本ブログの「今日の言葉」の2014年12月25日から同月31日にかけての記録です。

アフリカの朝、または夜、または昼  
 

【今日の言葉:冒頭】
25日:[NHK]東京電力福島第一原発の事故のあと福島県が行った子ど
25日:[増田聡]大阪市立大は来年度から自転車の入構全面禁止の方向
26日:[保立道久]なにしろ3・11の原発事故の放射能が太平洋に流れて
28日:[Daily JCJ]木内昇『櫛挽道守』(集英社)を、一気に読んだ。幕末・木
28日:[街の弁護士日記]12月14日付備忘録にメモしたトリクルダウン理
29日:[水島朝穂]総選挙の直後、『東京新聞』12月17日付一面トップを見
30日:[保立道久]藤木久志『飢餓と戦争の戦国を行く』(朝日選書、2001

・東京電力福島第一原発の事故のあと福島県が行った子どもの
甲状腺検査で、1回目の検査で「問題がない」と判定された人のうち4人について、県の専門家の会議はことし行われた2回目の検査(引用者注:リンク先データ主は2回目の検査結果についてデータ解読の結論として「被ばくと関係なく、検査時年齢が上がれば、甲状腺がんは増える(大きくなる)ので、当然見つかる人数は増えますね」と述べています。すでに出回っているデマに抗してあえて左記のことをのべておきます)で、がんの疑いが見つかったと発表しました。専門家の会議は「被ばく線量が大幅に低いとみられることなどから、これまでの検査結果と同様に現時点で放射線の影響とは考えにくい」と述べたうえで、症例が少ないため引き続き慎重に調べることにしています。原発事故を巡って福島県は、事故で放出された放射性ヨウ素が子どもの甲状腺に蓄積するとがんを引き起こすおそれがあるとして、事故当時18歳以下だった38万人余りの子どもを対象に継続的に甲状腺の状態を調べる検査を行っています。事故のあと行われた1回目の検査では、108人にがんやがんの疑いのあるという検査結果が出ていますが、福島県がつくる専門家の会議が25日午後、福島市で会合を開き、1回目の検査で「問題がない」とされた、当時6歳から17歳の男女4人について、ことし4月から始まった2回目の検査でがんの疑いが見つかったと発表しました。この4人について、県の専門家の会議では、▽被ばく線量が大幅に低いとみられることや▽放射線量の高い特定の地域に集中して見つかったわけではないことなどから、これまでの108人の検査結果と同様に「現時点で原発事故による放射線の影響とは考えにくい」としています。また、検査器具の性能の問題などで1回目の検査でがんの疑いを見落としていた可能性も否定できないという考えを示しました。そのうえで「症例が少なく、子どもの甲状腺がんの発生のメカニズムに分かっていない部分も多い」などとして引き続き慎重に調べることにしています。(NHK 2014年12月25日 19時09分

大阪市立大は来年度から自転車の入構全面禁止の方向で色々進んでいます。学生のいない冬休み中に告知されるらしい。こないだ教授会で確認したけど学内の評議会等で審議了承されたことではなく、反対署名も無視され学長の判断で通達されて告知だけが進んでいる。オレこういう大学ほんま情けないとおもう。学生は自転車入構禁止の動きが出た今年4月から積極的に動いて反対活動をやって、学長との対話を求めたけど担当課が対話に応じただけです。本来この種の事項を審議決定する学生委員会では規制反対の意見が多数であったにもかかわらず、学生委員会や教育研究評議会での審議は行われず「報告事項」でした。つまり学内での正規の機関決定によらず、学生生活に多大な影響をもたらす決定が学長の「トップダウン」でなされたことになります。既に学内では入構規制に備えキャンパス入口付近で駐輪場の工事が(そうとは告知されず)始まっています。多くの(影響を受ける)学生が知るのは冬休み明けとなるでしょう。(略)大学の構成員としては、ここ数年進んでいる「自転車利用者を敵視するかのような」数々の施策は異様に映ります。今回告知された「自転車の全面入構禁止」措置は、学内での合意形成が不十分なまま、大学トップの意向が推し進められる昨今の大学のあり方を象徴しているように思えます。私は現在自転車で通勤してませんが、学内に多数の自転車が行き来する現在のキャンパスを「大学らしい光景」として好む者です。ただでさえ下宿生の割合が減り学生の地域的多様性が薄まっている本学にとって、大学近隣に住み自転車で行き来する学生生活を否定するかのような措置には強く反対いたします。大学は学長あるいは理事長の「私有地」ではありません。また大学は会社ではなく、学長は社長とは異なります。学長が決定すれば「その場所の中では何でも好きなことを命じることができる」わけではない、とおもうのです。私は可能な限り学内の制度的なルートに沿ってこの自転車入構禁止について反対の意見を申し上げ続けてきたのですが、それへのお答えは全くないまま、先日学長より部局長連絡会において「報告事項」として規制が「通達」されましたので、やむをえず学外に向けていま起きている問題を紹介している次第です。(増田聡Twitter 2014年12月25日

・なにしろ3・11の原発事故の放射能が太平洋に流れて広がっているわけですから、東南アジアとは海を通じて一体と見ざるをえない。そういう自然条件が、温暖化問題にせよ
パンデミックにせよ明らかに登場しています。結局人間は自然に教えられて頭をコツンを叩かれて、社会を賢くしていくしかない。それが国際レベルでの「無所有」というものによって迫られる。網野さんがおっしゃっていたことはまさにその問題ですよ。たとえば網野さんの無縁論に関連しますが、「無所有」について思うのは、3・11のあと、福島のゴルフ場が東京電力に対して除染の補償を求めた訴訟がありましたが、そのときに東電側がどう主張したかというと「そもそも放射能は無主物だ」として反論しました。無主・無縁の自然というものが目の前に存在していて、そもそもは人間が核エネルギーを引きだしたというのは一つの達成ではあるけれど、それによってこういう事態がもたらされているわけです。これは現代的な無縁の形態 ですよ。そのことを歴史的な事実を含めてすべて明らかにするということになると、これは明瞭に歴史理論の領域に関わってくると思います。この歴史理論の部分を社会科学、人文科学全体で共有することは、歴史学にとっては抜かしてはならない課題だと思うのです。(「保立道久の研究雑記」2014年12月26日

木内昇櫛挽道守』(集英社)を、一気に読んだ。幕末・木曽山中の藪原宿で、お六櫛をつくる父の神業を引き継ごうと懸命な娘・登勢の半生を綴りながら、中山道を通る皇女和宮の降嫁を始め、水戸天狗党の乱なども織りこみ、職人一家の喜びと苦難の歩みを綴る。今年初めに読んだ朝井まかて恋歌』(講談社)も、天狗党の志士に嫁いだ中島歌子の手記を通して、幕末の水戸藩で起きた内紛の悲劇と過酷な運命に翻弄される女の一生を描いている。ともに女性作家の目と感性が息づく傑作だ。ノンフィクションの一冊、ひのまどか戦火のシンフォニー─レニングラード封鎖345日目の真実』(新潮社)も、忘れられない。1941年6月、ヒットラー・ドイツ軍が、スターリン体制下のソ連に奇襲攻撃をしかけた。レニングラード封鎖の極限状態のなか、苦闘する市民を激励するため、ショスタコーヴィチは<交響曲7番>の作曲に全力を挙げる。そして1942年8月9日、苦難を乗り越え演奏される。ここに至るまでの凄惨な日々を、著者は粘り強い踏査とインタビューを重ね克明に描き出す。小生、この4楽章80分を超す大曲を、ゲルギエフ指揮マリインスキー歌劇場管弦楽団が演奏するCD(KKC5373)で聴きいった。よいお年をお迎えください。(Daily JCJ【今週の風考計】2014/12/28

12月14日付備忘録にメモしたトリクルダウン理論は実証データによって否定されたとするOECD報告書。これを報道したのは何と「赤旗」だけのようだ。一般報道では、わずかに東京(中日)新聞がコラムの中でガーディアンの記事を引用する形で、OECDがトリクルダウン(理論)を捨て去ったと触れただけだ。アベノミクスの金看板は金融緩和であり、トリクルダウン以外の何物でもない。無理に官製春闘を誘導してまでトリクルダウンが真っ当な政策であるかのように装おうとしている。OECDにトリクルダウンを否定されてはさぞ、不都合であろう。トリクルダウンは、格差を拡大するだけではない。経済成長政策ですらなく、逆に経済成長を押し下げるとまで言われているのだ。かくてマスコミは挙国一致でOECD報告書を無視することに決めた。これほどの重要文献であるから、誰かが翻訳しているだろうと、苦労して、日本語文献を探したら、何のことはない、結局、OECD東京センターに掲載されていた。この国のメディアには、あきれ果てるばかりである。OECDのプレスリリースの全文を貼り付けておく。(略)第三次(大惨事)安倍政権が「この道しかない」として進める、トリクルダウン(格差拡大)による経済政策には、一片の合理性もない。OECDの提言とはまるで真逆のことをしようとしている。消費税増税と法人税減税を同時に行おうという経済政策は、格差拡大路線であり、何と、経済成長放棄路線なのである。1%の富裕層のためにこの国を収奪しようとするのが、安倍政権の目的なのだ。TPPはこれを、国際法上の桎梏として構造化し、引き返せないものとしようとするものに他ならない。(「街の弁護士日記」2014年12月28日

・総選挙の直後、
『東京新聞』12月17日付一面トップを見て驚いた。「武器輸出に資金援助」「国が企業向け促進策検討」「相手国の訓練・整備支援も」という見出し。この政権が打ち出す施策の数々を形容する言葉として、最近はやりの「jaw dropper」(あごが外れるほど驚きの代物)がぴったりだった。至れり尽くせり。ここまでやるか、の世界である。(略)47年間維持してきた武器の禁輸を解いただけでも大問題なのに、総選挙後に表に出てきたのは、 武器輸出を奨励するだけでなく、企業の武器輸出を、政府が資金援助までして促進しようというものである。しかも、輸出した武器を相手国が使いこなせるように、訓練や修繕・管理を支援する仕組みまで整えるという(2016年度予算で要求)。インドなどに原発の「トップセールス」をやってその軽薄さを世界中に露出した安倍晋三首相が、今度は武器商人の元締めとして登場しようとしている。さすがに、輸出する武器や輸出先の管理を徹底するというが、しかし、いったん売られたものに鎖はつけられない。いろいろなところに転売・転用・譲渡されて、やがては武力紛争の当事者たちの手に渡る可能性は否定できない。パキスタンで140人以上の子どもたちがタリバン運動に無残に殺されたが、将来、そういう殺戮に「made in Japan」の武器が使われないという保証はない。武器輸出を促進するのが「アベノミクス」の「第3の矢」(成長戦略)であり、「積極的平和主義」だというのなら、日本は何とさもしい国になったことだろうか。(略)税金を使って武器輸出を促進する安倍政権の方針は、武器の国際取引を規制していく「武器貿易条約」の理念と目的に逆行するものである。アクセルとブレーキを同時に踏み、ハンドブレーキまでかけてしまう安倍首相のことだから、この矛盾に気づくことはないだろうが。(水島朝穂「今週の直言」2014年12月29日

藤木久志飢餓と戦争の戦国を行く』(朝日選書、2001年)。いろいろな意味で、今日の歴史学を考える上で重要な本である。(略)第一には、日本における「奴隷」の問題である。奴隷というものへの認識が必要であるということは、歴史認識において基礎的な問題であるが、「日本人」は自分の問題として奴隷ということを考えることがない。日本の歴史のなかには「奴隷」などという問題が存在しないという、まったくの無知(というのがきついとすれば、錯誤)が、この国の歴史認識を おおっている。第二には、飢餓という問題である。同じく日本史において飢餓などという問題は存在しないという歴史認識である。これは飽食の文化にふさわしい。第三には朝鮮との関係についての認識である。戦国時代 が、おそらくもっとも朝鮮半島と日本が近い時代であった。戦争と奴隷ということを通じて。これらは、現代日本の歴史意識の問題の中枢にかかわっている。「七度の餓死に遇うとも、一度の戦いに遇うな」。本書は、戦国時代の「戦争」のベースには飢餓があったことを明らかにしている。右にかかげた江戸時代のことわざは、ベースにある飢餓の上に、さらに戦争が重なってきたときの恐ろしさを表現したものということになる。そして、藤木は、その惨酷さを「内戦」という言葉で表現する。現在も世界各地で戦われているような泥沼の「内戦」が日本にも存在したのだという感じ方を読者に要求するのである。戦国時代は1467年(応仁1)の応仁の乱からはじまるが、その底流には京都が難民の滞留する飢餓の都となっていた事実がある。そしてその飢えは、応仁の乱の四六年前、1420年にはじまった大飢饉、元号でいえば応永の大飢饉から蓄積されたものである(略)この年は京都大徳寺の真珠庵をひらいた一休宗純の大悟の年である。一休は、琵琶湖のほとり堅田の寺で師につかえて五年目。夏にはすでに西国の路上に飢えた人々の姿がみられるようになっていた。一休は、その夏の夜、湖岸になく烏の声をきき大悟したという。その大悟の深さは飢饉にむかう世相の暗さを突き抜ける鋭さをもっていたのであろう。(「保立道久の研究雑記」2014年12月30日
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