「公安」事件に詳しい清水勉弁護士がその公安の「情報」を垂れ流すだけのメディアの頽廃と惨状を嘆いています。以下は、北大生「イスラーム国」渡航未遂家宅捜索事件に関しての毎日新聞の報道をひとつの例とした清水弁護士のメディア批判です。清水弁護士は同記事の中でメディアばかりでなく、そのメディアの取材対象となった大学教授、批評家などの口舌についてもその論理のあいまいさ、つたなさについても鋭い批判を投げかけています。また、清水弁護士の公安情報垂れ流し報道批判は秘密保護法施行批判とも強く結びついています。問題意識の強い記事です。公安の意図的、主観的な情報が無批判にテレビ・メディアなどを通じて世に出回っているだけにそうした意図的、主観的な公安情報に対抗しうるだけの(とは言っても、常識的なものです)知識を私たちは身につけておく必要があるでしょう。そういう意味で清水弁護士の毎日新聞報道批判はうってつけの資料となりえるものだと思います。以下、清水弁護士の記事は3日付けと4日付けと続きます。(以下、改行、強調は引用者)
 
萎縮、自粛、さらに迎合へ(弁護士清水勉のブログ 2014-11-03)
 
「秘密保護法が施行されると罰則規定により報道が萎縮する」という論に、わたしは、それ以前に自粛が日常化していると指摘した。が、この指摘は不十分だった。報道は権力に迎合し広報としての役割さえ果たしている、という点だ。毎日新聞は10月30日付朝刊の「クローズアップ2014」のコーナーで、「イスラム国」に渡航しようとしていた北大生に対する捜査に関連する特集記事を載せている。これが秘密保護法に反対している毎日新聞の記事なのか、と驚いた。
 
一言で言えば、この記事は、警視庁公安部の広報であって、公安捜査を牽制する視点が欠落している。権力は報道とこれを読む一般国民の批判に耐えうる仕事の仕方をしなければならない。そうでないものは、権力の暴走として批判の対象になる。それがこの記事では批判的な視点、懐疑的な視点がまったくないのだ。記事の見出しは「北大生渡航計画」「イスラム国広がる勧誘網」「元教授、「移民」と仲介」「アルカイダの手法活用」「数ヶ月かけ洗脳も」。これだけ見ると、日本にも「イスラム国」勧誘網が及んでいるかのような印象を与え、そのことが記事に書かれているかのような印象を与える。ところが、記事にはそんなことは書かれていない。
 
記事はリード部分で、北大生の家宅捜索事件が≪イスラム国とのつながりが国内にも存在することを初めてクローズアップさせた。≫と断言している。ここでのキーワードは≪つながり≫なのだが、なにをもって≪つながり≫というのか。神田の古書店の店主(東大出身の30代男性)が「勤務地 シリア」と書いた求人広告を出し、これをみて関心をもった北大生に中田孝(ママ)・元同志社大学教授を」紹介し、同教授が「イスラム国」を取材したことがある常岡浩介氏を紹介した。常岡氏が北大生に会い、「イスラム国」に行くのなら同行取材をする」と申し出て、一緒に渡航することになった。これが≪つながり≫?
 
記事によれば、中田氏が知り合いのイスラム国幹部に「移民として日本人が行く」と伝え、幹部からも内諾も得ていた、とあるが、「移民」てなんだ。「戦士」ではないのか。「移民=戦士」なのか。中田氏は毎日新聞の取材に、「現地でイスラムについて学び、日本とイスラム国の架け橋になってほしいと思った」と答えたとある。「現地でイスラムについて学」んで「日本とイスラム国の架け橋にな」るのでは、まるで文化交流だ。「戦士」として戦闘に参加してすぐにでも死ぬというイメージがまったくない。中田氏は、他人(北大生)の言っていることや気持ちを理解しているのだろうか、大いに疑問だ。取材していてそういう疑問は湧かなかったのだろうか。
 
記事によれば、「公安部は、渡航計画は就職活動の失敗など現状への不満が引き金になったとみている」とある。これはよく報道されていることだが、そんなことでシリア行きを若者が決意するなら、日本の10代、20代、さらには安定した職に就けない30代、40代だって大挙、シリア行きを決意したっていいはずだ。最近の統計報道で、「また生まれてくるとすれば日本がいい」という人がかなりの割合(7割くらい?)だった。だれを対象とした調査かにもよるし、母数がどれくらいかにもよるが、実態からそれほど掛け離れてはいないだろう。だとすれば、就職活動の失敗も不安定雇用もイスラム国へ向かう動機にはならない。少なくとも主要な動機にはなり得ない。公安部の分析能力の欠落ぶりには呆れるが、分析になっていない指摘をそのまま記事にしてしまうマスコミに呆れる。
 
北大生がこのように考えているのだとすれば、中田氏のいう「現地でイスラムについて学び、日本とイスラム国の架け橋にな」るなんてことはあり得ない。記者は中田氏の珍回答にさらなる質問をしない。質問をしたら、もっと変な回答をしたのかもしれない。だったらそれを記事として書くべきだ。≪つながり≫という以上は、≪つながり≫の両端がしっかり繋がっていなければならない。記事では、中田氏が知り合いのイスラム国幹部に「移民として日本人が行く」と伝え、内諾を得ていた、とあるだけ。まるで文化交流のようなつもりで来る日本人を受け入れるなんて、相手は言ったのか。言ったのであれば、北大生が渡航を止めてしまったとき、中田氏は知り合いの幹部のどのような連絡を取ったのか。知り合いの幹部からどうなっているのかという連絡はあったのか。この点も記事には書かれていない。このやりとりがないのだとすれば、遡ってそもそも連絡を取っていたのかさえ疑問だ。記事はなにをもって≪つながり≫と言いたかったのか、さっぱりわからない。
 
でも、なんとなくわかる。そう思う人がいるかもしれない。しかし、それはダメなのだ。記者が単なる日本の世相の一断面として取材をしているのならともかく、この記事は警視庁公安部が、北大生や古書店店主、中田氏、常岡氏について私戦予備・陰謀罪が成立する可能性があるとして犯罪捜査をしているというものだ。だから、私戦予備・陰謀罪の条文に該当する行為が行われていたかどうかが慎重に判断されなければならないのだ。
 
読者には、ふだん聞き慣れない犯罪類型の解説をしっかりする必要がある。記事では私戦予備・陰謀罪について解説している。この部分は恣意的にならないように、刑法の解説書を引用するか、これをもとにわかりやすく書くか、専門家に説明してもらうかが必要だが、記事では、それをやっていない。記事では「政府の意思と無関係に個人が外国と戦争う準備する行為」と解説している。「個人が」とあるから、たったひとりでも私戦予備・陰謀罪が成立することになる。しかし、「私的に戦闘行為をする」にも、その「予備」「陰謀」と言える行為をするにも組織性や集団性が必要だ。これはこの条文解釈として常識だ。これまで我が国で、戦前戦後を通じて1度も適用されたことがないのはそのためだ。明治時代につくられた刑法の条文を現代用語に書き換える作業のときに、この条文を削除してはどうかという議論があったほどだ。
 
記事の解説では、私戦予備・陰謀が処罰対象として規定されている理由について驚くべき説明をしている。≪憲法で「戦争の放棄」をうたう日本にとって、私戦は戦争の引き金になりかねないと判断したためとされる。≫「される」って、だれの説明? 「戦争の放棄」を規定しているのは1946年5月に施行された現行憲法だ。しかし、私戦予備・陰謀罪が刑法に規定されたのは明治時代。現行憲法が戦争放棄を規定することを知らない時代に作られた法律だ。やれやれ、な解説だ。
 
条文の解釈をちゃんと検討していないのは、記者だけではない。≪捜査幹部は「私戦予備なんて罪名は適用した記憶がないから法務省と相談して詰めようと考えていたが、出国の情報を聞いて慌てて捜索した」と明かす。≫条文解釈の検討をしていないのだ!日常的に発生している類型的な事件ならともかく、初めて適用しようという条文について条文解釈の検討確認をしないままの「捜査」は暴走というほかない
 
条文解釈をいい加減にしておいて捜査をしているのは、刑事ドラマに出て来るような刑事部ではない。警視庁公安部だ。公安部は刑事部と異なり、通常、犯罪捜査をしていない。むしろ、犯罪にならない情報を収集する内定を仕事としていて、犯罪として検挙することをしない。刑事は捜査を開始するとき、捜索差押許可状がとれるか、逮捕状がとれるか、起訴できるか、有罪に持ち込めるかまでを考える。条文解釈をまちがえていれば、検察も裁判所も弁護人も相手にしない。だから、条文解釈には細心の注意を払う。これに対して、公安部はそもそも内定対象者にわからないように情報収集するようなことをしているから、裁判官にも、検察官にも、弁護人にも突っ込まれることがない。組織内の了解さえ得られれば何でもできる。両者では、刑罰法規の解釈に対する厳しさがまったくちがうのだ。
 
だから、≪私戦予備なんて罪名は適用した記憶がない≫くせに、≪法務省と相談して詰めようと考えていたが、出国の情報を聞いて慌てて捜索した≫と、見切り発車したことを平然と説明する。「そんなことでいいんですか?」と、記者は質問しない
 
そういう公安部に刑事部のような捜査能力があるはずがない。刑事部の刑事に協力を得れば刑事らは手伝ってくれるだろうが、そうなると、刑事部は公安部の内情を知ってしまうし、捜査であれば刑事部の主導でやらせろ、となる。それでは公安部は自分たちの思い通りの「捜査」(集めたい情報を集める)ができない。公安部の内情(実力の程)がバレるし、やりたい「捜査」ができないでは意味がない。だから、公安部が刑事部に捜査の協力を要請しない。
 
刑事警察だったらこんな捜査をするだろうか。サツ周りで刑事警察に精通しているマスコミ(記者)にはそういう視点でこの捜査を取材し報道してほしい。こんな疑問だらけの情報を無批判に垂れ流すのは、公安警察という権力への迎合そのものにほかならない。そのようなマスコミは秘密保護法による処罰を恐れる必要は無い。すでに権力側に立っているのだから
 
「クローズアップ2014」の続き(弁護士清水勉のブログ 2014-11-04)
 
毎日新聞記事(平成26年10月30日朝刊)にはフリージャーナリストの常岡浩介氏、「中東情勢に詳しい」東大准教授の池田恵(ママ)氏、軍事ジャーナリストの黒井文太郎氏のコメントが並んでいるのだが・・・。
 
北大生に会って話した常岡氏は、北大生の行動の動機は単なる死に場所探しに過ぎなかった、北大生は中東に特別の関心はなかったという。記事によれば、公安部は、「渡航計画は就職活動の失敗など現状への不満が引き金になったとみている」とのこと。こんなものは「イスラム国」には関係ないし、私戦予備・陰謀罪の動機になるはずがない
 
黒井氏のコメントも、「奴隷制の肯定などで非難を浴びるイスラム国に加わろうとする若者が続出するとは考えにくい」。私もそう思う。日本で生まれ育ってきた、日本の若者(男性)が奴隷制を肯定する「イスラム国」へ戦闘員として大挙して出向くはずがない
 
これに対して、池田(同)准教授は、「日本の社会になじめない若者が自分の属する社会を全否定するため、イスラム国のような過激派組織に参加する可能性は今後も否定できない」というのだが、北大生の行動からそんな評価ができるだろうか。
 
池田(同)准教授のコメントはきわめて抽象的だ。「日本の社会になじめない」とはどういうことだ。周りの人に馴染めないと思うことなんて、だれにだってある。別に珍しいことではない。「日本の社会」なんていう大きな枠で自分の存在を考えている「若者」がどれだけいるというのかそういう「若者」は「イスラム国」だったら馴染めるのか日本の社会になじめないからって、それは日本の社会を全否定することにはならない。「今後も」とあるが、北大生の渡航目的がそもそも自殺願望に基づく死に場所探しでしかなかった。自暴自棄になって自殺願望に取り付かれた日本人が大挙して「イスラム国」をめざすなんてあり得ない。もっとも、池田(同)准教授は「可能性は」「否定できない」と言っているだけだから、「ゼロではないのではないか」と言っているだけなのかもしれない。それだったら、世の中で起こる大抵のことの可能性はゼロではない。そんな指摘をしても何の意味もない
 
「アルカイダの手法活用」「数ヶ月かけ洗脳も」という見出しの記事があるが、これを読むと、北大生はますます「イスラム国」から遠ざかる。記事によると、「サウジアラビアでは過激派がモスクで十数人を勧誘し、数ヶ月にわたる勉強会を開いて洗脳後、戦地に送った例がある」とのことだが、就職活動に失敗して自殺願望に取り付かれている北大生にもこの洗脳教育が行われるのだろうか。戦闘訓練もするだろうが、体力的気力的についていけるのだろうか。とてもそうは思えない。中田氏は北大生に「日本とイスラム国の架け橋」になってもらうことしか考えていなかったらしいから、洗脳教育のことなど念頭になかったにちがいない。それとも洗脳教育を受けて「架け橋」になってもらうつもりだったのか。記事からはわからない。
 
記事には、「イスラム国はインターネットを活用した広報戦略を展開」とあるが、「イスラム国」はインターネットを使える情報環境にあるのか。あるのなら、「イスラム国」幹部のメッセージがインターネット上にどんどん出ていいはずだが、そういうものはない。虐げられている女性たちや反「イスラム国」の人たちが発するインターネット情報もない。これらがないのは、「イスラム国」内からインターネットに接続できない環境になっているからではないか。常岡さんの話では「繋がっていない」そうだ。
 
広報戦略は「イスラム国」内から発信されているのではない。「イスラム国」の外にいる「イスラム国」シンパがやっていることだ。でなければ、多くの言語による勧誘映像の作成は不可能だ。NHKの「クローズアップ現代」でも「イスラム国」外のシンパの存在を取り上げていた。記事では「多言語で情報を発信している」と書いているが、「多言語」の中に日本語はない。記事にはこの点の指摘がない。日本語がないということはきわめて重要なことだ。「イスラム国」の幹部たちにとっても、「イスラム国」のシンパにとっても、戦闘員のリクルート先として日本(の男性)は眼中にないということだ
 
記事の「戦闘員の主要玄関口はトルコだ」という指摘に、中東調査会の高岡豊・上席研究員は、「トルコが(シリアとの)国境管理を十分行っていないことが一番の問題だ」と指摘している。世界地図を見る明らかだが、シリアとトルコは陸続きで国境を接している部分が長い。だから、ビザのあるなし以前に十分な国境管理なんてできないのではないか。
 
毎日新聞は社会面でも関連記事をトップで大きく取り上げている。が、これも??? 「トルコ経由ならばビザなしでシリア入りできること」は、簡単に確認できる情報で、特に驚くような情報ではない。記事には、中田氏は北大生がイスラム教の洗礼を受ける儀式に立ち会ったとあるが、その後、北大生はイスラム教の戒律を守って生活していたのか。「イスラム国」の戦闘員として戦い意識も高めていたのか。記事にはなにも書かれていない。記事は、警視庁公安部の捜査幹部の言葉として、「(中田氏は)イスラム国の思想に一定程度共鳴しているから、戦闘員の送り出しに協力したのだろう」と書き、、続けて「公安部は中田氏が戦闘員のあっせんに積極的に関わっていたとみて捜査している。」として記事を結んでいる。
 
しかし、公安部の捜査幹部の言っている内容は支離滅裂だ。記者が中田氏からとったコメントは、「日本とイスラム国の架け橋になってほしいと思った」である。「戦闘員の送り出し」が「日本とイスラム国の架け橋」になるのか。「(中田氏は)イスラム国の思想に一定程度共鳴している」とあるが、「一定程度の共鳴」とはなにか。中田氏の言っていることも、公安部捜査幹部の言っていることも、意味不明だ。それでも、記事は「公安部は中田氏が戦闘員のあっせんに積極的に関わっていたとみて捜査している。」と、公安部の「捜査」に全く疑問を示さないどころか、完全な旗振り役になっている
 
特定秘密保護法の「特定秘密」に特定有害活動(別表3号)とテロリズム(別表4号は、1985年の国家秘密法案にさえなかった。それを特定秘密保護法で実現させたのは公安だ。)特定秘密保護法に強く反対しているはずの毎日新聞(現に同じ日の別のページで青島顕記者が特定秘密保護法のニュース解説「秘密隠し懸念置き去り」を書いている。)がこういう記事を大々的に書いていいのか警視庁公安部の今回の「捜査」に関するかぎり、毎日新聞は権力監視どころか、権力の暴走のお先棒担ぎになっている。マスコミがこんな「捜査」を応援してしまうようでは、日本の公安の実力は下がる一方だ。公安の活動は、検察、裁判所、弁護士に日常的にチェックされることがないだけに、表に出たときの仕事ぶりは厳しくチェックする必要がある。
 
附:以下、資料としてくだんの毎日新聞記事も引用しておきます。
 
 
イスラム過激派組織「イスラム国」の戦闘員になるためシリアへの渡航を計画したとして、警視庁公安部が北海道大学の男子学生(26)=休学中=の関係先を私戦予備及び陰謀容疑で家宅捜索した事件は、イスラム国とのつながりが国内にも存在することを初めてクローズアップさせた。約3万人の戦闘員のうち半数を外国人が占めるイスラム国。その存在が各国の若者を引きつけるのはなぜなのか。
 
「シリアへの渡航を促す求人がある」
 
捜査が動き出すきっかけは今年5月、東京・桜田門の警視庁本部に寄せられた一通の投書だった。
 
そのひと月前。大学生は東京・秋葉原の古書店で「勤務地 シリア」などと書かれた求人広告を目にしていた。張ったのは、同店運営会社の役員で、東京大在学中は戦史研究サークルに所属していたとされる30代の男性。張り紙の存在はインターネット上でも話題になっていた。
 
学生は7月には上京、東京都杉並区の一軒家でこの男性ら3人との共同生活を始める。男性は、周囲に「学生に渡航資金として十数万円を貸したが、イスラム国に特別関心があったわけではない」と話したとされるが、一方で同月、イスラム法学が専門で旧知の元同志社大教授・中田考(こう)氏(54)に学生を紹介していた。
 
渡航計画はここから現実味を帯びる。それが、公安部が中田氏を「事件のキーマン」とみるゆえんだ。
 
中田氏はイスラム教への信仰が厚く、アラビア語も堪能。聖典「コーラン」の邦訳本を出版するなど日本を代表するイスラム研究者として知られ、その幅広い人脈からイスラム国の支配地域を複数回訪れたこともあるという人物だ。
 
イスラム国に加わる際に不可欠なイスラム教入信を学生に勧め、知り合いのイスラム国幹部には「移民として日本人が行く」と伝え、幹部から内諾も得ていた。中田氏は毎日新聞の取材に「渡航希望の若者を応援したくて学生をあっせんしただけ。現地でイスラムについて学び、日本とイスラム国の懸け橋になってほしいとも思った」と説明する。
 
そして中田氏は8月、「水先案内人」として、現地に詳しいフリージャーナリストの常岡浩介氏(45)に学生をつないだ。同行取材を約束した常岡氏が航空券を手配し、8月11日に一緒に渡航することになっていたが、学生の知人の反対で中止に。改めて10月7日に渡航しようとした矢先の強制捜査だった。
 
捜査幹部は「私戦予備なんて罪名は適用した記憶がないから法務省と相談して詰めようと考えていたが、出国の情報を聞いて慌てて捜索した」と明かす。
 
常岡氏によると、学生は「生きていても1、2年の間にたぶん自殺する。戦場で死ぬか日本で死ぬかが違うだけ」と話していたといい、中東に特別の関心はなかったという。公安部は、渡航計画は就職活動の失敗など現状への不満が引き金になったとみている。
 
中東情勢に詳しい池内恵・東京大准教授は「日本の社会になじめない若者が自分の属する社会を全否定するため、イスラム国のような過激派組織に参加する可能性は今後も否定できない」と指摘する。実際、古書店の張り紙に呼応したのは数人おり、その一人で軍事マニアとみられる千葉県のアルバイト男性(23)も、学生や常岡氏と渡航予定だったことが判明している。
 
一方、軍事ジャーナリストの黒井文太郎さんは「『自分探し』などの目的で戦場を目指す若者は以前からわずかにいたが、奴隷制の肯定などで非難を浴びるイスラム国に加わろうとする若者が続出するとは考えにくい」と語る。【岸達也】
 
◇アルカイダの手法活用 数カ月かけ洗脳も
 
CNNなどによると、シリアとイラクで「イスラム国」などイスラム過激派に参加している外国人戦闘員は約80カ国、約1万5000人。中東出身者が中心だが、フランス(930人)など欧米のほか、アジアからの参加者がいる。
 
「(国際テロ組織)アルカイダが使っていた、戦闘員を勧誘するネットワークをイスラム国が使っている」。中東調査会の高岡豊・上席研究員はこう指摘する。世界各地にいるイスラム過激派の勧誘員はモスク(イスラム礼拝所)などで活動する。サウジアラビアでは過激派がモスクで十数人を勧誘し、数カ月にわたる勉強会を開いて洗脳後、戦地に送った例がある。欧米ではイスラム教徒移民の2、3世らがターゲットになる。成功すると別のグループが飛行機を手配し、現地に送る。戦闘で死亡した場合は親に連絡する担当者もいる。
 
イスラム国はインターネットを活用した広報戦略を展開。アラビア語でしか情報発信していなかった従来のイスラム過激派とは異なり、多言語で情報を発信している。最近はイスラム国が発信する情報を拡散させる「チアリーダー」と呼ばれる複数の人物の存在が注目されている。チアリーダーは、関心を持った人とネット上でやり取りして仲介するケースもある。
 
なぜ外国人が参加するのか。複数のテロ研究者は、欧米社会への不満やイスラム教徒としての正義感を要因に挙げる。中東では、テロ実行犯が地元で英雄視されるケースも多い。イスラム国がニュースで大きく取り上げられたため、逆にイスラム国の強さに引きつけられた人や資金が一斉に流れ込む、悪循環も生まれているという。
 
一方、日本の男子学生がトルコ経由でシリアに入国を試みたように戦闘員の主要玄関口はトルコだ。高岡上席研究員は「トルコが国境管理を十分行っていないことが一番の問題だが、各国が連携して戦闘員、資金の流入を止めることが重要だ」と話す。【三木幸治】
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■ことば
◇私戦予備及び陰謀罪
 
外国に対して私的に戦闘行為をする目的で準備や計画をした場合、3カ月以上5年以下の禁錮刑が科せられる。未然防止が目的のため、自首した場合は刑を免除する。同罪を適用した強制捜査は今回の事件が初めて。政府の意思と無関係に個人が外国と戦争を準備する行為を処罰の対象としているのは、憲法で「戦争の放棄」をうたう日本にとって、私戦は戦争の引き金になりかねないと判断したためとされる。
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