本ブログの「今日の言葉」の2014年11月14日から同月23日にかけての記録です。

避難民キャンプ 
ミャンマー西部、ロヒンギャ避難民キャンプ

【今日の言葉:冒頭】
14日:東大ポポロ事件というのがあった。東大の学生団体「ポポロ劇団」
15日:九州電力川内原発の再稼働に同意した鹿児島県の伊藤祐一郎知
15日:多くの人もそうであると思うが、沖縄の知事選挙がどのような結果と
17日:新聞読んでたら、沖縄県知事選の結果についての分析にいらつい
17日:何か問題が起きて、首相の責任が追及される場面が起きると、唐
18日:いよいよ今夕に安倍首相が記者会見を開いて解散・総選挙の宣言
18日:何だか知らないけど、総選挙になるんだって。安倍さんが首相にな
19日:突然の解散・総選挙となりました。国民や野党だけでなく、与党の
21日:安倍晋三首相が21日に衆議院を解散すると表明したことを受けて
21日:安倍は、投票率低下を目論んで12月選挙にした。論点を増税延期
23日:前回の総選挙は、民主党主体の連立政権に対する失望によって
23日:国策映画『南京―戦線後方記録映画―』をみた嫌悪感がオリになっ
23日:東日本大震災の復興も遅々として進まないのに、税金700億円も

東大ポポロ事件というのがあった。東大の学生団体「ポポロ劇団」が1952年、本郷の学内で松川事件をあつかったた演劇『何時の日にか』の上演をおこなったさい、観客のなかに私服警官4名がいるのを学生が発見し、警官を拘束して警察手帳をうばい謝罪文を書かせた。それを口実に学生が逮捕、起訴される。これにより、憲法第23条が保障する「学問の自由」とそれを基本理念とする「大学の自治」が、この国ではじめて本格的に議論された。一審の東京地裁は「大学はがんらい、学問の研究および教育の場であって、学問の自由は、思想言論集会などの自由とともに、憲法上保障されている。これらの自由が保障されるのは、それらが外部からの干渉を排除して自由であることによってのみ、真理の探究が可能となり、学問に委せられた諸種の課題の正しい解明の道がひらかれるのである」「大学はそれじたい、一つの自治の団体であって、学長、教員の選任について充分に自治の精神がいかされ、大学の組織においても学長の大学管理権を頂点として自治の実態に沿うような構成がつくられている。これにくわえ、学生も教育の必要上、学校当局によって自治組織をもつことを認められ、一定の規則に従って自治運動を為すことが許されている」として学生らを無罪とした。いまからすれば、まるで夢のような名判決である。二審も一審を支持したため(!)、検察が上告。最高裁判所大法廷は、しかし、1963年(昭和38年)5月、原審を破棄し、東京地方裁判所に差し戻した。その理由は「本件集会は、真に学問的な研究と発表のためのものでなく……本件の集会に警察官が立ち入ったことは、大学の学問の自由と自治を犯すものではない」からという。これに全国の大学が怒り、学生も教員もデモをした。わたしは19歳で、ポポロ判決抗議のデモ中に公安条例違反で逮捕された。まだ血で血を洗う内ゲバ連合赤軍事件もないころである。1963年にはケネディが暗殺され、堀田善衛が『審判』を、大江健三郎が『性的人間』を上梓した。最近の京大キャンパスでのできごとと学生寮強制捜査で、そのポポロ事件をおもいだした。ただ、ポポロ判決のころは、大学の自治だけではなく、言論・思想の自由を蹂躙した旧治安維持法の再来という危機感が大学にも学生にもメディアにもあった。最高裁の判断にしても、大学の自治じたいは肯定していたのである。いまはどうか。言論・思想の自由がうばわれるという危機感はほとんどない。このたびの京大での事件を、秘密保護法とのかんけいで深刻視するむきはまことにすくない。しかし、ことはいわゆる〈過激派〉の問題ではなく、権力がいま、秘密保護法適用の予行演習をしている、ということである。「特定秘密」の対象になる情報は、「防衛」「外交」「特定有害活動の防止」「テロリズムの防止」などとされている。これら分野における政府方針に反対するうごきにも官憲の調査権がおよぶ。つまり範囲などはなにもない。わたしをテロリスト教唆とみなせば、いつだってしょっぴける。なんのことはない、治安維持法の再演である。「国体ヲ変革シ又ハ私有財産制度ヲ否認スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織シ又ハ情ヲ知リテ之ニ加入シタル者ハ十年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス」という治安維持法が、条文の範囲をむげんに拡大し、ひとびとを苦しめ、密告者を増殖し、思想をいかにゆがめたか。ポポロ判決のころはまだその記憶がのこっていたのだった。社会に嫌悪感があった。いまはどうだ。大学で高度の自治意識をもつところは皆無かきわめてすくなく、学生運動を暴力団とおなじ〈反社会勢力〉ときめつけて警察と積極協力してキャンパスからしめだすうごきばかりではないか。教員からも学生からも反権力、反権威の気概がすっかりなくなった。(辺見庸「日録1-8」2014/11/14

九州電力川内原発の再稼働に同意した鹿児島県の伊藤祐一郎知事は7日の記者会見で自信ありげに再稼働の必要性を論じていました。私は「事態は『3・11』以前より悪くなってしまった」と感じました。原発で万が一の事故があれば、電力会社も国の原理力行政も根底から崩れてしまう。「福島以前」には原子力を推進している当の政府と電力会社の側にもそのような一抹の「おびえ」がありました。でも、東京電力福島第一原発の事故は、その「おびえ」が不要だったということを彼らに教えました。これまでのところ、原発事故について関係者の誰ひとり刑事責任を問われていません。事故処理に要する天文学的コストは一民間企業が負担するには大きすぎるという理由で税金でまかなわれている。政府と東電が事故がもたらした損失や健康被害や汚染状況をどれほど過小評価しても、それに反証できるだけのエビデンスを国民の側には示すことができない。彼らは原発事故でそのことを「学習」しました。鹿児島県知事は「たとえこのあと川内原発で事故が起きても、前例にかんがみて、「何が起きても自分が政治責任を問われることはない」ということを確信した上で政治決定を下したのです。僕も彼らが利己心や邪悪な念によって原発再稼働を進めているとは思いません。彼らは彼らなりに「善意」で行動している。主観的には首尾一貫しているんです。それは、せいぜい五年程度のスパンの中での経済的利益を確かなものにすることです。経営者としては当然のことです。しかし、1億人以上の人が、限られた国土で、限られた国民資源を分かち合いながら暮らし続けることを運命づけられた国民国家を運営するには、百年単位でものごとを考えなければならない。株式会社なら、四半期の収支が悪化すれば、株価が下がり、倒産のリスクに瀕します。だから、「百年先」のことなんか考えていられないし、考えることを求められてもいない。目先の利益確保があらゆることに最優先する。でも、国民国家の最優先課題は「いま」収益を上げることじゃない。これから何百年も安定的に継続することです。株式会社の経営と国家経営はまったく別のことです。原発推進派はそれを混同してしまっている。(内田樹の研究室 2014年11月15日

・多くの人もそうであると思うが、
沖縄の知事選挙がどのような結果となるか、固唾を呑んでいる。とくに保守と革新の協同候補がでているというのが、日本の第二次世界大戦後の政治史のなかで大きな変化であると思う。そして、これが沖縄からでているということの意味を考えなければならないと思う。ただ、私は、「保守と革新」ではなく、「保守と進歩」という軸で問題を考えたい。(略)「進歩」というと、最近では、それをもっぱら近代思想の枠組であるとして不評である。19世紀ヨーロッパの「進歩思想」が現実には、世界の帝国的分割と他文明に対する野蛮な抑圧を意味した。進歩というのは私有の発展であるという論理である。そのような「進歩思想」が「進歩思想」としてはいまだに圧倒的な影響力があることは事実であり、それを拒否することの重要性は明らかであると思う。 しかし、それとは区別された真の意味での進歩というものは、私はあると思う。(略)沖縄の「保守」と「進歩」の協同の方向は列島全体にとって大事な意味をもっていると思う。もちろん、そしてその協同は(政治的な協同という点でいえば)まだ決して幅広い流れではないだろう。それは出発点ということであろうと思う。「保守←→進歩」の協同が政治的な姿をとるというのはほぼ初めてのことであるから、それ自身で議論され、調整されるべきことは多いだろう。と同時に、「保守」の側も「進歩」の側もおのおので詰めるべき点が残っているに違いない。この道は相当に複雑な問題をはらんでいるのではないか。(略)おそらく問題が複雑になるのは、「保守←→進歩」という軸が、さらに他の軸線との関係で複雑な諸問題を抱えているからだと思う。その軸線とは第二の軸としての「左翼←→右翼」軸と、第三の軸としての「インターナショナリズム←→ナショナリズム」軸であろう。これを考えるためには、日本の「右翼」思想といわれるもので思想態度として取るべきものがあることを追跡してみることだろうと思う。アメリカになかば占領され、国家の独立を侵犯されているという状況のなかで思想としての「右翼思想」は成立しがたいものになっているが、しかし、一つの共同体主義としての右翼思想というものがすべて無意味であるというようには、私には考えられない。いま、この国にとって恐るべきものは、むしろ、無思想であり、虚偽の思想であり、詐欺瞞着であり、公然と表明される悪意であり、それが許されている状況であると思う。(保立道久の研究雑記 2014年11月15日

・新聞読んでたら、沖縄県知事選の結果についての分析にいらついてきました。間違っているというのじゃないんです。(略)そもそもなぜ沖縄に米軍基地がなければいけないのか、その軍略的意味・政治史的意味について誰も掘り下げない
沖縄に米軍基地の76%が集中し、北海道に一つも基地がないのは、日本列島に展開された米軍基地構想が「対ソ戦」を想定していたものだからでしょう。それ以外に説明のしようがない。ソ連軍が北から侵攻してきて、自衛隊を撃破して、九州南端まで到達しても、まだ米軍主力は沖縄に温存されている。そのための沖縄への基地集中なわけですから、米ソの東西冷戦構造が解体した時点で、沖縄基地の軍略的意味はまったく変わったわけです。でも、「沖縄基地の軍略的重要性にはなんの変化もない」と日米政府は言い続けています。地政学的環境の激変にもかかわらずその戦略的重要性がすこしも変化しない基地があるとすれば、それは論理的に考えて「地政学的環境とは無縁な軍事施設」だということです。沖縄の米軍基地は「日本はアメリカの属国である」ということを確認するための政治的記号です。在韓米軍基地は大幅に縮小されました。ソウル駅前の龍山基地は移転が決定しています。フィリピンでは米軍の海外最大の基地であったクラークスービック両基地がフィリピン政府の要求で返還されました。(略)別に韓比両国が「平和志向」になったわけではありません。米軍がいると「鬱陶しい」と思えば「出て行け」と言い、軍事支援が要ると思うと「戻って来てくれ」と言う。そういう身勝手な話です。まず自国の国益、ついで同盟国の事情に配慮する。それが「ふつうの主権国家」のやり方です。日本だけが違います。国際政治の環境がどれほど変わっても「沖縄基地の軍事的重要性に変化がない」という話になっている。ですから、このあと例えば、北朝鮮が民主化しても、中国やロシアが衰微しても、「沖縄基地の軍事的重要性には変化がない」とアメリカは言い続けるでしょう。それは沖縄が日本がアメリカに差し出した「従属国の人質」だからです。東アジアの地政学的環境がどう変わっても、日米関係が主従関係である限り、沖縄の米軍基地は返還されない。100年経ったも返還されない。そのことへの怒りが知事選に示された のだと僕は思います。(内田樹 2014年11月17日

何か問題が起きて、首相の責任が追及される場面が起きると、唐突に局面が切り替わる。それまで熱く議論されていたことが、新聞の紙面やテレビの画面からあっけなく消えてしまう。次々に起きる新たな問題に目が奪われて、じっくり考える時間などない。問題は先送りされ、責任の所在は曖昧のまま、安倍内閣の支持率は高いという状況が続いている。1年前の今頃、
特定秘密保護法案でメディアは連日キャンペーンをはっていた。この法律に含まれる重大な問題点が何一つ是正されないまま、12月10日に施行される。メディアで報道されることはほとんどなく、国民の関心は驚くほど低い。ほんの半年前、安倍首相は珍妙なパネルを使って、「私は国民の命と暮らしを守る最高責任者だ」とハイテンションで語っていた。だが、7月1日に集団的自衛権行使容認の閣議決定がなされるや、関連法制の整備もガイドライン見直しも来年に先送りしてしまった。(略)内閣改造後は、目玉の女性閣僚たちの不祥事が続発。同じ日に2人の大臣が辞任するという異常事態が起き、さらなる大臣辞任は不可避かと思えたその週の金曜日、突然の追加的金融緩和が行われ、世間の目はまったく別の方向に向けられてしまった。景気は好転せず、円安で中小企業は青息吐息で、「アベノミクスの失敗」が誰の目にも明らかになってくるや、首相はAPEC参加のために国外に出かけてしまった。16日の沖縄県知事選での大敗北を見越すかのように(敗戦の弁は幹事長に委ねて)、17日に帰国。消費税10%の先送りを発表する。問題大臣たちの任命責任や、沖縄県知事選敗北の責任について触れることもなく、消費税増税の先のばしと「アベノミクス」失敗の責任について国会で追及する時間も与えずに、間髪を入れず衆議院を解散してしまう。(略)責任追及からひたすら逃げ続ける。もともと安倍首相は自分が批判されることを極端に嫌い、すぐに論点をずらし、相手の落ち度や弱点をあげつらってムキになって反論する癖がある。(略)国会で責任を追及されると、首相とは思えない乱暴な言葉でやりかえす。この答弁の仕方と内容のひどさ(「捏造」という言葉の多用を含め)は、憲政史上例がない。一方、自分を歓迎してくれる国々を中心に50カ国以上もまわって、満面の笑みを浮かべて日本国民の税金をばらまく。家の財産を自分のために食いつぶす放蕩息子ならぬ、「放蕩首相」が、衆議院解散という「伝家の宝刀」を抜こうとしている。(水島朝穂「今週の直言」2014年11月17日

・いよいよ
今夕に安倍首相が記者会見を開いて解散・総選挙の宣言をするらしい。しかし、これほど国民をバカにしたフザケタ記者会見はない。今回の解散・総選挙の舞台裏と、それを決断した安倍首相の卑しい根性など、すべては見え見えだ。安倍首相が今夕の記者会見で語る言葉すら容易に想像できる。一言でいえば嘘を並べて解散・総選挙を強行するのだ。そんな記者会見など一見の価値もない。しかし、そんな記者会見でも、ひとつだけ見る価値がある。それは記者の対応だ。誰が聞いても嘘だらけの安倍首相の発言に対し、一人でもまともな記者が現れて国民が聞きたい質問をして安倍首相を追及して見せるだろうか。それに対して安倍首相はまともに答えるだろうか。もちろん、そうはならない。記者たちは一見まともな質問をする振りをしてみせるが、安倍首相はごまかして逃げ、ハイ時間が来ました、と一方的に打ち切られて終わる。いつものパターンだ。そして明日の朝刊で、各紙は一斉に解散・総選挙の号砲を鳴らす。皆が走り出す。走り出せばあとは選挙一色だ。安倍失政のすべてがかき消される。今夕の安倍首相の解散・総選挙の記者会見の唯一の見どころは、安倍解散・総選挙を許すどころか、見事にお膳立てするメディアの権力迎合振りが白日の下にさらされることである。それを再確認するだけの意味しかない今夕の安倍首相の解散・総選挙宣言の記者会見である(引用者注:記者会見では景気浮揚策の第三の矢(衆院選公約)として「商品券配布」を発表するらしい。言葉がない)。(天木直人のブログ 2014年11月18日

・何だか知らないけど、総選挙になるんだって。安倍さんが首相になって
アベノミクスなんて言い出した頃の、あたしのつぶやき、結構評判がいいのよ。だから、も一度、紹介するわ。あたしも、想像していなかったのは、日用品のひどい値上がりね。こんなに上がるとは思ってなかったわ。なのに安倍さんは、「長く続いたデフレから脱却するチャンスをやっとつかんだ。私たちはこのチャンスを手放すわけにはいかない」なんて言っているの。そのためにもっともっとお札を刷るって言ってるから、食料品も、もっともっと上がるのよね。あたし、考えちゃうわ。ベランダのプランター、お花から野菜に変えたけど、お芋にした方がいいのかしら…商品券なんて、ホントに主婦をバカにしてるわ。ホントは主婦ならみんな知ってるはずのこと、も一度、読んでね。(略)あたし知ってるの。トリクルダウンなんてウソ。国全体のおカネが増えれば、いずれ庶民も、豊かになるんだって。まずは大金持ちが儲かって、そのおこぼれが、庶民に来るんだって言うの。おこぼれ経済理論って言うんだって。そんなのウソよ。小泉さんのとき、いざなみ景気っていうのがあった。6年も続く空前の経済成長期間だったけど、うちの財布は、縮んだわ。旦那の給与は15%もダウンよ。お小遣い5割カットしてやったけど、わたしんちなんて青息吐息よ。(略)だから、あたし知ってるの。トリクルダウン(したたり落ちる)なんて、ウソだって。100年待ったって、したたり落ちてなんか来ないわよ。真実はサックアップ(suck up・吸い上げる)なんだって。奴隷のように働いて、あたしたちは、欲望のままおカネを転がして遊んでる富裕層に貢いでるのよ。シェークスピアの昔から非難されてる金貸しの天下よね。(略)あたし知ってる。みんな知ってる。トリクルダウンなんてウソ。景気回復なんてウソ。この世は今やサックアップなんだって。世界中、おカネがめぐるおカネ支配の世界になっちゃんたんだって。だから、結局あたし、スーパーのチラシと睨めっこ。旦那は僅かな小遣いで、200円弁当。 こんな世の中にだれがしたんでしょ。みんなで投票して、したんだわ。(街の弁護士日記 2014年11月18日

・突然の解散・総選挙となりました。国民や野党だけでなく、与党の一部からも「なぜ、いま解散・総選挙なのか」という声が出ています。それもそうでしょう。いまの与党は衆院の3分の2を上回る巨大な勢力を持っていますし、議員の任期はまだ半分も残っています。消費増税の先送りについても、民主党などの野党は受け入れています。それを実行したければ消費増税法の付則18条に基づいて増税を凍結し、そのための改正をすれば済む話でした。 それなのになぜ、議席が減るリスクを冒してまで解散・総選挙をしなければならないのか。選挙を実施すれば700億円もの多額の費用がかかるというのに……。今日の『
毎日新聞』では、自民党のベテラン議員が「安倍晋三の安倍晋三による安倍晋三のための選挙 」だと嘆いていると報じられていました。この記事を書いた末次省三政治部長は「与党の一部から『私利私欲解散』『ご都合主義解散』といった批判が出るのはもっともだ」と書いています。「政治とカネ」の疑惑によって窮地に立ち、集団的自衛権の行使容認の法制化や原発再稼働という難題を抱え、消費増税とアベノミクスの失敗による不況が深刻化すれば内閣支持率の急落は避けられず、野党の選挙準備も整っていない今のうちに解散・総選挙をやって政権基盤を安定させようと考えたのでしょう。政権戦略を最優先にした自分勝手な解散ですから、与党の中からさえ不満の声が出るのは当然だと言えます。(略)安倍首相がこれまでやってきたこと、これからやろうとしていること――その全てを許すのかどうか、安倍首相の続投を認めるのかどうかが、今回の解散・総選挙の真の争点にほかなりません。その意味では、個々の政策の是非が問われるというよりも、安倍首相の政治全体に対する審判こそが総選挙の最大の争点であるというべきでしょう。(略)総選挙での投票に当たって選択の基準はただ一つ。安倍首相を喜ばすような結果にはしない――これだけです。(「五十嵐仁の転成仁語」2014年11月19日

安倍晋三首相が21日に衆議院を解散すると表明したことを受けて、朝日新聞社19、20日全国緊急世論調査(電話)を実施した。この時期に解散・総選挙をすることに「反対」は62%で、「賛成」の18%を大きく上回った。消費増税の延期について「国民に信を問う」という解散理由 に「納得する」は25%で、「納得しない」65%が上回った。安倍内閣の支持率は39%(今月8、9日の全国世論調査では42%)で、不支持率は40%(同36%)。第2次安倍内閣発足以来、支持は最低、不支持は最高を更新し、初めて支持と不支持が逆転した。この時期に解散・総選挙をすることには、安倍内閣支持層や自民支持層でも「反対」が5割ほどに上る。衆院を解散する理由について、首相は消費増税の延期を挙げて「国民生活と国民経済にとって重い決断をする以上、速やかに国民に信を問うべきだ」と述べた。ただ、内閣支持層や自民支持層でも「納得しない」が5割ほどに及んだ。また、安倍首相は消費税を10%に上げる時期を1年半延期して、2017年4月に確実に上げると表明したが、首相の判断を「評価する」は33%で、「評価しない」の49%の方が多かった。17年4月に消費税を10%に上げることは「賛成」39%、「反対」49%。首相が17年4月に「確実に上げる」と説明したため、首相の判断についても「評価しない」が多くなったとみられる。安倍首相は前回衆院選直前の2年前の党首討論で、衆院の定数削減について約束したが、国会では実現していない。今回の調査で、この状態で首相が衆院を解散することはどの程度問題か尋ねたところ、「問題だ」は、「大いに」39%と「ある程度」38%を合わせて計77%に及んだ。今度の衆院選での比例区投票先を政党名を挙げて聞いたところ、自民37%、民主13%、維新と共産が各6%、公明4%、社民と生活が各1%などの順だった。(「朝日新聞社『世論調査』」 2014年11月21日

・安倍は、投票率低下を目論んで12月選挙にした。論点を増税延期に絞ろうとしているが、TPP、原発再稼働や汚染水完全コントロール発言、特定秘密保護法、解釈改憲その他これまでのありとあらゆる暴走に対する判断をしないと、勝ったらこれら全て「国民の信任を得られた」と言い出すよ。(
中村憲昭(弁護士) 2014年11月19日

・2年前に「まっすぐ、景気回復。」と謳っていた安倍政権が景気後退をもたらした今「景気回復、この道しかない」とうそぶく。狂信的独裁は右も左も同じ。「革命が間違っているのではない、足りないだけだ」と叫んで、国民を破滅へと導いていく 。(
中野晃一(上智大教授) 2014年11月21日

・本当に冗談みたいな解散ですよね。私たち有権者に理解できるような理由が一つも見あたらない。2年前、私たちは安倍政権に何を求めたのでしょうか……。大規模な金融緩和で無理やり円安に誘導しても、大企業の製造拠点は海外に移ってしまっており、輸出は期待ほど伸びなかった。円安で輸入物価は上昇し、生活が苦しくなっただけ。この2年間で
アベノミクスが失政だったことがはっきりしました。(高村薫(作家) 2014年11月21日

前回の総選挙は、民主党主体の連立政権に対する失望によって彩られています。そのために民主党を離れた票は2000万票に上りました。このうちの半分は棄権し、半分はおそらく第三極に流れただろうということ(略)。その第三極ですが、前回の総選選挙以降、分裂に継ぐ分裂で有権者の期待に応えたとは言えません。54議席を獲得して57議席の民主党に肉薄した日本維新の会ですが、橋下徹共同代表の慰安婦問題発言で支持を失い、石原慎太郎共同代表らが脱退して次世代の党を設立し、結の党を吸収合併して維新の党となっています。前回の総選挙で18議席を獲得したみんなの党は悲惨な末路を辿りました。渡辺代表と江田幹事長の対立によって江田グループが離党して結の党を結党しますが、渡辺代表は政治資金問題で引責辞任に追い込まれ、浅尾慶一郎後継代表とも対立し、結局、解党を決めて間もなく消滅する運命にあります。(略)日本未来の党にいたっては、すでに覚えている人も少ないことでしょう。(略)前回の総選挙でこの3党が集めたのは、小選挙区で1274万票、比例代表区で2092万票にも上りました。そのすべてが流動化するわけではありませんが、比例代表区の半分が投票先を失うとしても約1000万票になります。つまり、民主党を見限って第三極に流入した票は、今回の選挙では第三極を離れて流動する可能性があるということです。これらの票が、一度は見捨てた民主党に還流するとは限りません。「前回の総選挙は民主党がダメとなった後の選挙で、今度の総選挙は『第三極』がダメとなった後の総選挙」だということは、これらの2000万票が支持する先を求めて浮遊している状況にあるということを意味しています。今回の選挙で「安倍政権の2年間の審判が問題になるとすれば」、これらの票が自民党に向かうとは考えられません。(略)このような状況下で、「政治を変えてほしい。まともな政治を実現して欲しい」という願いを託せるのはどこか。答えは明確になりつつあります。(「五十嵐仁の転成仁語」2014年11月23日

国策映画『
南京―戦線後方記録映画―』をみた嫌悪感がオリになって体内に沈殿し、まだときどき喉もとにわきあがってくる。わたしがもっとも怖気をふるったシーンは、戦場でも廃墟でもない。南京の戦場(というより大量殺戮現場)から、東京の皇居にむかってなされていた「遙拝」であり、戦場で「奏上」されたのりとのひびき、玉串の奉奠(ほうてん)であり、榊(サカキ)にむすばれた「四手」(しで、「紙垂」)という紙のたなびき、そのうなり声、万歳三唱の蛮声であった。「遙拝」とは、遠くはなれれた場所から神様(天皇)をはるかに、深々とおがむこと。「奏上」とはなんだ?ほかでもない、天皇に申し上げることである。この国はかつて自国民だけでなく中国や朝鮮半島のひとびとにまで「遙拝」を強いた。(略)大内兵衛はかつて「天皇は開戦・敗戦の政治責任をまぬかれうるか」と設問し、否と答えた。第二に、「天皇は国民への道義的責任をまぬかれうるか」と問い、これにも、否と答えた。第三に、「アジアの民衆にたいする虐殺、捕虜虐待にかんする責任をまぬかれうるか」と問い、三たび否と答えている(「天皇の戦争責任」『中央公論』1956年6月号)。いま、どんな新聞・雑誌が「天皇の戦争責任」を問う特集を組むだろうか。組む者はだれもいないし、そのような特集を組むことは100パーセント不可能である。なぜか。たいへん危険だからだ。極右と「影の組織」がまちがいなくうごく。ひとが殺されるかもしれない。かもしれないではない。その公算きわめて大である。1956年には堂々とできたことが、2014年にはできない。そんな社会になったのだ。敗戦後70年で、言論はいちじるしく閉じ、未来にすすんでいるのではなく、戦前、戦中にもどっているといってもよい。大内兵衛は南京大虐殺についてこう書いている。「この大虐殺が、日本軍のいかなる命令中枢から発せられたか、あるいは『軍紀の弛緩』によるものかは、今日なお疑問の部分もあるが、事実としてまったく放恣な略奪、強姦、虐殺の祝宴が大規模にくりひろげられたことは、疑いない」(集英社刊『昭和戦争文学全集』3「果てしなき中国戦線」の解説)。(辺見庸「日録1-9」2014/11/23

・東日本大震災の復興も遅々として進まないのに、
税金700億円も使って、大義なき<ジコチュウ総選挙>に走る安倍政権─被災地の人々の苦労を、どうして分ろうとしないのですか。日々、生活や仕事の立て直しに懸命になっているというのに、安倍さんは外遊に明け暮れてきた。1回の外遊に2億円 も使い、なんと2年間に50カ国の外遊。しかも援助と称して世界各国にばらまいた、お金は68兆4千億円あなたのお財布じゃないのですよ。これ全て税金。この勝手に使う金銭感覚、異常じゃありませんか。もっと国内の施策に回すべき懸案があるでしょう。消費税の10%アップだって先送りしただけじゃないですか。さらに憲法9条に抵触する「集団的自衛権の行使」を閣議決定で決めたこと、秘密保護法の制定など、真正面から信を問うべきだと指弾されると、「国民に信を問う内容は政権が決める」と居直る。争点ずらしに、いくら<アベノミクス解散>と強弁しても、もう破たんしているのは明確です。伊東光晴アベノミクス批判―四本の矢を折る』(岩波書店)が喝破しています。(Daily JCJ【今週の風考計】2014年11月23日
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