本ブログの「今日の言葉」の2014年9月8日から同年9月27日にかけての記録です。

アフリカの朝、または夜、または昼

【今日の言葉:冒頭】
08日:水島朝穂 2014年9月8日16年前、私は(略)名護市二見以北にある
09日:毎日新聞 「見つけてくださるのを待っていました」。2012年に「最
11日:朝日新聞 ベトナム戦争に「泥沼」という代名詞を定着させたのは、
12日:藤原新也 昨日の朝日の記者会見について触れてみる。今回の記
13日:街の弁護士日記 朝日新聞の「誤報」に対するバッシングは、戦後、
14日:Daily JCJ 朝日新聞が、慰安婦問題と吉田調書での誤報を認め、
15日:内藤正典  欧米諸国からイスラーム国に参加する若者が多いこと
15日:日々の新聞 「だれがやっても同じだよ」あと1カ月に迫った福島県
16日:ノーベル賞経済学者クルーグマン 「日本経済は消費税10%で完全
19日:太田昌国 「死刑廃止のための大道寺幸子基金」が運営する死刑
19日:金原徹雄 朝日新聞バッシングの異様さを「異様」と感じるか感じな
20日:東京新聞 東京都渋谷区の議会運営委員会は十九日、本会議で
20日:想田和弘 もうこれは完全に議会の自殺、民主主義の否定ですね。
22日:天声人語 秋風が吹いて永田町の夏休みが終わる。月末から臨時
22日:朝日新聞「声」 大義も正義もなかった米国のイラクへの侵攻が、
24日:内藤正典 アメリカの新たなターゲットは、ホラーサーン(Horasan)。
26日:想田和弘 辞任すべきですよ、絶対。→山谷えり子大臣ポロリ 「在
27日:天声人語 老子、孔子といった古代中国の大賢を彷彿とさせる見事

・16年前、私は(略)名護市二見以北にある名護学院を訪れていた。そのことを、『沖縄タイムス』1998年5月3日付の文化欄に「
地方自治の可能性――沖縄から見える憲法」と題して書いた。出だしはこうだ。「長いスロープを上がると、重症者病棟だった。木々が絡むフェンスの間から、キャンプ・シュワブが見渡せる。名護市瀬嵩の知的障害者施設・名護学院。市民投票に向けて、職員たちは「障害者にも知る権利がある」と、手作りの紙芝居を作り、海上ヘリ基地問題を伝える努力をした。…」1997年12月、辺野古の基地移設をめぐる名護市住民投票の際、この名護学院の障害者の方々も投票に参加した。それを可能にしたのは、崎浜さんをはじめとする職員の方々の工夫と努力だった。(略)学生たちが崎浜さんにインタビューする場に同席したが、お話をうかがっていて、本当にこの間、普天間基地の移設という国の方針に、この地域が翻弄され続けてきたことを感じた。17年前にすでに、名護の市民は、名護学院の障害者の方たちを含めて住民投票に参加し、基地受け入れに「ノー」を言ったのである。にもかかわらず、歴代政府は、地元の「ご理解」を得るために「丁寧にご説明」を続けている。嘘で塗り固めた「抑止力」論に基づく新基地押し付けはもうやめにすべきである。だが、安倍政権は8月14日、辺野古の美しい海でボーリング調査を始めた。(略)こうして、お盆休みの14日に強権的な行為が始まったのである。「8月14日という日付を、抗議の意思を込めて胸に刻んでおきたい。「取り返しのつかない愚行」と「理不尽な蛮行」の始まった日として」。『沖縄タイムス』8月15日付社説はこう書き出す。(略)完成すれば、米軍に排他的管理権が付与され、基地の自由使用が認められる。半世紀以上続く、日米安保条約6条に基づく「全土基地方式」の理不尽、不条理がここに集中的に表現されている。この国は、国家主権の深部が侵害されていることに、そろそろ気づくべきであろう。(水島朝穂「今週の直言」2014年9月8日

・「見つけてくださるのを待っていました」。2012年に「
最後の人 詩人高群逸枝」が刊行された時の石牟礼道子 さん(87)の談話だ。1968年から約10年かけて書いた「最後の人?」は30年余り単行本になる機会がなかった。「苦海浄土」の未発表原稿の発見は、喜びよりも驚きの方が強かったようだ。いったん手放した原稿は自然の流れに任せるのが石牟礼流。原稿は放っておけば散逸してしまう。そうはさせじと日本近代史家の渡辺京二さん(84)は石牟礼さんの資料整理を長年続けている。見つかった原稿は、渡辺さん編集の雑誌に載るはずが、終刊で日の目を見なかった“幻の苦海浄土”である。患者支援や新作執筆に忙殺され、石牟礼さんも渡辺さんも原稿の存在を忘れてしまっていた。実物を拝見すると、赤ペンの書き込みがかなりあった。活版印刷の時代、編集者は字の大きさや改行などを赤ペンで指示する。赤ペンは印刷所入り寸前を意味するのだ。滑走路に出たものの、離陸することのなかった飛行機のようである。機体を点検し直し、大空に舞い上がる日を待ちたい(引用者注:作家の石牟礼道子については「安倍晋三は『水俣病を克服した』と宣言し、その直後に天皇夫妻が熊本を訪問して患者達を『慰労』した。この天皇夫妻訪問に加担 したのが他ならぬ石牟礼道子だった(略)この人物は元々東京のチッソ本社へ抗議に行った際、二重橋にも行って『天皇陛下万歳』を叫んでしまうような者だった。天皇に対してどこまでも「退く! 媚びる! 省みる!」姿勢であり、天皇の御威光にすがって問題の解決を目指した所が石牟礼の限界だったのだろう」という批判批判もあることもご紹介しておきます)。(毎日新聞 2014年09月09日
 
ベトナム戦争に「泥沼」という代名詞を定着させたのは、米国の著名なジャーナリスト、ハルバースタム氏(故人)の著作とされる。日本語版は『ベトナムの泥沼から』のタイトルで知られる。アメリカは、深い泥沼の記憶に敏感だ。世界を揺さぶった9・11テロから、きょうで13年になる。テロの直後にアフガニスタン戦争に踏み切ると、米政府関係者から「泥沼」の言葉が聞こえだした。不安は当たり、「負けなければ勝ち」のゲリラ勢力を相手に、米軍はいまも完全撤退できていない。続くイラク戦争は、11年たっていっそう深刻な泥沼と化した。曲折をへて現れた過激派「イスラム国」は、社会に不満を抱く欧米の若者らも吸い寄せて、不気味に膨らむ気配をみせているマルコ・ポーロの『東方見聞録』に出てくるペルシャの「山の老人」は、大麻で若者を手なずけて、暗殺集団を操った。時は流れて、イスラム国に集まる欧米の若者の動機は、格差や貧困、差別への怒りだという。失望が彼らを武闘に駆りたてる。「あれから世界はウニのようにとげとげしくなるばかりです」。9・11テロから6年後、ある日本人遺族の言葉を小欄で紹介した。その後の世界はいよいよキナ臭い。武力で解決できることの限界を「対テロ戦争」は暗示する。残忍が際だつイスラム国は、米国が開けたパンドラの箱から出た大きな災いといえる。米は空爆に踏み切ったが、根絶への出口は見えていない。国際社会にとっての深刻な泥沼である。(朝日新聞 2014年9月11日
 
・朝日新聞の「誤報」に対するバッシングは、戦後、言論機関(朝日新聞がそう呼ぶに値するかどうかは別として)に対するものとして、かつて例をみない特異な事件に発展した。
沖縄密約を暴いた西山太吉記者は女性スキャンダルにすり替えられた人格破壊によって記者生命を絶たれた。(略)朝日新聞「誤報」事件も、人格破壊の域に達した。(略)朝日新聞「誤報」事件は、確実に後世の歴史に残る。「誤報」としてではなく、「暗黒の言論統制」の時代の幕開けとして、だ。(略)なぜそうした「誤報」が起きたのか。根本的な原因は、情報が「秘密」だからだ。(略)吉田調書問題を見ればわかりやすいだろうが、「秘密」とされなければ、「誤報」も起こらなかったのだ。一連の聴取結果が、国民共有の財産として公開とされ、教訓をくみ取るべく活発な議論がなされれば、このような問題は起きなかったし、議論の対象や内容も自ずから違ったものとなったはずだ。吉田調書について、朝日新聞自身が裏付け取材が不十分であったとしている。そもそも「秘密情報」について、裏付け取材を十分に行うなどということが可能なのか。十分な裏付け資料がなければ報道してはならないとすれば、今後、「秘密情報」に関わる報道はできなくなる。事実上、「秘密情報」に関わる報道は存在しなくなるだろう。12月には秘密保護法が施行される。政府は、取材、報道の自由を侵害しないというが、今回の事件で、報道のハードルは一挙に上がった。十分な裏付け取材もなく、報道すれば、即、刑事処分が待っている。誤報の後の対応が重要だ等という話では断じてない。そして、「秘密」について、十分な裏付け取材を行うのは不可能だ。朝日新聞は、全言論界に、秘密保護法の威力を見せつけるための、生け贄とされたのだ。メディアは、益々、政府公認情報しか流さなくなる。われわれは、そうした時代に入る。それを覚悟して朝日新聞「誤報」騒動を見る必要がある。(「街の弁護士日記」2014年9月13日

・昨日の
朝日の記者会見について触れてみる。今回の記者会見は吉田調書に関する誤報の謝罪会見であり、付録のように従軍慰安婦問題も取り上げられていた。この従軍慰安婦問題に絡んで同紙にエッセイの連載をしていた池上彰氏の原稿が掲載拒否に合い、その後社内からも批判が続出し、後に一転掲載となったわけだが、この池上彰氏の当エッセイを読んでみると、ただ「従軍慰安婦問題で朝日は誤報を出したのだから謝罪をすべきだ」という別に掲載拒否に合うほどのきわどいことを書いているわけでもなく、大それたものでもない。先に朝日は従軍慰安婦問題誤報を自ら取り上げ、その検証を行い、社説でも謝罪の意を表しているが、思うに朝日には昨今の時代への見誤りがあるように私は感じた。311以降、この日本では極端な左右の対立構造が生まれ、いかなる正論もその対立構造の騒音の中でかき消されてしまう時代になりつつあるのである。つまりこの問題が偏狂な炎上に曝されることは目に見えていたということだ。今回の吉田調書誤報問題にしてもすでに極右と言って過言ではないと言える官邸が吉田調書を内密に読売、サンケイに流し、朝日糾弾のキャンペーンを張った結果の官邸+読売+サンケイ極右タッグによる朝日潰し事件であり、従軍慰安婦問題においても同様の朝日潰しの意図的な官邸と読売、サンケイの内通がある。(略)そうは言うものの、百歩譲って今回朝日のトップが記者会見を開き、マスメディアとしての最低の矜持を見せたことは一定の評価を与えられるべきだろうと私は思っている。というのは311以降、阿倍政権をはじめとしてあらゆる体制が自からの非を認めない、ごり押しと居座りの風土の蔓延する社会になっているからである。当然今回朝日攻撃をした読売にしても誤報は日常茶飯事であるが、それに対する対応は微塵もない。(藤原新也「Shinya talk」2014/09/12
 
・朝日新聞が、
慰安婦問題吉田調書での誤報を認め、取り消しと謝罪をして以降、「朝日」バッシングは勢いを増す。読売産経の2紙や出版社系の週刊誌4誌のエスカレートぶりは異常だ。ある記事は元担当記者の周辺や家族まで追い、生活を脅かす人権侵害ともいえる内容だ。ネット上では「朝日の報道で国益を損じた以上、国は損害賠償の請求を」とまで書かれる。自民党の女性政治家は「慰安婦問題は虚偽だ」と発言し、「慰安婦」被害という戦争犯罪にあたる歴史的事実まで否定しようとする。保守陣営のメンバーは、朝日新聞に広告を掲載した企業や「慰安婦問題」解決をめざす民主団体・組織に脅しと思える電話をかけている。<嫌韓憎中>のナショナリズムに裏打ちされ、かつ安倍政権の右派的政治姿勢に煽られて、歯向かうものには、いくら叩いても安心という風潮が蔓延している。慰安婦問題や原発事故の本質解明はそっちのけ「時の権力」への監視と批判も視野にない。しかも、この機に乗じて「売らんかな」商法がはびこる。読売・産経の2紙は、「朝日」たたきの大見出しをつけた宣伝「PR版」を各戸に配布し、新聞拡販に躍起とくるから始末に負えない。(Daily JCJ「今週の風考計」2014年09月14日

・欧米諸国からイスラーム国に参加する若者が多いことをアイデンティティの危機ととらえるのは間違っているのではないか。20年以上も前から、ヨーロッパ社会では、移民の若者達が母国の
イスラーム文化ヨーロッパ文化の狭間でアイデンティティを喪失するという言説が支配的だった。だが、それは彼らを異質な存在として 異化しようとするヨーロッパ社会の身勝手な想像に過ぎない。彼らは確かにヨーロッパ社会に違和感を覚えていたし、母国の文化からも切り離されていった。だが、その上でイスラームする生き方を選択したにすぎない。それをアイデンティティの危機ととらえるのはヨーロッパ側の自由だが、本人達はそこに生きる糧を見いだした。それが欧米諸国の価値観に合わないものであったとしても。彼らを断罪するならすればよい。だがそれを続けたとしても、イスラームと西欧との間の溝を埋めることはできない。(略)イスラーム国の暴力も、欧米による度重なる暴力(アフガニスタン、イラク)や国際社会による無辜の民の虐殺(シリア、ガザ)の黙殺も、同じく人道に対する罪なのである。イスラームは現在も生きる法の体系を持つ。純粋にイスラームに惹かれると、イスラームの法体系に身を委ねることになる。イスラーム国が、法に反した行為をするなら自ら崩壊する。そうでなければ、彼らは決して滅びないし、一層、強大化する。それを軍事力で潰そうとしても無駄である。(略)アメリカを始め有志連合がイスラーム国潰しに武力行使を決めた。イスラーム国によって迫害されたヤズィーディやアッシリア教会のマイノリティを助けるのなら、なぜ、イラク政府がやらないのだ?(略)保護責任はイラク政府にある。ジャーナリストやNGO活動家を斬殺する行為は許し難い蛮行である。だが蛮行に怒る国際社会は、なぜ、ガザのジェノサイドには武力行使で対抗しない?この数年、国際社会から見捨てられた途方もない数のムスリムの死が、今日、イスラーム国に馳せ参じる若者を量産したのである。それを「アイデンティティの危機が原因」などと、高みの見物のごとく、ムスリム移民の若者を見下ろしてきたヨーロッパ社会は、ムスリムの信徒社会が、民族や国境を越えて、水平的共同体意識を持っていることを軽視したな。 (内藤正典Twitter JST2014年9月15日

・「だれがやっても同じだよ」あと1カ月に迫った
福島県知事選の取材で、何人かの人にこう言われた。選挙そのものに冷ややかなのか、政治に対するあきらめなのか。決して関心がないわけではないが「盛り上がらないね」とも言う。その口調は淡々としていて、なにか他人事のようだった。佐藤雄平知事(66)がのらりくらりと態度を明らかにせず、やっと出ないことを表明したのが4日。(略)佐藤知事の引き延ばしには思惑があった。後継の本命で、「勝てる候補者」と目される、内堀雅雄副知事(50)に自民と民主が相乗りして一本化し、「復興のために与野党協力」との方向性を見せる。そうすれば、どちらも負けなくてすむ。まさに出来レース。そこに 県民の姿はなく、あるのは自分たちの都合であり保身だけだ。震災から3年半が過ぎた。いまだに福島第一原発には問題が山積し、県民は放射能の恐怖を振り払うことができない。仮設住宅は存在し、海岸線は雑草が生い茂っていて荒れたまま。手をつけられない場所もあちこちにある。それを見るたびに住民の気持ちは萎え、自然とため息が出る。そして空虚な思いが募る。地権者の了解もとらず、国のごり押しを県が勝手に受け入れた中間貯蔵施設。にもかかわらず、知事は「復興の道筋が立った」と言い放って、勇退の花道にした。しかもその後継者は自らがほとんど実務を任せていた、官僚出身の副知事。「プルサーマルを容認し、SPEEDIのデータを出さずに県民に無用な被曝を強いてしまったのはどこのだれなのか」と言いたい。(略)この3年半に起こったことを思い出しながらきちんと目を開け、流されずに選挙と向き合わなければならない。いま必要なのは、理不尽な要求に屈せず、県民とともに闘う気概を持った知事だろう。この選挙はだれのものでもない。自分たちのものなのだ。(日々の新聞 2014年9月15日

・私はこれまで
安倍晋三政権によるアベノミクスを支持してきました。金融と財政の両面から経済を刺激するというアベノミクスの戦略は、これまでどこの先進国も実行したことがない「経済実験」でした。これを批判的に見る専門家もたくさんいましたが、私は必ず奏功すると主張してきました。実際、アベノミクスが実行に移されてから、株価も上昇し、景気も回復基調に入ろうとしていました。しかし、私はここへきて、安倍政権の経済政策に懐疑心を持ち始めています。というのも、安倍政権はこの4月に消費税を5%から8%に増税し、さらに来年にはこれを10%に増税することすら示唆しているからです。消費増税は、日本経済にとっていま最もやってはいけない政策です。今年4月の増税が決定するまで、私は日本経済は多くのことがうまくいっていると楽観的に見てきましたが、状況が完全に変わってしまったのです。すでに消費増税という「自己破壊的な政策を実行に移したことで、日本経済は勢いを失い始めています。このままいけば、最悪の場合、日本がデフレ時代に逆戻りするかもしれない。そんな悪夢のシナリオが現実となる可能性が出てきました。さらに、いま世界を見渡すと、先進各国の経済に多大な打撃を与える「危機の芽」が生まれる土壌ができつつあります。詳しいことは後でお話ししますが、日本がその大打撃から逃れられる保証はありません。最悪の場合、世界の危機が日本経済を壊滅的に破壊する可能性すらあるのです。安倍政権は、本当に「しでかしてしまった」というのが私の印象です。最もやってはいけない増税に手を付けたことで、日本経済はin suspense(はらはらしている状態)に陥ろうとしています。(ノーベル賞経済学者クルーグマン「日本経済は消費税10%で完全に終わります」現代ビジネス 2014年09月16日

「死刑廃止のための大道寺幸子基金」が運営する死刑囚表現展 の試みは、今年10年目を迎えた。現在、日本には130人ほどの死刑確定囚がいる。未決だが、審理のいずれかの段階で死刑判決を受けている人も十数人いる。外部との交通権を大幅に制限され、人間が生きていくうえで不可欠な〈社会性〉を制度的に剥奪されている死刑囚が、その心の奥底にあるものを、文章や絵画を通して表現する機会をつくりたい――それが、この試みを始めた私たちの初心である。死刑囚が選択する表現は、大きくふたつに分かれる。絵画と、俳句・短歌・詩・フィクション・ノンフィクション・エッセイなどの文章作品である。すぐれた文章作品は本にして刊行できる場合もあるが、絵画作品を一定の期間展示する機会は簡単にはつくれない。それでも、各地の人びとが手づくりの展示会を企画して、それぞれ少なくない反響を呼んできた。日本では、死刑制度の実態も死刑囚の存在も水面下に隠されており、いわんやそれらの人びとによる「表現」に市井の人が接する機会は、簡単には得られない。展示会に訪れる人はどこでも老若男女多様で、アンケート用紙には、その表現に接して感じた驚き・哀しみ・怖れ、罪と罰をめぐる思い、冤罪を訴える作品の迫力……などに関してさまざまな思いが書かれている。死刑制度の存否をめぐってなされる中央官庁の世論調査とは異なる位相で、人びとは落ち着いて、この制度とも死刑囚の表現とも向き合っていることが感じられる。獄中で絵画を描くには、拘置所ごとに厳しい制限が課せられている。画材を自由に使えるわけではない。用紙の大きさと種類にも制約がある。表現展の試みがなされてきたこの10年間を通して見ると、応募者はこれらの限界をさまざまな工夫を施して突破してきた。コミュニケーションの手段を大きく奪われた獄中者の思いと、外部の私たちからの批評が、〈反発〉も含めて一定の相互作用を及ぼしてきたとの手応えも感じる。外部から運営・選考に当たったり、展示会に足を運んだりする人びとが、一方的な〈観察者〉なのではない。相互に変化する過程なのだ。社会の表層を流れる過剰な情報に私たちが否応なく翻弄されているいま、目に見えぬ地下で模索されている切実な表現に接する機会にしていただきたい。(「太田昌国のブログ」2014年9月19日

・朝日新聞バッシングの異様さを「異様」と感じるか感じないかによって、ほぼその人の現在の立ち位置が正確に分かるという状況になっていますが、今日ご紹介するのは、もちろん「異様」かつ「危機的状況」と感じる識者15人によるリレートークです。緊急リレートーク「
もの言えぬ社会をつくるな-戦争をする国にしないために-」(参議院議員会館講堂)がそれで、主催したのは国会議員有志(略)福島みずほさんのブログによれば、白眞勲事務所、有田芳生事務所、神本美恵子事務所、仁比聡平事務所、福島みずほ事務所が連絡先になっていました。(略)どれもみな有益な発言で全編視聴していただきたいのですが(引用者注:各登壇者個人の個性と「個人的な体験」のみなぎった爽快感のようなものが視聴していても伝わってきました。そんなまれにみるリレートークの印象)、視聴のための目安時間も書いておきますので、参考にしてください。(略)①新崎盛吾氏(新聞労連委員長)3分05秒内田浩氏(出版労連書記次長)7分20秒海渡雄一氏(弁護士)15分50秒篠田博之氏(月刊「創」編集長)26分35秒佐高信氏(評論家)38分58秒中野晃一氏(立憲デモクラシーの会呼びかけ人、上智大学教授)47分30秒五野井郁夫氏(高千穂大学准教授)56分25秒清水雅彦氏(日本体育大学教授)1時間04分07秒渡辺美奈氏(女たちの戦争と平和資料館[wam]事務局長)1時間13分08秒北原みのり氏(ラブピースクラブ主宰)1時間26分08秒黒澤いつき氏(明日の自由を守る若手弁護士の会共同代表)1時間35分26秒伊藤和子氏(弁護士、ヒューマンライツ・ナウ事務局長)1時間41分41秒永田浩三氏(武蔵大学教授)1時間52分14秒前田朗氏(東京造形大学教授)2時間01分10秒森達也氏(映画監督)2時間10分24秒福島みずほ議員2時間18分15秒藤田高景氏(村山談話の会理事長)2時間29分08秒関千枝子氏(安倍靖国参拝違憲訴訟原告)2時間31分07秒弁護士・金原徹雄のブログ 2014年9月19日

東京都渋谷区の議会運営委員会は十九日、本会議で議案などへの賛否の意見を述べる「討論」を、議員一人当たり年 間二十分以内に制限することを決めた。こうした制限は、少なくとも東京二十三区議会では初めて。これまで時間は無制限だったため、少数会派の議員は「発言権が制限される」と反発している。議会事務局によると、六~七月の区議会定例会で、一部議員から「議題と関係なかったり、風聞や伝聞に基づく討論が行われている」などの意見が出た。区議会は今月、各会派の代表者でつくる「議場での討論のあり方検討会」を設置。議員一人あたりの討論時間を二十分とすることを議長に答申した。この日の議会運営委員会で自民、公明などの会派の賛成と、共産や民主などの反対が同数となり、最後は木村正義委員長(自民)が時間制限の導入を決定した。無所属の堀切稔仁区議は「形式的でなく、緻密な議論を重ねることこそ今の地方議会の改革に求められている。それなのに、討論の時間を短くするとは自分たち議会の存在を自ら否定するようなもの。時代に逆行している」と批判した。他の東京特別区には、討論一回当たりの制限時間を「五分」「十分」などにしている区はあるが、年間の制限時間は設けていない。江東区と中央区は、討論は委員会で行うが、本会議では行っていないという。都議会も規則などでの時間制限はしていない。広瀬克哉 法政大教授(地方自治)の話:一回あたりの時間制限なら理解できなくもないが、年間制限はそぐわない。一年間にどんな議案が出るか予測できないのだから、持ち時間を使い切ったあとに重要な議案が出たら、賛成、反対の意思を議場で表明して議事録に残すという、議員の大切な仕事ができなくなってしまう。あり得ない議会ルールだ。(東京新聞 2014年9月20日

・もうこれは完全に議会の自殺民主主義の否定ですね。ちょっと信じられない。反対派の渋谷区議は議会をボイコットすべきレベル ではないか?だってもはや民主主義ではないだろう、これでは。それとも本会議はすでに儀礼化・形骸化しすぎていて、あってもなくてもどうでもいい存在になっていたのだろうか?(
「想田和弘Twitter」2014年9月20日

・秋風が吹いて永田町の夏休みが終わる。月末から臨時国会である。憲法9条の「解釈改憲」をめぐる議論が再び熱を帯びることを望みたい。政治の世界では休眠状態になっているが、市民や識者の間では地道な取り組みが続いている。きのう、東大の「共生のための国際哲学研究センター」が催したシンポジウムをのぞいた。憲法学界の大御所、樋口陽一さんが登壇するからだ。8月に載った本紙宮城版のインタビューで語っていた。安倍首相に「憲法へのニヒリズム」を感じる、と。ニヒリズム、すなわち虚無主義。既成の価値や規範、権威などを否定し、破壊しようとする考え方を意味する。そういえば、おととしの総選挙にあたり、安倍氏は「みっともない憲法ですよ」と形容していた。取り扱い方がぞんざいになるのも当然か。シンポでは、樋口さんの指摘に触発された哲学者の國分功一郎さんが一つの見方を披露した。この政権は改憲が自己目的と化している。そこには、立憲主義という「上から」の拘束に対する反発や憎悪があるのではないか、と。急所を突く診断だと思う。政治権力に勝手をさせないために、「下から」の民主的な手続きによってもできないことを決めておく。それが立憲主義だ。数の力にものをいわせる民主主義との間には時に対立が生じる。いままさにその時だろう。確かなことは、どちらか一方だけではやっていけないということである。議論は長期戦になる。市民一人ひとりの熟慮がものをいう。(朝日新聞「天声人語」2014年9月22日
 
・大義も正義もなかった米国の
イラクへの侵攻が、今のアラブ世界の混乱を招いている要因であり、その責任は重大です。そのイラク戦争への反省や総括などもないまま、過激派組織「イスラム国」を掃討するため、イラクで空爆を開始したのには驚きました。米軍は2011年末にイラクからの撤退を完了しました。しかし、イラク戦争後、フセイン政権の崩壊に伴い顕在化した宗教・宗派や民族対立は解消されないままでした。その結果、武力衝突による犠牲者が記録的に増え続け、今でも治まる気配はありません。米国が支えるイラクの現政権は統治能力が疑問視されています。その隙間をぬって、いつの間にか「イスラム国」と称する過激派集団が国土の一部を支配するまでになったのには、それなりの支持や母体があってのことだと思います。フセイン元大統領は処刑され、国際テロ組織アルカイダの指導者オサマ・ビンラディン氏は米軍によって殺害されました。しかし、それらの人物の考え方や、支持基盤自体は壊すことは出来ず、むしろ、その反発によって新たな集団が相次いで誕生し、その活動は過激化しているのが現実です。米国の軍事力行使が、地域の安定や人々の幸福につながらなかったことは、ベトナムや、アフガニスタンの歴史を見ても明らかです。絶えず「悪者」を作り出し、国民の対立と混乱を引き起こしてきたといえます。米国はいま、イラクに加えシリアへの空爆の構えも見せていますが、問題の解決を遠ざけるだけです。(朝日新聞「声」欄 2014年9月22日
 
・アメリカの新たなターゲットは、
ホラーサーン(Horasan)。ヌスラに参加しているイスラーム主義軍事組織。米国はこの名前を隠していたが、昨日、ターゲットとして明示した。アメリカは不十分な情報と、単純な思考で、中東を破壊している。CNNを見ているが、論理の組み立てが、最初から狭い視野でなされている。イスラーム国を攻撃することで、トルコをはじめ近隣国がどのような影響を受けるかを慎重に評価できていない。(略)イスラーム国にせよ、ヌスラにせよ、ホラサンにせよ、十把ひとからげにテロリストと決め付ける姿勢も間違っている。現地は内戦のさなかにあり、彼らがテロリストならアサド政権軍も自由シリア軍もやっていることからみればテロリストなのである。イラク北部のクルド自治政府との民兵組織ペシュメルガがアメリカやフランスに武器をねだっていることについても問題提起が必要。イスラーム国と戦うなら当然というのが欧米諸国の見方だが、疑問がある。彼ら自身、イラクの分裂、近隣国に対して武装闘争をつづける組織に武器を横流しした過去がある。トルコ、アクドアン副首相。アメリカは対イスラーム国攻撃に関してトルコに協力を求めるのなら、アサド政権の退陣を含めて包括的なシナリオを示せ。そうでないと、攻撃によって近隣国に多大の影響を与えるだけ。(略)拘束フランス人の殺害映像を掲載 NHKニュース←先に空爆したのはフランス。いきなり空爆すれば、人質が殺害されることは予測できたはず。それに、フランスがイラクに介入したのは、躊躇する英国の隙をつこうという冒険主義の愚行。(略)イスラーム国の脅威が何であるのか、きちんと説明した記事が一つとしてない。少数宗派や欧米の人質への残虐行為を指しているのなら、そもそも事実の誤認や虚偽や、先に欧米が空爆したことなどが皆掻き消されている。危険な潮流に日本のメディアが乗ったな→イスラーム国問題が極悪非道のテロ集団だから何をしても良いという方向に流れると、世界を知らないままに尻馬に乗る人たちが必ず増える。 (「内藤正典Twitter」2014年9月24日

・辞任すべきですよ、絶対。→
山谷えり子大臣ポロリ 「在特会のHPを引用したまで」 英国人記者「在特会の主張は容認できないと公言して欲しいのだが?」山谷「一般論としていろんな組織についてコメントするのは適切ではない。」山谷氏が在特会を否定しないのは、否定できないから。手厚い支援を受けているのだろう。それ以外に考えにくい。→記者「在特会の主張は容認できないと公言して欲しいのだが?」山谷「一般論としていろんな組織についてコメントするのは適切ではない」詳しいやりとり。それにしても、外国人特派員にしか頼れないのかね、日本のジャーナリズムは。このくらいの詰問、日本の記者も毎日してよ。→山谷えり子大臣に「在特会」の質問集中――外国特派員協会の会見でどう答えたか?(想田和弘Twitter- 2014年9月26日JST

・老子、孔子といった古代中国の大賢を彷彿とさせる見事なひげがトレードマークだった。ノーベル賞候補ともいわれ、「人間が人間らしく生きられる経済学」を唱え続けた
宇沢弘文さんが、86歳で亡くなった。世界的な理論経済学者は、環境破壊にもの申す文明批評家としても知られた。(略)渡米して学んでいたころ、日本は高度経済成長を走っていた。統計数字を異国で誇らしく眺めていたが、帰国してがっかりする。実際の暮らしは貧しく映ったからだ。豊かさや幸せ は数値では表せないと知ることになる。「日本の狭い国土を広く使うには電車の速度を半分に落とせ」とも主張していたそうだ。二つの地域を高速で結べば途中の地域はすたれてしまう。遅くすれば途中駅も人が降りて栄え、つまりは広く使えると。効率化の逆をいく発想である。冒頭の老子に「企(つまだ)つ者は立たず」、すなわち「背伸びする者は長く立っていられない」の言葉がある。突き進む経済活動と地球環境。見続けた宇沢さんの憂慮も、同じではなかったかと思う(引用者注:宇沢さんはいま沖縄県知事選の最大の争点となっている辺野古移設問題に関連して米軍基地の問題についても次のような言葉を遺しています。「歴代の自民党政権の指導的な立場にあった政治家たちの果たした役割を明らかにし、その社会的責任を徹底的に追及することが、いま日本の置かれている悲惨な、望みのない状況を超克するためにもっとも肝要なことである。その上で、日本国民すべてが力を合わせて、沖縄の米軍基地を始め、日本国内に存在する米軍基地の全面的返還を求めて、大きな国民的運動の展開をはかるべきではないだろうか」(「沖縄の知識人はなぜ知事選で沈黙するのか」2014/09/27))。(朝日新聞「天声人語」2014年9月27日
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