「今日の言葉」(「私」と総選挙)は昨日に続いて弁護士の澤藤統一郎さんの「安倍自民への投票は、あとから改憲容認票と主張されかねない」という論と小鷲順造さん(日本ジャーナリスト会議会員)の「安倍流『トリクルダウン』破綻、日本国憲法の転覆と国民の管理統制の策謀にも終止符を!」という論、さらに安倍流「トリクルダウン」の問題に関連して「街の弁護士日記」ブログを主宰する岩月浩二さんの「家畜扱いされる国民 国債破綻織り込み済み総選挙」という論の抜粋です。それぞれの論はもちろん別々ですが、安倍政権、首相アベの獰猛なまでの危険性を論じる点では一致しています。岩月弁護士は「仮に今回の選挙で安倍政権が維持されるなら、民主的な装いがこらされた、選挙ができるのは、最後の機会になりそうな気がしてならない」とまで述べてアベを全面否定しています。小鷲順造さんはジャーナリストとしてさらに「選挙ができるのは、最後の機会になりそうな気がしてならない」この時期のマスメディアの重大な責任とアベ政権「告発」のジャーナリズムとしての義務を問うことも忘れていません。
 
「澤藤統一郎の憲法日記」(2014年11月26日)から。
 
昨日(11月25日)、自民党が「重点政策2014」を発表した。「衆院選で訴える政権公約」という位置づけ。「政調会設置の各部会から寄せられた個別の政策を約300項目にわたって、幅広く掲載したもの」だという。それゆえであろう、体系性が見えてこない。脈絡に乏しい300項目の政策の断片を読ませられるのは苦痛。それでも、自民党が選挙に勝てば、「この公約に盛り込まれている以上は民意の支持を得た」として、独断政治の大義名分とするつもりなのだ。その典型が公約の最後第6節に位置する憲法改正についての2項目である。 「Ⅵ 憲法改正<時代が求める憲法を>○憲法改正国民投票法一部改正法が施行されたことに伴い、国民の理解を得つつ憲法改正原案を国会に提出し、憲法改正のための国民投票を実施、憲法改正を目指します。○憲法改正のための投票権年齢が4年経過後に18歳になることを踏まえ、選挙権年齢を前倒しして18歳以上に引き下げます。」要約ではない。これが全文なのだ。これを読んだ有権者は、まさか今回選挙が改憲選択選挙だとは思わない。しかし、「憲法改正原案を国会に提出し、憲法改正を目指します」とはしっかり書き込まれている。その原案の内容は、「天皇をいただく国」をつくり、「自衛隊を国防軍にして、自衛の範囲を超えた海外での戦争もできる」ようにし、「公序・公益によってあらゆる権利の制限を可能とする」自民党改憲草案ということになる。安倍自民への投票は、あとから改憲容認票と主張されかねないのだ。大義なき解散に関して、「アベノズルサ」「アベノコソク」を指摘する声は高い。目立たぬよう、公約に「憲法改正」をもぐり込ませた「アベノテグチ」についても大いに批判をしなければならない。
 
「Daily JCJ」(小鷲順造 2014年11月26日)から。
 
いま、あらゆる手を使って、「支配層」として生き残りを図ろうとしている自民党の姿ほど傲慢で、滑稽で、醜いものはない。大義もないまま、野党に準備をさせまいと突然の解散を打ち、ごまかしが効いているうちに「勝ち」を演出して来年の統一地方選での総崩れに歯止めをかけ、政権・与党体制の存続を謀ろうとしている。これほど卑怯な政権・与党があるだろうか、あっただろうか。笑顔の人気取りで始まったファシズムが、時代錯誤の「トリクルダウン」の罠にはまって、破綻のときを迎えようとしている。今回の大義なき解散劇などは、開発途上にある独裁政権が、対抗勢力が大きくならないうちに延命をはかって打つ猿芝居のようでもある。また、そもそも知識も才能もない首領をあやしたり持ち上げたりして励ますためのようにも見えるし、思慮のない首領の政権投げ出しを、まわりが封じ込めるためのようにも、見ようによっては見えたりもする。安倍流「トリクルダウン」の破綻は、彼らが狙う日本国憲法の転覆と国民の支配、管理統制のシナリオも狂わせようとしている。今回の解散・総選挙にどのような役割をもたせ、日本社会をどのような方向へ導いてゆくか。菅官房長官は、「何を問うか問わないかは、政権が決める」と口走ったようだが、これも根本的に間違っている。選挙を行うのは選挙民であり、政治家ではない。政治家を政治家たらしめるかどぅか決める権利を有するのは選挙民である。これは民主主義社会の鉄則中の鉄則である。(略)安倍政権の後ろ向きに前のめりになった愚政によって、日本社会は本来歩む道を見失い、踏み外そうとしている。この膨大なムダ、膨大な損失をさらに深刻化させないためにも、いまマスメディアは自らも含めた日本社会が、重大な分岐点にいることをあらためて市民社会と広く共有して、各社・各記者各様に日本の市民社会の「いま」を、縦横に多面的に描き出し、問いかけ、告発していくときである。
 
「街の弁護士日記」(岩月浩二 2014年11月23日)から。
 
株価の維持が、政権の支持率に直結する不思議な民主主義の国では、株価操作のために、とうとう国民の預託している年金資産にまで、総理大臣が手を付けた。金資産の運用変更問題は、ほとんど報じられず、総選挙のテーマにはならないようだ。連合は一応、年金資産を主として株式と外国債で運用することには反対しているようだが(略)、民主党の選挙公約になるかというと、そうはならないらしい。労組幹部も政治家もみんな株を持っているのだろう。(略)メディアが採りあげないこと、あるいは採りあげても、その取り上げ方が小さいことに、問題の本質があるという気がしてならない。(略)昨22日の朝日新聞には、GPIFの審議役・企画部長だった、玉木伸介氏へのインタビューが大きく載っていたが、年金資産運用変更自体には合理性があるとしつつ、「30兆円規模の損失が生じるかもしれません」と、政府の説明不足を批判している。金銭感覚が麻痺してしまったので、30兆円と聞いてもピンと来ないが、国の租税収入が年間40兆円台なのだから、大変な金額である。税率5%時の消費税収入でいえば、3年分の消費税に相当する。消えた年金が大問題になったのは、つい7年前、2007年の第一次安倍政権のときだ。AIJの投資資産消失が大問題になり、企業年金組合の破綻が問題になったのは、まだ3年も経たない、2012年初めのことだ。AIJをはるかに凌ぐ大規模なバクチを総理が行ったというのに、この静けさである。(略)国債の破綻が既定事項として進められているように見えてならない。国債破綻は、想像も付かない大混乱を引き起こすだろう。未曽有の国難には挙国一致で対処することになるのだろう。今回の選挙は、それを織り込み済みで、日本を解体しようとする集団が、4年間の権力を確実にしようとするものだろう。仮に今回の選挙で安倍政権が維持されるなら、民主的な装いがこらされた、選挙ができるのは、最後の機会になりそうな気がしてならない。
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