「今日の言葉」(2月14日から2月15日)から。

アパルトヘイトへの抗議を行う黒人たち(1980年代) アパルトヘイトへの抗議を行う黒人たち(1980年代)

曽野綾子氏のコラムというのでしょうか、「透明な歳月の光」の「「適度な距離」保ち受け入れを」が産経新聞に掲載され、それが物議を醸しています。私にとっての曽野綾子氏は、あの悪名高い司法制度審議会(1999年~2001年)の委員として、司法制度をぶち壊した1人として記憶に刻まれています。小説家とはいいながら、政府の御用委員を数多く務められている人です。私も読んでみましたが、すごいです。介護のための労働力としての移民を受け入れようというものです。(略)曽野綾子氏が労働力として想定しているのは「若い女性」だそうです。何故、介護の分野を担うのが「若い女性」なのでしょうか。どの国でも、これが差別的な発想からとんでもないことになっているのですが、「若い女性」なんて発想しているわけですから、それが何が悪いと言わんばかりです。メイドといえば聞こえはいいですが、要は「下女」です。中東やマレーシアに出稼ぎにいったフィリピンの若い女性たちが、ひどい仕打ちを受けていることは有名です。(略)そもそも福祉の分野を自国で担いたがらないというのはどういうことでしょうか。労働蔑視のような発想がないと言えるでしょうか。曽野綾子氏は、近隣国他民族」の「若い女性」に求めてしまうのです。これじゃ、女性蔑視的な発想があると言われても仕方ないでしょう。(略)そして極めつけはアパルトヘイト政策の推奨です。それを「南アフリカ共和国の実情を知って以来、私は居住区だけは、白人、アジア人、黒人というふうに分けて住む方がいい、と思うようになった」と表記しています。この人種隔離政策として南アフリカ共和国で行われていたアパルトヘイト政策を、曽野綾子氏は、この現代社会で実行することを主張しているのです。時代錯誤ということだけは片付けられない、非常にいびつな人間観です。肌の色で人を区別してしまうという発想ですが、これを差別というのです。かつての日本でも部落差別はこの居住区の制限を伴っていました。その差別思想を曽野綾子氏は「他民族」にも向けているのです。女性蔑視思想もそれに上乗せされるわけですから、ひどいものです。(「弁護士 猪野亨のブログ」2015/02/14

・先日BUZZAP!でも取り上げた
曽野綾子の人種差別(アパルトヘイト)を肯定する産経新聞のコラム。ネット上で大きな批判が巻き起こっていましたが、既に海を超えて海外の主要メディアでも大きな問題として報じられています。その中でウォール・ストリート・ジャーナルは曽野綾子本人と産経新聞に当該コラムに関して取材を行っています。(略)「曽野綾子は金曜日、ウォール・ストリート・ジャーナルの取材に対しこのコラムのことで議論するつもりはないと回答した。『もし記事に誤りがあれば私は訂正します。私も人間ですから間違うこともあります。しかし、あの記事に間違いはありません』」として曽野は一切の訂正も謝罪も行わず、堂々とアパルトヘイトを推進しようとしたことを「間違いない」と明言。また、産経新聞のスポークスマンのKatsunori Murakumoも取材に答え、個人的見解であり誌上に掲載するのは問題無いと人種差別的な内容を容認しています。(略)この記事の中では曽野が安倍政権のアドバイザーを務めていたという経歴にも触れており、単なる小説家の発言であるとは考えられていません。また、この記事と前後してタイムズロイター通信も「安倍首相のアドバイザーがアパルトヘイトを推奨」とした記事を掲載しています。しかし海外メディアからの大きな批判をよそに、日本国内のマスコミはハフィントン・ポストを始めとした一部ネットメディアを除き完全に沈黙しているのが現状。奇しくも昨日BUZZAP!でも報じた日本の報道の自由度が過去最悪にまで転落した」ことを裏付けるかのような形になっています。なお、この問題に対してNPOのアフリカ日本協議会が当該コラムの「居住区を分ける」ことの意味と問題点を鋭く指摘し、曽野と産経新聞に対してコラムの撤回と謝罪を求めています。(略)ウォール・ストリート・ジャーナルへの対応を見るに曽野と産経新聞は謝罪も撤回もしないと回答したようなものですが、果たして曽野綾子と深い関係にあった安倍政権はどのように本件に対して回答するのでしょうか。仮に菅義偉官房長官がいつものように「問題ない」と発言した場合日本が世界中からこれまでないほどに危険視されることは間違いありません。(バザップ! 2015年2月14日

参考:
曽野綾子「透明な歳月の光」『労働力不足と移民』
(全文。産経新聞、2015年2月11日)
 
 最近の「イスラム国」の問題など見ていると、つくづく多民族の心情や文化を理解するのはむずかしい、と思う。一方で若い世代の人口比率が減るばかりの日本では、労働力の補充のためにも、労働移民を認めなければならないという立場に追い込まれている。
 
 特に高齢者の介護のための人手を補充する労働移民には、今よりもっと資格だの語学力だのといった分野のバリアは、取り除かねばならない。つまり高齢者の面倒を見るのに、ある程度の日本語ができなければならないとか、衛生上の知識がなければならないとかいうことは全くないのだ。
 
 どこの国にも、孫が祖母の面倒を見るという家族の構図はよくある。孫には衛生上の専門的な知識もない。しかし優しければそれでいいのだ。
 
 「おばあちゃん、これ食べるか?」
 
 という程度の日本語なら、語学の訓練など全く受けていない外国人の娘さんでも、2、3日で覚えられる。日本に出稼ぎに来たい、という近隣国の若い女性たちに来てもらって、介護の分野の困難を緩和することだ。
 
 しかし同時に、移民としての法的身分は厳重に守るように制度を作らねばならない。条件を納得の上で日本に出稼ぎに来た人たちに、その契約を守らせることは、何ら非人道的なことではないのである。不法滞在という状態を避けなければ、移民の受け入れも、結局のところは長続きしない。
 
 ここまで書いてきたことと矛盾するようだが、外国人を理解するために、居住を共にするということは至難の業だ。
 
 もう20~30年も前に南アフリカ共和国の実状を知って以来、私は、居住区だけは、白人、アジア人、黒人というふうに分けて住む方がいい、と思うようになった。
 
 南アのヨハネスブルクに一軒のマンションがあった。以前それは白人だけが住んでいた集合住宅だったが、人種差別の廃止以来、黒人も住むようになった。ところがこの共同生活はまもなく破綻した。
 
 黒人は基本的に大家族主義だ。だから彼らは買ったマンションにどんどん一族を呼び寄せた。白人やアジア人なら常識として夫婦と子供2人くらいが住むはずの1区画に、20~30人が住みだしたのである。
 
 住人がベッドではなく、床に寝てもそれは自由である。しかしマンションの水は、一戸あたり常識的な人数の使う数量しか確保されていない。
 
 間もなくそのマンションはいつでも水栓から水のでない建物になった。それと同時に白人は逃げ出し、住み続けているのは黒人だけになった。
 
 爾来、私は言っている。
 
 「人間は事業も研究も運動も何もかも一緒にやれる。しかし居住だけは別にした方がいい」
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