避難民キャンプ
 米の収穫後、藁を回収する子どもたち
(ミャンマー西部、ロヒンギャ避難民キャンプ)

曽野綾子はアパルトヘイトを肯定する先の産経新聞のコラムで日本への「近隣国の若い女性たち」の「労働移民」の問題に関して次のように書いていました。
 
「若い世代の人口比率が減るばかりの日本では、労働力の補充のためにも、労働移民を認めなければならないという立場に追い込まれている。(略)日本に出稼ぎに来たい、という近隣国の若い女性たちに来てもらって、介護の分野の困難を緩和することだ。しかし同時に、移民としての法的身分は厳重に守るように制度を作らねばならない。条件を納得の上で日本に出稼ぎに来た人たちに、その契約を守らせることは、何ら非人道的なことではないのである。不法滞在という状態を避けなければ、移民の受け入れも、結局のところは長続きしない。」
 
そういう前提を述べた上でアパルトヘイトを肯定する例の一文が次のように続きます。
 
「もう20~30年も前に南アフリカ共和国の実状を知って以来、私は、居住区だけは、白人、アジア人、黒人というふうに分けて住む方がいい、と思うようになった。」
 
このアパルトヘイト肯定のコラム記事が海外のメディアやNPO、南ア政府などから問題にされて内外の曽野綾子批判の波紋が拡がっていくことになるのですが、「近隣国の若い女性たち」の「労働移民」問題に関する曽野の差別発言についてはその問題性についての指摘は早くからあったもののアパルトヘイト肯定発言問題にかき消されるようにして、その本質的な問題の大きさに反比例して問題視されることは少なかったように思われます。
 
上記で曽野が「移民としての法的身分は厳重に守るように制度を作らねばならない」とし、「条件を納得の上で日本に出稼ぎに来た人たちに、その契約を守らせることは、何ら非人道的なことではない」という法的「制度」とは端的にいって「外国人技能研修制度」のことをいうのだと思いますが、この点について猪野亨弁護士は次のように指摘していました。
 
「曽野綾子氏が労働力として想定しているのは『若い女性』だそうです。何故、介護の分野を担うのが『若い女性』なのでしょうか。どの国でも、これが差別的な発想からとんでもないことになっているのですが、『若い女性』なんて発想しているわけですから、それが何が悪いと言わんばかりです。メイドといえば聞こえはいいですが、要は『下女』です。中東やマレーシアに出稼ぎにいったフィリピンの若い女性たちが、ひどい仕打ちを受けていることは有名です。」(「弁護士 猪野亨のブログ」2015/02/14
 
さらにこの問題について、同志社大学教授の内藤正典さんの以下のような指摘があります。

 
上記の内藤正典さんのコメントも曽野綾子の産経コラム記事を念頭において書かれていることは明らかです。内藤さんの紹介する以下の朝日新聞記事を読むと、アジア人労働者のおかれている今日の日本でのその過酷な状況のあまりのひどさに息をのむ思いがします。曽野はいったいこのような状況のどれだけのことを知って、「日本に出稼ぎに来た人たちに、その契約を守らせることは、何ら非人道的なことではない」などと言っていられるのか、と産経コラム記事のあまりの理不尽と無知に怒りが増幅します。私は昨日の記事で「日本社会に蔓延る『陰湿』さの土壌」の問題について問題提起しました。本エントリはその続きとしても書かれているものです。

以下、朝日の記事。
 
ベトナム人被告はなぜヤギを食べた 「過酷な生活」証言
(朝日新聞 小林孝也 2015年2月19日)
 
岐阜県美濃加茂市で昨年8月、除草用に飼われていたヤギを盗み、食べたとして、窃盗罪に問われたベトナム人の被告は、技能実習生として来日していた。岐阜地裁の公判で、日本での過酷な生活について証言した男たち。なぜここまで追い詰められたのか――。
 
起訴状によると、いずれもベトナム国籍のブイ・バン・ビ(22)、レ・テ・ロック(30)の両被告は仲間5人と共謀し、昨年8月9~10日、美濃加茂市の公園でヤギ2頭(時価計約7万円)を盗んだとされる。除草効果を研究するため、岐阜大学教授が市などと協力して飼っていた16頭の「ヤギさん除草隊」のうちの2頭だった。
 
法廷での証言などによると、ロック被告は来日前、ベトナムの田舎町でタクシーの運転手をしていた。両親と妻、娘の家族5人暮らしで、月給は日本円で1万6千円ほど。暮らしは貧しかったという。
 
「日本で働けば月給20万から30万円。1日8時間、週5日勤務で土日は休み。寮あり」。こんな話を仲介会社から聞き、「思いつかないほど素晴らしい」と飛びつき、来日を決めた。仲介会社には自宅と土地を担保にして銀行から借金した約150万円を支払い、2013年3月に農業の技能実習生として来日した。
 
長野県の農業会社でトマトを育てる仕事に就いたが、勤務条件は聞かされていたものとはかけ離れていた。毎日午前6時から翌午前2時まで働き、休みはない。午後5時までは時給750円、以降は1袋1円の出来高払いでトマトの袋詰めをした。1千袋詰めた日もあったという。
 
用意された「寮」は、農機具の保管場所。シャワーはあったがトイレはなく、電源盤の下の約2平方メートルで寝た。「家賃」として月額2万円が給料から天引きされ、手元には6万円程度しか残らなかった。それでも可能な限りの3万~4万円を母国に仕送りした。
 
家と職場を往復するだけの日々。7カ月にわたって我慢したが、「頑張ったが、疲れてしまい、逃げ出した」。インターネットの情報を頼りに、愛知県日進市の土木会社で仕事を見つけた。しかし、在留期限が切れた14年3月に解雇され、無職になった。
 
「借金を残したままベトナムに帰れば担保にしている自宅などが奪われてしまう」。家族にも打ち明けられず、スーパーで弁当などの万引きを繰り返した。
 
同7月ごろからは、ビ被告と同県春日井市のアパートで一緒に暮らすようになった。ビ被告も無職。約200万円の借金をして短期大学に通うため来日したが、学費が払えずに退学していた。
 
8月上旬、ベトナム人の仲間約20人で、誕生日パーティーを開いた際、ヤギを盗む計画が持ち上がった。居合わせた7人が車で公園に向かった。ロック被告が運転し、ビ被告は実行役で、2頭のヤギを捕まえて首輪を外し、粘着テープで口や脚を縛った。ベトナムではヤギ鍋などは庶民の味で、すぐに解体して食べたという。
 
2人は別の窃盗事件と出入国管理及び難民認定法違反の罪にも問われている。検察側は今月12日、懲役2年を求刑し、弁護側は最終弁論で執行猶予付きの判決を求めた。判決は27日に言い渡される予定だ。(小林孝也)
 
■レ・テ・ロック被告が提出した謝罪文(抜粋)
 
悪いことをしたことは自分でもよくわかっています。言い訳ではないですが、私の話を聞いてください。一生懸命働いてお金をためてベトナムの家族に送るために日本に来ました。生活が苦しいので、日本で働きたい。そのために家を担保に借金をして日本に来ました。7カ月頑張りました。もう力が無く疲れてしまい、会社を逃げ出しました。お金が無くなってきて、日本語も下手、誰も助けてくれない。ベトナムに帰ろうと思ったが、借りた150万円を返していない。今帰ったら家族が困る。日本にいれば仕事が見つかるかもしれない。でも、おなかがすいた。スーパーで初めてごはんを万引きしました。命を守るため万引きしました。本当に申し訳ありませんでした。
 
 
〈外国人技能実習制度〉 日本で技術を学び、母国で役立ててもらうのが狙いで、1993年に始まった。実習生には労働基準法が適用され、期間は最長3年。仕事が単純作業ではないことを条件に、職種は繊維や食品製造、農漁業など69職種に上り、中国やベトナム、フィリピンなどからの15万人以上が働いている。送り出し国の団体が実習生らから取り立てる高額な「保証金」のほか、残業代の未払いや長時間労働などの違反も問題になっている。今後は人手不足が深刻な介護分野でも受け入れ、期間を5年に延長することなどが検討されている

もう一点。参考記事として。
 
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