアの著しいジャーナリズム精神の劣化の問題というべきではないか。「キャラ文化」の問題としてしまっては問題の本質は明後日の方向に向いて、今日の問題にはおそらくならない。メディアの劣化の問題は明後日の問題ではなく、まさに今日の問題だろう。私が斎藤環さんの論を読んで違和を感じたのはそういうことです。

辺見庸はメディアの劣化の問題に関して2001年には次のように述べていました。

「状況の危機は、言語の堕落からはじまるのです。丸山真男は『知識人の転向は、新聞記者、ジャーナリストの転向からはじまる』と書き、歴史が岐路にさしかかったとき、ジャーナリズムの言説がまずはじめにおかしくなると警告しました。この言葉は一九五六年のものですが、言語の堕落、言説の劣化、ジャーナリズムの変節は、いまのほうがよほどひどいし、それらが全体として状況の危機を導いている。」(辺見庸 『単独発言―私はブッシュの敵である』 2001年)

筑紫哲也
はメディアの劣化の問題に関して2006年に次のように述べていました。

「昨年末、『男たちの大和/YAMATO』(反町隆史、中村獅童、渡哲也ら出演)が全国で劇場公開されたが、あの映画は、反戦映画だと言う人もいるが、どう見ても60年前の戦争を美化する映画だ。その映画のスポンサーの筆頭にある大マスコミ紙が名を連ねている。そして、そのことを恥とも思っていない様子だ。ある大マスコミ紙の感度はここまで鈍っている」。「水俣の作家、石牟礼道子さんは、メチル水銀で汚れた水俣の海を『苦海』、まだ水銀で汚されていない陸地を『浄土』と表現した。水俣に唯一残されたその『浄土』すら、いま『苦土』になろうとしている水俣の産廃処分場建設問題、それに密接に絡む水俣市長選にマスコミはあまりにも無関心だった。私は、その市長選の直前、私の番組でこの問題を採り上げた。現在のマスコミ報道のあり方に対する異議申し立てでもあった。いまの大マスコミは、ニュース価値の評価がわかっていないのです」。(「筑紫哲也さんの由布院盆地でのメディア批判」2006/12/02)

辺見庸のメディア批判から14年。筑紫哲也のメディア批判からも9年が経ています。メディアは立ち直ったか? ますます劣化しているというのが私の見方であり、少なくない知識人、ジャーナリストの見方でもあります。
 
2015年2月20日の辺見庸の「日録」の言葉は次のようなものでした。

「もういけない。坂道をころがっている。ものすごいスピードだ。目眩がする。もう止まることはあるまい。座視したり他人事のように論評している局面はもうすぎた。じぶんがどうするか、あなたはどうふるまうか、だ。歴史の大転換ってこんなものだ。一見無害そうな市民たちが、主観的な「善意」から、無作為に、何気なく、この怖ろしい墜落に加担してきた。かつてすきでもない丸山眞男をしばしば引用した。たとえば、[一九五六年の手帖より]「知識人の転向は、新聞記者、ジャーナリストの転向からはじまる。テーマは改憲問題」。もうそれどころではない。国家規模の転向がすすんでいる。この画時代的転換のダイミズムと妖気。その由来がよくわかりかねる。ヤクザ者と〈正気の顔をした狂人たち〉が歴史をあやつっている。かれらは理解しない。せせらわらう。He who does not learn the past is doomed to repeat it.(Santayana)そしてそのとおり、目下くりかえしている。(「日録1-8」2015/02/20)
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