今日の言葉2本。とりわけ「誰にも迷惑をかけないよう、同志社大学教授の職を辞し、日本ムスリム協会理事の地位、会員の身分も捨て、殺されても捕まっても失うものがないように家も財産も処分した」という中田考(イスラーム学者)の言葉はほんものの言葉として私の胸に沁みた。
 
同志社大学教授の内藤正典さんは「ハッサン中田考先生は、少なくとも、イスラームとはなにか、その本質に迫ることができる数少ない学者である。氏の人柄を知らぬ者は、言論の先鋭さから過激派呼ばわりする。だが氏こそ、慈悲の心とイスラーム的いい加減さを併せ持つ温厚篤実の人」(内藤正典Twitter 2014年10月6日)だという。「イスラーム的いい加減さを併せ持つ」、か。内藤さんはほんとうにハッサン中田考を尊敬しているのだな、と私は思う。
 
・中東で、日本で、いつ捕まっても、殺されてもおかしくはない。その時、誰にも迷惑をかけないよう、同志社大学教授の職を辞し、日本ムスリム協会理事の地位、会員の身分も捨て、殺されても捕まっても失うものがないように家も財産も処分した。全ては真実と信ずることを語る自由を確保するためだ。私は、イスラーム世界に対してはカリフ制の復興の義務を説くこと、日本人の同胞に対してはノイズを排して神の唯一性の精髄を伝えること、という2つの使命を自分に課してきた。しかしクルアーン古典注釈の翻訳とナーブルスィーの紹介を終えた時点で私の日本での仕事は終わったと思った。そこで私は、イスラーム世界にカリフ制再興の義務を伝えることに専念することに決めた。まだ「アラブの春」が起きる前だ。カリフ制再興を唱えることは、中東の反イスラーム独裁政権だけでなく、人道に敵対する領域国民国家システム全体に「ノー」と言うことだ。イスラームの教えを正しく実践するために闘っていた私の友人たちは皆、中東の反イスラーム独裁政権に弾圧され投獄され、メディアの言論は封殺され、彼らの声を伝える者はいなかった。だからイスラームに関する言論の自由の自由がある日本に住む私には真実を伝える義務がある。私はそう思った。(中田考@HASSANKONAKATA 「内藤正典Twitter」2014年10月6日から)
 
・札幌市で長い歴史を誇る北星学園大学は、キリスト教に基づく人格教育を掲げる。養成しようとするのは、「異質なものを重んじ、内外のあらゆる人を隣人と見る開かれた人間」だ。基本理念に記されている。他者への寛容と自由な交わりは、社会の風通しのよさを保つために欠かせない条件だろう。学園はまた、戦後50年の節目の1995年に「平和宣言」を出した。「あらためて平和をつくり出すことの大切さと、人権を尊ぶ教育の重要さを思います」とうたっている。この大学を応援する会が、きのう発足した。「負けるな北星!の会」という。作家の池澤夏樹さんや森村誠一さん、政治学者の山口二郎さん、思想家の内田樹さんらが呼びかけた。元自民党幹事長の野中広務さんらも賛同人に名を連ねる。大学を爆破する、学生に危害を加えるといった卑劣な脅迫にさらされているからである。慰安婦報道に関わっていた元朝日新聞記者が非常勤講師を務めていることを問題視され、辞めさせるよう要求されている。過去の報道の誤りに対する批判に本紙は真摯に耳を傾ける。しかし、報道と関係のない大学を暴力で屈服させようとする行為は許されない。このさい思想信条や立場を超え、学問や表現の自由、大学の自治を守ろうという識者らの呼びかけは力強い。「異質なものを重んじ……」という精神を忘れるわけにはいかない。気に入らない他者の自由を損ねる動きが広がる。放っておけば、社会のどこにも自由はなくなる(朝日新聞「天声人語」2014年10月7日
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