首相Aが今回の「解散・総選挙」で目論んでいるたくらみが「思想」的にゆきつくところ。その風景を辺見庸は国策映画『南京―戦線後方記録映画―』をみた感想として述べています。私はそう読みました。
 
私たちは憤らなければならないのです。「1956年には堂々とできたことが、2014年にはできない」ことについて。「敗戦後70年で、言論はいちじるしく閉じ、未来にすすんでいるのではなく、戦前、戦中にもどっている」ことについて。
 
その「戦前、戦中」に回帰させようとしているアナクロニスト、「戦後レジームからの脱却」なる呪文を唱え、「大義なき」解散までして国民を「戦前回帰」の共犯者にしたてあげようとしている「鉛のように無神経な」(「日録1-9」11月24日)ニンゲンは安倍晋三その人です。しかし、辺見によればニッポン国民もまた「鉛のように無神経な」ニンゲンです。その「鉛のように無神経な」ニンゲンをかつぎあげているのはほかならないニッポン国民なのだから。
 
首相Aは一刻も早く退陣させるほかありません。
 
辺見庸「日録1-9(2014/11/23)から。
 
国策映画『南京―戦線後方記録映画―』をみた嫌悪感がオリになって体内に沈殿し、まだときどき喉もとにわきあがってくる。わたしがもっとも怖気をふるったシーンは、戦場でも廃墟でもない。南京の戦場(というより大量殺戮現場)から、東京の皇居にむかってなされていた「遙拝」であり、戦場で「奏上」されたのりとのひびき、玉串の奉奠(ほうてん)であり、榊(サカキ)にむすばれた「四手」(しで、「紙垂」)という紙のたなびき、そのうなり声、万歳三唱の蛮声であった。「遙拝」とは、遠くはなれれた場所から神様(天皇)をはるかに、深々とおがむこと。「奏上」とはなんだ?ほかでもない、天皇に申し上げることである。この国はかつて自国民だけでなく中国や朝鮮半島のひとびとにまで「遙拝」を強いた。『中国の赤い星』を著したエドガー・スノーはニッポンの侵略と殺戮を徹底的に憎んだ。終生ニッポンを軽蔑したといってもよいだろう。日本軍を「首刈り族」とまでののしった。スノーにはニッポンにたいする生理的嫌悪さえある。そのわけは、直接には、侵略と大量殺戮にあるのはいうまでもないが、血でそめた外国の大地で、平気で神道にもとづく「神事」をとりおこなう無神経、不気味さにもあったろう、とわたしは察する。大内兵衛はかつて「天皇は開戦・敗戦の政治責任をまぬかれうるか」と設問し、否と答えた。第二に、「天皇は国民への道義的責任をまぬかれうるか」と問い、これにも、否と答えた。第三に、「アジアの民衆にたいする虐殺、捕虜虐待にかんする責任をまぬかれうるか」と問い、三たび否と答えている(「天皇の戦争責任」『中央公論』1956年6月号)。いま、どんな新聞・雑誌が「天皇の戦争責任」を問う特集を組むだろうか。組む者はだれもいないし、そのような特集を組むことは100パーセント不可能である。なぜか。たいへん危険だからだ。極右と「影の組織」がまちがいなくうごく。ひとが殺されるかもしれない。かもしれないではない。その公算きわめて大である。1956年には堂々とできたことが、2014年にはできない。そんな社会になったのだ。敗戦後70年で、言論はいちじるしく閉じ、未来にすすんでいるのではなく、戦前、戦中にもどっているといってもよい。大内兵衛は南京大虐殺についてこう書いている。「この大虐殺が、日本軍のいかなる命令中枢から発せられたか、あるいは『軍紀の弛緩』によるものかは、今日なお疑問の部分もあるが、事実としてまったく放恣な略奪、強姦、虐殺の祝宴が大規模にくりひろげられたことは、疑いない」(集英社刊『昭和戦争文学全集』3「果てしなき中国戦線」の解説)。
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