14日の投票日まであと2日。今日の言葉(「私」と総選挙)は保立道久さん(歴史学者)の「総選挙、政治には絶対はないが、社会には絶対というものがある」と想田和弘さん(映画監督)の「野党よりもマシだと考え、消去法で自民党へ投票する方々へ」、内田樹さん(哲学研究者)の「一年後どころか一月後には誰も読まなくなるような時事問題についての言及をしないですませられるほど現代日本の言論・思想状況は楽観的なものじゃない」。それぞれのブログとツイッターからの引用です。
 
保立道久の研究雑記」(2014年12月12日)から。
 
政治の基本は政党選択である。ここからすると、今回の全国選挙、衆議院議員選挙における政党選択は上記の直近の重要選挙からの論理的な帰結として、日本共産党を選択するという狭い範囲に狭められる。いわばお寒いことではあるが、これが日本の政治の現実である。
 
民主党という選択肢は、この党がここ10年やってきたことからしてまったくありえない不毛の選択である。この政党は、明瞭な自己の基本政策上の誤りについてさえ正確な総括を述べないことが決定的である。(マニフェストには沖縄の基地反対はなく、「日米同盟深化」「在日米軍再編に関する日米合意を着実に実施」とある。消費税増税は延期とあるのみ。機密法自体には賛否をいわず)。また問題は社民党であって、この党は、沖縄では役割を果たしながら、なぜ福島県知事選で、上記のような選択をしたのか。この党の責任は大きい。
 
いま必要なのは基本的な選択である。数をどうする。ああなればこうなるというような希望的選択ではない。沖縄の米軍基地と原発の即時停止には、そういう種類の選択では越えることがない客観的な壁がある。体制的な壁がある。それをよしとする力は強力な体制として厳存している。
 
政治は代表ということである。政治が社会を代表するというのは、ただ代議制ということのみであるのではない。代表するという役割は、どのような社会でも、どのような問題でも必須なのであって、「直接民主制」においても代表はつねに必要である。しかし、代表を固定しない、代表を身分的に固定しない。社会を構成する全員が代表性をもっているというのが社会の進歩である。社会は無限に多様であって、その無限な多様性を全体として認識することはできない。認識したとたんに無限な多様性は私たちからずれていく。
 
想田和弘Twitter」(2014年12月12日)から。
 
野党よりもマシだと考え、消去法で自民党へ投票する方々へ。自民が勝てば、争点化されていない様々な政策も「信任を得た」と見なされてどんどん進められてしまいます。原発推進もその一つ。事故は事実上なかったことにされ、再稼働はどんどん進み、新設すらあり得ます。それでも「マシ」でしょうか?
 
野党よりもマシだと考え、消去法で自民党へ投票する方々へ。その2。自民が勝てば、労働者派遣法も速攻で改悪されるでしょう。それでも「マシ」ですか?→3年でクビ!? 正社員ゼロ!? ヤバすぎる新・労働者派遣法をウォッチせよ! http://haken.hiseiki.jp/
 
野党よりもマシだと考え、消去法で自民党へ投票する方々へ。その3。自民が勝てば、集団的自衛権の行使容認を閣議決定したことも信任を得たと見なされ、自衛隊を米国の戦争へ参加させるための法整備が進むでしょう。それでも「マシ」でしょうか?
 
野党よりもマシだと考え、消去法で自民党へ投票する方々へ。その4。自民が勝てば、強行採決された秘密保護法も信任を得たと見なされ、政府にとって都合の悪い情報はますます表に出てこなくなり、政府によるマスコミ支配もますます進んで本当のことが語られなくなるでしょう。それでも「マシ」ですか?
 
野党よりもマシだと考え、消去法で自民党へ投票する方々へ。その5。自民が勝てば、事実上の公約違反をして交渉参加したTPPも何食わぬ顔で推進されてしまいます。TPPに入り関税が撤廃され何の手当もなされなければ、農林水産物の実に4割が消滅すると試算されています。それでも「マシ」ですか?
 
野党よりもマシだと考え、消去法で自民党へ投票する方々へ。その6。自民が勝ってTPPに入れば、国民皆保険制が崩壊しお金のない人は医療を受けにくくなる恐れがあります。ISDS条項が適用されると主権が脅かされ、排ガス規制すら自由にできなくなる恐れもあります。それでも「マシ」ですか?
 
野党よりもマシだと考え、消去法で自民党へ投票する方々へ。その7。報道各社の予測のように万が一自民単独で3分の2を占める事態になれば、衆院の内閣に対するチェック機能はほぼ失われ、形骸化します。公約にはない悪辣な法案が提出されても楽勝で通ってしまうでしょう。それでも「マシ」ですか?
 
野党よりもマシだと考え、消去法で自民党へ投票する方々へ。その8。報道各社の予測のように万が一自民単独で3分の2を占める事態になれば、単独での憲法改定発議も可能になります。そして自民改憲案はデモクラシーを事実上否定し基本的人権を制限する恐るべき内容です。それでも「マシ」ですか?
 
[自民改憲案]第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、保障する。 2 前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。→これで原発デモもツイッターでの政府批判も取り締まり自由。
 
[自民改憲案で丸ごと削除] 第九十七条 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。
 
[自民党改憲案] 第百二条 全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。→憲法を守る主体が国ではなく国民になっている。これは「憲法とは国家権力を縛るもの」という立憲主義を完全に否定した条文。もっと言うと、憲法を憲法でなくした条文。改憲というより憲法破棄に近い。
 
自民党が掲げる改憲案のように「あらゆる人には無条件に人権がある」という天賦人権説を否定し、人権は義務とセットであり国から与えられるものだとされてしまうと、例えば働くことが困難な障害者や子供には人権がないということになる。みなさん、その意味をよく考えて欲しい。
 
自民改憲案では、拷問及び残虐な刑罰も「絶対に」禁じるわけではない。→[現行憲法]第三十六条 公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる。 →[自民改憲案]第三十六条 公務員による拷問及び残虐な刑罰は、禁止する。
 
更に自民党改憲案は、人権を制限するものとして現行憲法にある「公共の福祉」を書き換え、「公益及び公の秩序」とした。「公共の福祉」とは、Aさんの人権が制限されるのはBさんの人権と衝突する場合のみ、という考え方。それに対し「公益及び公の秩序」とは社会や国の利益と秩序を指す。
 
つまり自民党の改憲案では、平たく言うと国家の利益や秩序のために個人の人権を制約できることになる。政府が考える「国益」に反する行動や集会や映画や演劇や論文や詩や研究や教育や法律は、憲法の名の下にすべて違法化できる。改憲案の起草者はそのことに極めて自覚的であり、確信犯である。
 
内田樹Twitter」(2014年12月8日、12日)から。
 
2014年12月12日

週刊東洋経済のインタビューげんこだん。朝から居間でかちゃかちゃキーボード叩いていたら、兄ちゃんから「もうそういう『一年後には誰も読まなくなるようなもの』を書くのは止めて、じっくりレヴィナス論を書け」と叱責されました。はい、そうします。でも、一年後どころか一月後には誰も読まなくなるような時事問題についての言及を「しないですませられる」ほど現代日本の言論・思想状況は楽観的なものじゃない。悪政のせいで、アカデミアは荒廃しつつあるという話を今朝書きましたけれど、僕の書き物のクオリティも劣化しつつあります。まことに世の中に悪政ほど「はためいわく」なものはありませんね。
 
2014年12月8日
 
それにしてもどうしてこれだけ国民の安寧を脅かしている政権に有権者たちは「圧勝」という結果をプレゼントするつもりなんでしょう。何を期待しているのか、それがわかりません。株で大儲けした人は自民党に感謝しているでしょうけれど、それ以外の人はなんで・・・新聞の解説を読むと「高齢者」の投票動向が自民党の圧勝を決定づけていると書いてあります。未来を捨て値で叩き売っても、目先の「いいもの」が欲しいという人たちは、実年齢にかかわらず「高齢者」と呼ぶべきかもしれません。そういう人たちが日本の政治を決めている。
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