キョウ みんしんとう2

Blog「みずき」:こういう政党になお期待を寄せる「野党共闘」とはなにか。私の根本的な疑念はそういうものです。ゆきつく先は戦前の社会大衆党の末路ではないか。

『戦前の無産政党は長く離合集散を繰り返していたが、1931年7月に労農党・全国大衆党・社会民衆党合同賛成派が合同し、全国労農大衆党が結成された。これがきっかけとなり、さらに1932年7月24日に全国労農大衆党と社会民衆党が合同して、社会大衆党が結成された(安部磯雄委員長・麻生久書記長)。こうして、無産政党の統一が実現した。事実上の二大政党制を担ってきた民政党と政友会に対する、いわゆる日本憲政史上初の“第3極”である。

しかし、社会大衆党は陸軍統制派・革新官僚に迎合・接近していく。親軍路線を主導したのは、麻生久を中心とする旧日本労農党系のグループであった。麻生は1934年「戦いは文化の母である」と主張する「陸軍パンフレット」を「広義国防論」(戦争協力とひきかえに国民の社会権の保障を求める主張)の観点から支持。1937年に行われた総選挙で第3党に躍進する倍増の38名当選の成果を得たが、同年の日中戦争勃発を受けて、「国体の本義」を支持する新綱領を制定。その後も軍部との関係を強化し、1940年3月には、斎藤隆夫の反軍演説による懲罰動議に対して反対の姿勢を示し欠席・棄権した党首の安部磯雄、西尾末広、片山哲、水谷長三郎、鈴木文治ら8名に対し、麻生主導で除名処分にするなど、より親軍部の立場を鮮明にした。同7月に二大政党よりも早く、先頭切って自発的解散の形をとって消滅、大政翼賛会に合流した。』(ウィキペディア『社会大衆党』)


【山中人間話目次】
・こういう政党になお期待を寄せる「野党共闘」とはなにか。私の根本的な疑念はそういうものです。ゆきつく先は戦前の社会大衆党の末路ではないか
・朝鮮(北朝鮮)の「ミサイル発射」問題に関する辺見の問いは重層的だ
・デモクラシー・ナウ!は8月29日付けで安倍政権のJアラートによる緊急避難指示について「国民が避難に駆り立てられた」という見出しを立てて暗に同政権の拙速を批判する記事を書いています
・トランプ政権の末期的症状を示すニュースです――トランプ政権:「ポジティブニュース収集担当」が辞任 - 毎日新聞
・12年前の8月9日、以下の番組が放送されました。文字どおり谷口稜曄さんの「赤い背中」は原爆を背負い続けた60年でした
キョウ きたちょうせん4

Blog「みずき」:背筋が凍る思いだ。メディアは安倍政権の広報機関化して根拠のない北朝鮮バッシングの記事を何度も何度も繰り返し垂れ流す。そして、それを恥とも思っていない。事実に基づかない報道を繰り返してなにがジャーナリズムか。私は激しい怒りにかられる。この問題について鬼原悟さん(「アリの一言」ブログ主宰者)は「恐怖」と書いていますが、いつの場合もジャーナリズムの権力への屈服と軍靴の足音は一対をなしています。まさに恐怖というほかありません。

「関西では大阪朝日新聞の不買運動が起こり、さらに憤慨した右翼団体・黒龍会の構成員七人が通行中の大阪朝日新聞社の村山龍平社長の人力車を襲撃し、村山を全裸にしたうえ電柱に縛りつけ、首に「国賊村山龍平」と書いた札をぶら下げる騒ぎまで発生した。(略)事態を重く見た大阪朝日新聞では10月15日、村山社長が退陣し、上野理一が社長となり、鳥居素川編集局長や長谷川如是閑社会部長ら編集局幹部が次々と退社。(略)12月1日には西村(天囚、編集顧問)の筆になる「本社の本領宣明」を発表し、「不偏不党」の方針を掲げた。こうして大阪朝日新聞は、発行禁止処分を...免れることになった。これは大阪朝日新聞の国家権力への屈服を象徴しており、これ以降、大阪朝日新聞の論調の急進性は影をひそめていく。」(ウィキペディア『白虹事件』)


【山中人間話目次】
・背筋が凍る思いだ。メディアは安倍政権の広報機関化して根拠のない北朝鮮バッシングの記事を何度も何度も繰り返し垂れ流す
・岩月浩二さん(弁護士、「街の弁護士日記」ブログ主宰者)も政府、メディア一体の「ミサイル狂想曲」に当然批判的です
・安倍政権のJアラートによる緊急避難指示に対するtoriiyoshikiさん(元NHK・ETVディレクター、ハーフリタイア)のツイッターによるリアルタイムな反応
・阿部治平さん(青海省青海師範大学講師など歴任)の「民進党代表選挙に望むこと」――民進党が今日国民に信頼されなくなったのは、民主党政権時代の失政に原因がある
・8月15日と言えば、安倍首相は、全国戦没者追悼式での挨拶をそそくさと済ませて、こんなところで、麻生財務大臣たちと高笑いパーティー
・辺見のいう「菩薩の目」を持った娘はおそらくもうこの世にはいないだろう。悲しみさえ超えて時は茫々としてすぎてゆく
キョウ うすいよしみ2

Blog「みずき」:これもいまの社会の絶望的状況のひとつの様相である。誰がこうした絶望的状況をつくったか。臼井吉見(文芸評論家)は1964年に次のように書いている。

『十九年かかって、モトノモクアミに仕立ててしまったということ、これをすべて反動勢力のしわざにしてしまうわけにはいくまい。その勢力がものを言ったことを疑うものではないが、責任はむしろ革新勢力にあるのではないかと思われてならない。浮き足だって突っ走り、自分の金切り声に自分で酔い、口を開けば、ソレ戦争にナル、ヤレ戦争につながるの一点ばり、そのすべてが逆用されたといえば、言い過ぎであろうか。』(臼井吉見「戦没者追悼式の表情」)

臼井の1964年の観察はいま、2017年の観察のようである。

というよりも、1964年よりもさらにさらに悪化している。


【山中人間話目次】
・これもいまの社会の絶望的状況のひとつの様相である。誰がこうした絶望的状況をつくったか ――内閣支持率46%、4ポイント上昇
・戦後民主運動の貴重な記録 京都で大量に見つかる 
・民進党代表選。民進党になんら期待するところはない、と私は先に述べましたが、「法人増税を」という枝野氏の主張は肯定できます
・絶望の中で生きている人に私は共感する ――永遠の不服従のために
キョウ しんきゅうじょう2
左から 伊勢崎、 井上達夫(東大教授、法哲学)、 長谷川三千子(日本会議
代表委員、元NHK経営委員)、楊井人文(弁護士、日本報道検証機構代表)

Blog「みずき」:この田中宏和さん(「世に倦む日日」ブログ主宰者)の伊勢崎賢治論は私のFBでもすでに紹介している同氏の2017年8月24日付のツイートをまとめたものですが、いわゆる昨今の「リベラル・左派」(ここで「左派」というのは端的に言って共産党のことを指しています)評価に関して重要な指摘を含んでいます。田中宏和さんの思想については私はさまざまな点で違和を持っていますが(とりわけ天皇主義者としての側面)、この指摘は現在政治の重要な要点について的を射ていると思います。最初の2段にその要点は示されています。すなわち、伊勢崎賢治の論は、民進党を離党しておそらく小池百合子の「国民ファ(シスト)」に合流することになるあの細野豪志の主張と瓜二つであること、「伊勢崎賢治は、大学教授という立場で外務省と防衛省のタカ派官僚の代弁をして、世論の洗脳工作を行っている」こと、その伊勢崎が「左翼から熱烈に支持され」ていることなどの指摘です。

【山中人間話目次】
・この「世に倦む日日」ブログ主宰者の伊勢崎賢治論はいわゆる昨今の「リベラル・左派」(主として共産党)評価に関して重要な指摘を含んでいます
・自衛隊を活かす新9条論者は、来るな!! ――こうしたプロパガンダがもう何年も前から日常的なレベルで行われています。共産党(系)の政治的反動(右傾化)の罪は万死に値すると言っていいでしょう
・いままた民進党に期待をかけようとしている「リベラル市民」を見るにつけ私の谷底の底の絶望はさらに深まるばかりです
・最近の共産党・市民団体の右傾化スケッチ(18)(小景編)――天皇を「日本最大の平和主義者」と礼賛する金子兜太という俳人の似非平和主義は以下のごとし
・魑魅魍魎と逆説――プーチンのおかげで高まるスターリン人気
・だとしたら、死刑とはなんなのでしょうか、と辺見は問う。死刑は究極的な国家暴力というほかない。しかし、人は、無関心然としてなにも言わない。そうして日々は過ぎてゆく
キョウ へんみよう28

Blog「みずき」:辺見庸は「資本は何でもするし、それにはうち勝ちがたいけれども、しかし『人間であるがゆえの恥辱』というものがあるじゃないか」、と憤る。しかし、また、「恥辱」について、「ややあって女性は言いました。『セーキは自分で洗いますか?』自分、のグラスは自分で洗いたいですか、といった調子の、媚びるでも強いるでもふざけるでもない、ただ生真面目な問いなのでした。(……)恥辱をぼくは豪も感じませんでした。むしろ好感したのです。なぜでしょうか?たぶん、ぼくが想定するエクリチュールとしての言語表出の次元をさらりと超えていて、なおほっこりと人間的だったからでしょう。でも、同じ言葉を違う人物が異なる場面で語ってもだめなのかもしれません。ついでに言えば、彼女は日に何人もの障害者らを洗っています。恐らく、信じられないほどの安い給料で」とも書く。自身が死に際にあったときも資本のこと、すなわち、「信じられないほどの安い給料」の不平等の問題、不平等の悲しさの問題を忘れていない。忘れられはしないのだ。それは人間の証明というべきではないか。

【山中人間話目次】
・ジル・ドゥルーズと辺見庸の人間であるがゆえの恥辱を、まったくとるにたりない状況で、強く実感させられること
・「人間であるがゆえの恥辱」は手近の日常生活のなかにいくらでも埋まっているようです。それを人として恥とするかどうかが、より深く考え、何かを拒むことへの出発点にはあるのかもしれません
・辺見庸の大道寺将司、終刊前の「キタコブシ」177号のことなど
・阿部治平さん(青海省青海師範大学講師など歴任)の中共、習近平批判(続)――中国にも「正論」はある、ただ民衆のものになっていないだけだ(リベラル21 2017・08・20)
キョウ きょうさんとう26

Blog「みずき」:「野党共闘」という1点に限っていえばたしかに五十嵐仁さん(元法大教授)も指摘するようにともに民進党代表選に立候補している前原誠司元外相と枝野幸男前幹事長とには前者は野党共闘に消極的ないしは反対、後者はやや積極的ないしは否定しないという違いがあります。しかし、憲法問題に関しては枝野は「改憲を否定しない」と言い、前原は「9条3項などの形で自衛隊の明記を」と言い、どちらも改憲派という点では変わりはありません。

ところが五十嵐さんは「両者ともに安倍さんの目指す改憲スケジュールには与しない姿勢を示しているという・・・点では、共産党など他の野党とも共通して」いると見ます。そして、そのことは「今後の改憲阻止の運動にとって極めて重要」なことだと言います。すなわち、五十嵐さんは、改憲論者であっても「安倍さんの目指す改憲スケジュールには与しない」限り、その改憲論は認めると言っていることになります。

五十嵐さんと共産党とはもちろん違う存在ですから両者を同一視することはできませんが、五十嵐さんは共産党の実質的な下部組織の東京革新懇の代表世話人ですから、五十嵐さんの政局の...見方と共産党のそれとはほぼ同じものと見てよいでしょう。だとすれば、共産党はこれまでの改憲反対政党から改憲を認める政党に変質したものとみなされます。同党の「野党共闘」第一路線はとうとう自らのこれまで掲げてきた「護憲」の理念を捨てさるところまできてしまったのです。これは仮に安倍改憲に反対する「野党共闘」が実現したとしても「護憲」は実現しない、実現する気はないということです。

そういう政党、「野党共闘」に私たちの日本の未来を託せるでしょうか。私は託せないし、託するべきではないと考えるものです。このままでは共産党が日米安保条約廃棄の理念も捨て去る日もそう遠い日のことではないといわなければならないでしょう。「これで闘えると思っているのが末期的。 “共産党との共闘打ち切り要請、前原氏「同じ思いだ」 TBS NEWS”」(渡辺輝人(弁護士)Twitter 2017-08-24 )などと前原を批判しているような状況、次元の問題ではないのです。


【山中人間話目次】
・東京革新懇代表の五十嵐仁さん(元法大教授)の論を論のままに追ってみれば共産党はこれまでの改憲反対政党から改憲を認める政党に変質した、と見るほかありません。
・関東大震災の朝鮮人虐殺に関して小池都知事が追悼文を断ったことが批判されているが、」小池百合子ブームを煽ってきたのはメディアと「革新」政党ではなかったか。そのことの反省のない小池批判に説得力はない
・東大や早稲田の非常勤講師の「雇い止め」問題は東大と早稲田だけの問題ではありません。全国の大学の非常勤講師、非正規労働者の問題でもあります
・最近の共産党・市民団体の右傾化スケッチ(17)(小景編)――田中宏和さん(「世に倦む日日」ブログ主宰者)の伊勢崎賢治、しばき隊、佐藤圭、鈴木耕、大月書店評
・太田昌国さんの「レーバーネット」ウェブ連載コラム「サザンクロス」の第3回目。「21世紀初頭の9月に起こったふたつの出来事」
キョウ ひせいき

Blog「みずき」:本当にこうした声がもっと拡がってほしいと思います。がまんにも限度というものがありますよね。堰はとっくに切れている。非正規労働者よ怒れ。立ち上がれ。こんな世の中、どう考えてもふつうじゃない。

『かつて非正規労働者として働き、
雇止め解雇と闘った1人として思うことがある。
非正規労働者が無知なままなら、
この差別はなくならない。
その無知は差別を助長する。
自分たちの無知や無力感が、
自分たちに向けられた差別を温存させていることに気づいてほしい。』(TSUBAKI twitter 2017年8月22日)

【山中人間話目次】
・かつて非正規労働者として働き、雇止め解雇と闘った1人として思うことがある
・日本政府 国会で「個人請求権」認めていた=「自己矛盾」との批判も
・新基地中止の是非、米審理へ ジュゴン訴訟、連邦高裁が差し戻す 原告主張一部認める
・安部真理子さん(海洋環境学)の今回の米国のジュゴン訴訟の進展を受けた識者評論(沖縄タイムス 2017年8月23日)
・元裁判官で高江のヘリパッド建設反対運動の闘争現場にも連日のように身を投じてきた仲宗根勇さんでなければ書けない「山城さんたちの違法逮捕勾留・公判の法的諸問題」という論
・ジャーナリストはなぜ、なにを、どのように伝えるのか イスラエル人ジャーナリスト、アミラ・ハス氏との対話
・本日2017年8月23日、東京都労働委員会にて、アリさんマークの引越社の不当労働行為を違法と認め救済命令が交付されました
・いまからでも間に合うのであれば。「用意したスピーチはスイスでマスコミを集めて街頭で堂々と読み上げたらいいと思う」
キョウ まえはら2

Blog「みずき」:民進党代表選:「小池新党」対応に差 前原、枝野両氏( 毎日新聞 2017年8月21日)――というタイトルの記事に目がとまった。「小池新党」に対して前原と枝野にどう対応の差があるのか。記事には「次期衆院選へ向け小池百合子東京都知事に近い議員が年内にも結成するとされる新党との連携に前原氏が含みを残す一方、枝野氏は否定的な見解を示した」とあるだけで、特段の新情報はない。そういうことよりも、前原と枝野は国会議員初当選の同期で、枝野は弁護士から国会議員になったことは知っていたが、前原は京都大学、松下政経塾という経路をたどった後国会議員になるまでなにをしていたのだろうという疑問がふと湧いた。調べてみると国会議員になるまでは松下政経塾を卒塾後、被選挙権を得た最初の京都府議会議員選挙に立候補し、当選していたようだ。政治家志望という点では一貫している。

が、Wikipediaには、「高坂正堯の下で国際政治学を学ぶ。卒業にあたり、外交官の道に進むか大学に残るか、あとは漠然と政治家にと考え高坂に相談したところ、『学者は天才でなければならない、外交官は東大が羽振...りを利かせているし、おまえはおやじがいないからどうか。山田宏を紹介してやるから』との助言を得て松下政経塾への入塾を決断した」という逸話が紹介されている。高坂というつまらない男に師事し、助言を承けて、それを実行したところから前原の政治家ではない、まっとうな人間としての失敗は始まったのだ、と思った。

昔から、貧しさを肥やしにする者もいれば、自らもその中で育った貧しさを逆敵視し、「見返してやる」などというくだらない野心をもって富者になろうとする者もいる。前原は後者の立場を選んでしまった。私はそこに真の貧困のむごたらしさを感じる。


【山中人間話目次】
・雑感――前原誠司民進党代表選候補者のの政治的野望と貧困の哲学
・とどろとどろと鳴神も、ここは桑原よも落ちじ落ちじ――雷と神と「祭り」の起源
キョウ どっちもどっち

Blog「みずき」:東京新聞の「こちら特報部」も日本に照準を置いたうえでトランプの「どっちもどっち論」を批判していましかし、東京新聞の記事が依拠しているのはフリージャーナリストの安田浩一の言説です。安田浩一は「左派」のヘイトスピーチ(暴力・暴言)集団として批判の多いしばき隊(野間易通主宰)の一員であるということも留意しておくべきでしょう。ヘイトスピーチ集団が別のヘイトスピーチ集団、あるいはトランプというヘイトスピーカーを批判しても説得力はないだろう、ということです。これは東京新聞というジャーナリズムとしての眼の問題ということができるでしょう。東京新聞は実質改憲論の「新9条論」の拡散メディアでもあるのです。いずれも東京新聞のジャーナリズム性が問われている問題というべきものです。

【山中人間話目次】
・東京新聞の「こちら特報部」も日本に照準を置いたうえでトランプの「どっちもどっち論」を批判しています
・上野千鶴子(ジェンダー学者)は民主主義者か?――朴裕河批判者を「人殺し」にする驚くべき恫喝き発言
・当時、どういう論争があったのだろう。マルクスは「市民」社会と人間的社会を区別している(マルクス「フォイエルバッハに関するテーゼ―9」)
・94才のハリー・レズリー・スミスは「ことしの夏はおかしい」という(むささびジャーナル」378号 2017/8/20)――私たちの感覚とも呼応する感覚だ
・リーザ・アレキサンドロバ=ゾリーナという33才の女性のロシア人作家の「ロシアはほとんどノイローゼ?」というタイトルの辛辣なロシア及びプーチン批判
・香港、雨傘主導者の実刑判決――「下手に実刑判決やると、かえって、英雄化する」という日本の市民運動批判を含む渡辺輝人弁護士の視点
・「ホワイトハウスにいる男は、無謀で統制がきかず、米憲法にとって危険、民主制度にとって脅威だ」と言うロサンゼルス・タイムズのトランプ批判 
キョウ あさひそしょう2

Blog「みずき」:朝日訴訟以来、憲法学者や弁護士の間でも生存権を大上段に構えたこういう切り込み方はめっきり減ってしまった。そうした思潮が労働組合運動やかつての国鉄、全日自労運動の停滞や実質的消滅にも大きな負の影響を与えてきたのではないか。木村草太さん(首都大学東京教授)は先日の「生活扶助基準」引き下げ違憲東京訴訟にも傍聴に来ていたといいます。こうした地道な取り組みを大きなものにしていく必要があると思います。

【山中人間話目次】
・朝日訴訟以来、憲法学者や弁護士の間でも生存権を大上段に構えたこういう切り込み方はめっきり減ってしまった。そうした思潮が日本の労働組合運動に大きな負の影響を与えてきたのではないか
・哲学者たちはただ世界をさまざまに解釈してきたにすぎない。肝腎なのは、世界を変革することである(マルクス「フォイエルバッハに関するテーゼ―11」)
・辺見はこの日経の記事にいう「『暴力』はミスリードではありません」と言います。では、国家暴力に対抗するわれわれの側の「暴力」とはなにか?
・昭和天皇が占領期にカトリックに接近していたということを事実は日本の「象徴天皇制」論を根底から揺るがす一大要因といえるのではないか
・中島京子さん(作家)の朝日新聞に掲載された朝日新聞批判。これを朝日新聞編集部の度量と見るべきか。度量がほんものならば中島さんの指摘に対するコメントの1本や2本はあってもしかるべきではないか
・人はなぜ安易にデマを流すのか。現在の日本のポピュリズム社会のひとつの断面としてのテレビ 文化を私は忌避する
キョウ まるやままさお3
壮年時代の丸山眞男

Blog「みずき」:昨日の朝日新聞の「徴用工問題 歴史再燃防ぐ努力こそ」と題された社説には激しい憤りを感じる。理屈というものはどういう理屈でも成り立つ。理屈とはそういうものだ。裁判でも原告と被告とに分かれて双方の理屈を争う。だから、問題は、自身はどういう立ち位置に立つか、ということになる。社説の冒頭の1行目「未来志向的な日本との関係を真剣にめざすなら」とはどういうことか? 朝日新聞は明らかに国家主権の立場に立ってものを言っている。しかし、人権は、その呼び名のとおり人(個人)の立場に寄り添って発展してきた。そして、「徴用工問題」というのは個人の人権の問題だ。そこになぜ国家主権の問題を持ち出す? 「あやうさを感じざるをえない」のは「文氏の言動」ではなく、朝日新聞の言動というべきだろう。朝日新聞は社説の結論部分でも「歴代政権が積み上げた歩みをまず尊重する。それが歴史問題の再燃を防ぐ出発点である」などと言う。なにをか況やである。朝日新聞の社説に個人の人権の尊重という視点はない。ときに国家権力と対峙することも辞さないことを使命とするジャーナリズムとして完全に失格である。改めて「知識人の転向は、新聞記者、ジャーナリストの転向からはじまる」((一九五六年の手帖より))と喝破した丸山眞男の指摘を思い出す。

【山中人間話目次】
・昨日の朝日新聞の「徴用工問題 歴史再燃防ぐ努力こそ」と題された社説には激しい憤りを感じる
・この朝日新聞の記事の視点はほんものか? ほんものだとするならば先の朝日新聞の社説の視点と矛盾しないか? そうは思いませんか、奥正光記者?――「水俣病は終わっとらん」世界へ
・10年くらい前までの共産党であれば共通理念のない共闘など問題にもなりえなかっただろう。共産党がかつての社会党右派、いまの社民党、少し前の民主党のレベル、いや、それ以下の地点まで堕ちているのである
・佐川国税庁長官の罷免要求署名、9,278筆、1万筆まであと722筆(19日、18時30分現在。1万筆まであと116筆)
・潜入、盗聴、秘密工作・・・CIA、復帰前の沖縄にスパイのアジア拠点 元要員の家族が証言 沖縄タイムス
・鶏よ、鳴け、私の闇夜は明るくなった。鶏よ、早く鳴け、夜がゆっくり明け始めている――袴田巖 1981年5月6日 書簡集より
キョウ まらら

Blog「みずき」:「マララさんは3月に同大から、大学入学資格試験(Aレベル試験)での一定の成績を条件に入学を許可すると伝えられており、17日に発表された試験の結果により合格が決まった。」(時事通信 2017年8月17日)「一定の成績を条件」とはどういう条件か。他の受験生との間に差別はないのか? 必ずしもクリアではない。マララは「学業を終えた後、パキスタン首相になりたい」と語っているという。クリアではない受験で合格した者にクリアな政治ができるとは思えない。それに政治家志望というのも権力志向的にすぎる。私にははっきり言ってうさんくさい。

若者時代から壮年時代にかけての放浪の旅を通じてアジアや中東地域の人々の暮らしに対する知見の深い写真家で作家の藤原新也さんの「マララ論」を置いておきたい。
 
『マララさんのノーベル平和賞の受賞にはさまざまな批判がある。イスラム国台頭の最中、対イスラム過激派共闘へのプロパガンダとされた感は確かに否めない。というより絶妙のタイミングだったと言える。(略)マララさんの場合は欧米の価値観や欧米主導の政治のイコンとなるにはこれ以上にない”道具立て”を所有していた。そしてまた少女はその”お膳立て”に十分すぎるほど応えている。私は彼女を見ているとついインドやパキスタンの旅を思い出してしまう。なぜかあっちの方にはこういう小娘がよく居るのだ。エリートの子供で、学校の成績のよいらしい歳の端もいかない10代の小娘が自信たっぷりに大人顔負けの饒舌な口調で(稚拙な)論理を振り回す。まるで街頭の香具師ではないかと思えるほど口八丁手八丁だ。その過剰な自己主張は一体どこから出ているのだろうと思うことがある。日本にあまりこういった10代の小娘がいないので想像がつかないだろうが、旅の中でこういう手合いが出てくると辟易する。話に調子を合わせていると、自分の都合のいいように話をねじ曲げ、人の優位に立とうとする。マララさんもここのところ欧米世界の要請に応えるように自己ヒーロー化に向かっての言葉の脚色がエスカレートしている。もともと彼女の存在が世の一部に知られたのは彼女の住む地域がタリバン運動に席巻され女性の教育が禁止されたおり、イギリスのBBCの依頼によって現状をブログに書いたことがきっかけだった。彼女はその時、スクールバスでの通学にビクビクしている、という発言をしている。そしてそのコメントによって彼女は特定され、狙撃された。わずか11歳の子供である。ビクビクしているとの発言であっても現地の状況を考えると勇気ある発言であり、それは彼女の偽りのない本心だろう。その折の狙撃される前の彼女のポートレイトを見て私は汚れのない綺麗な子だとも思った。

だがそれから6年、彼女は欧米の”マララ・ヒーロー化計画”に応えて饒舌と脚色をエスカレートさせて行く。その真骨頂がノーベル平和賞の授賞の弁の中で出て来た以下の文言である。「私には黙って殺されるか、発言して殺されるかしか選択肢がなかった。だから私は立ち上がって発言してから殺されようと思った」まさに世界を唸らせるサビの効いた文言である。情報の溢れるこの情報化社会においては象徴となるような有効なワンコピーが功を奏すと言うことを十分心得たフレーズでもある。ひよっとしたら広告代理店が一枚噛んでいるのではないかと思わせるほどの出来映えである。ふとそう思うのは授賞の弁を全文読んでみると非常に優等生的平板なものでありながら、このフレーズだけが全体から浮いたように”高等”だったからだ。いやかりにそれが彼女自身が作った”コピー”であったとしても、あの”ビクビク”から”殺されようと思った”のわずか6年の間に彼女の身に何が起こったのか。それはそのわずか6年の間の少女のポートレイトの変化に現れていると写真家の私は見る。(藤原新也 Shinya talk 2014/10/14)うと思った”のわずか6年の間に彼女の身に何が起こったのか。それはそのわずか6年の間の少女のポートレイトの変化に現れていると写真家の私は見る。』(藤原新也 Shinya talk 2014/10/14)


【山中人間話目次】
・マララのオックスフォード大合格はクリアとは思えない。それに政治家志望というのも権力志向的にすぎる。私にははっきり言ってうさんくさい
・この世の中ではおかしいことがまかりとおっている。まず、ここから糾さなければならない。喫緊の課題だ――“20条裁判”を起こす非正規たち 正社員と同じ仕事・責任なのに待遇格差
・ジャーナリスト・安田純平さん長期拘束 政府、力尽くしたか 尾を引く「自己責任論」 - 毎日新聞 2017年5月2日
・坂井定雄さん(龍谷大学名誉教授、元共同通信ベイルート特派員)の「クルド人国家独立への住民投票迫る」
・浅井基文さん(元外交官、政治学者)のありえるかもしれない米朝関係の転換を示唆する「米朝関係の可能性(李敦球文章)」と題された李敦球(中国国務院世界発展研究所朝鮮半島研究主任)文章紹介記事
・そして、誰もいなくなった――安倍晋三の二度目の太鼓持ちを演ずる河野洋平の子・太郎の惨めな姿
キョウ おーるおきなわ6

Blog「みずき」:オール沖縄会議の第2次訪米団(団長・伊波洋一参院議員)が昨日の16日午前、「辺野古新基地建設をめぐる沖縄の現状を米本国に伝えに行くため沖縄を出発した」(琉球新報 2017年8月16日)という。ただ、辺野古新基地建設をめぐる沖縄の現状を米本国に伝えに行くためといっても、直接的には「カリフォルニア州でアジア太平洋系アメリカ人労働者連合(APALA)の25周年大会に参加して沖縄の現状を周知する展示ブースを開く」だけのことのようだ(同左)。それならばそう言えばよい。「辺野古新基地建設をめぐる沖縄の現状を米本国に伝えに行く」と聞けば、ふつうの者は米国政府関係者と辺野古新基地問題について交渉を試みるなんらかの算段があって訪米するのだろうと思う。しかし、そういうことでもないらしい。うるま市在住の元裁判官の仲宗根勇さんは「前回、知事が行っても成果なしだったのに、今回は議員たちと浅知恵の若者たちの観光旅行に終わるのでは。現場で闘っている者たちの間にも今頃の訪米に?マークの意見が多いのに、マスコミが投稿を抑えているのか、表面化しないのが不思議といえば不思議だ」(宮城康博FBコメント 2017年8月16日)という。私もそういうことだろうと思う。オール沖縄会議もポピュリズムの思想に占領されているように私には見える。ポピュリズムはそのポピュリズムに陥っている本人たちは気づいていないというのを特徴とする思想だ。

【山中人間話目次】
・オール沖縄会議もポピュリズムの思想に占領されているように私には見える。ポピュリズムはそのポピュリズムに陥っている本人たちは気づいていないというのを特徴とする思想だ
・「在日外国人の問題は対岸の火事」平然と差別発言を垂れ流した芥川賞選考委員・宮本輝の文学性
・町山智浩さん(映画評論家)の「バージニア州白人至上主義者集会の衝突事件を語る」は同事件の本質的な背景をよく語っていて、読みごたえがあります
・澤藤統一郎さん(東京都在住、弁護士)と仲宗根勇さん(沖縄在住、元裁判官)の河野太郎「嘆歌」
・最近の共産党・市民団体の右傾化スケッチ(16)(小景編)――元赤旗記者という人の「今上天皇」礼賛記事。共産党は天皇主義者の巣窟になってしまった
・元赤旗記者のボンクラ記事に対比して鬼原悟さん(「アリの一言」ブログ主宰者)の「『加害』に言及しない明仁天皇は批判しないのか」という記事
キョウ へんみよう24

Blog「みずき」:辺見庸は言います。「日本共産党は天皇制を徹底的に厭う『生理と論理』をついにかくりつも伝播もできなかった」、と。この辺見の言葉は重い。日本共産党という政党のアイデンティティーの根底に関わる問題だからです。日本共産党はこの辺見の問いに答えなければならない。しかし、いまの共産党にはそれはできないでしょう。その問いが重い問いであるということすらわからない共産党員によっていまの共産党は構成されていると思われるからです。同党をここまでにした同党執行部の責任はきわめて重い。いずれミネルバの梟によって裁かれるでしょう。しかし、そのときまで、おそらく私は生きてはいない。ミネルバの梟は黄昏に飛び立つからです。

【山中人間話目次】
・辺見庸曰く。「日本共産党は天皇制を徹底的に厭う『生理と論理』をついにかくりつも伝播もできなかった」、と
・辺見庸の「戦後日本」批判――8.15の大ウソ――反復と麻痺
・阿部治平さん(青海省青海師範大学講師など歴任)の中共中央、習近平批判(続)
・内海信彦さん(画家、早大「ドロップアウト塾」主宰)の北村西望(長崎市平和公園の「平和祈念像」制作者)、丹下健三(広島平和記念公園設計者)批判
・「慰安婦募集は誘拐事件」強制性立証、日本の警察文書あった Joongang Ilbo 中央日報
・白人至上主義者をあんな行動に駆り立てた反差別の連中も責任があるとでも言いたいんだ。この大統領は

Blog「みずき」:8月15日。敗戦の日。

再録:「時間の芯の腐蝕」「ひどい夏(抜粋)」

時間の芯の腐蝕
『この夏、かつての夏もそうだったのですが、メディア最大の企画は「かれはなぜ裁かれなかったのか」であるべきでした。あるいは「父祖たちはなぜかれを裁かなかったのか」であるべきでした。東京裁判の核心的問題は、裁いたことではなく、かれを裁かなかったことにあります。

70年以上すぎても、時間の芯がくさっているのは、そのせいです。石牟礼さんはそのことをよくご存知だったはずです。ミッチーがどれほどりっぱなひとかをかたることより、戦争、原爆、水俣、原発をつうじ、くさった時間のながれがいまも滔々とながれている、そのことを、かつてのようにおっしゃるべきでした。

時間の芯の腐蝕と天皇家賛美には、なんらかのかんけいがあるとおもいます。満州事変から敗戦の詔勅まで、すべてにかかわった人物とその一族、万歳をさけびつづけた民衆にかんし、新しい物語をつくるうごきに加担してはならないとおもいます。』(辺見庸「日録」2017年08月10日)

ひどい夏
『げんざいの天皇夫妻をしきりに賛美する記事と番組はこの夏も、いくらでもあるそうです。いまやかれは、じじつじょうの「現人神」であり、かのじょはニッポンの「聖母」になってしまいました。石牟礼さんまであのひとを公然と敬うようになったといいます。理由は自明ではありません。大きな「変化」が生じています。なにが起きているのでしょうか。

原爆は、大元帥陛下の在所であったあそこに、なぜ投下されなかったのでしょうか。これも、答えはまったく自明ではありません。原爆はなぜ皇居に投下されなかったのかーーという企画はなぜ提案されないのでしょうか。その答えも自明ではありません。ひどい夏ですね。』(辺見庸「日録」2017年08月09日) 

【山中人間話目次】
・8月15日。敗戦の日。
・いまある日本の「リベラル・左派」という存在はかつての自民党ハト派の河野洋平さんの認識にも届いていない。新9条論者(共産党員、支持者に多い)はその端的な例といえるでしょう。
・私はこれまで前文科省事務次官の前川喜平氏を英雄のように持ち上げる「リベラル」が多すぎることに辟易してきました。この特定の人物の「英雄化」はこれまでもそうだったように必ず民主主義運動の前線に負の影響をもたらす
・今日も沖縄の地元紙には翁長知事礼賛の文字列が並ぶ。「翁長知事の覚悟に喝采 辺野古新基地反対県民大会」 (沖縄タイムス 2017年8月14日)。しかし、私は、翁長知事に「覚悟」など見ない。*
・最近の共産党・市民団体の右傾化スケッチ(15・続)(小景編)――渡辺輝人という弁護士(日本労働弁護団常任幹事、京都弁護士会)の性暴力事件の民事裁判で女性への不法行為を認定され賠償命令を受けたばかりの菅野完擁護のセンスを疑う。
キョウ おきなわ21

Blog「みずき」:鬼原悟さん(「アリの一言」ブログ主宰者)は言います。 「「オール沖縄会議」(そのもとに集まる人びと)の目的、共通の要求・願いは、決して翁長氏を支持する(あるいは知事選で再選させる)ことではないでしょう。言うまでもなく辺野古新基地を阻止することでしょう。ならばなぜ大会で「承認撤回」を求めないのですか。なぜ「早期撤回」に反対するのですか。「オール沖縄会議」とは何なのか。自ら根源的に問い直す必要があるのではないでしょうか」、と。 私も同様の思いです。昨日の琉球新報で「「政府が工事を強硬に推し進める状況は必ず撤回につながる」という翁長発言を読んだとき、私は、「撤回につながる」とはどういうことか。政府の手続きの不備と工事上の瑕疵をあくまでも待ち続けるということか。それでは埋め立て工事は完了してしまい、辺野古の海は結局埋め立てられてしまうことになるではないか、と激しい憤りの思いを抱きました。もともと翁長知事は当選直後の県議会でも「知事選で示された民意は埋め立て承認を撤回する事由になると思う」(2014年12月18日付琉球新報)と述べており、「撤回につながる」手続きの不備や工事上の瑕疵を待つ必要などありません。翁長知事に「撤回」の意志さえあればいますぐにでも「撤回」はできるのです。昨日の県民大会での翁長発言は鬼原さんも指摘するように「『撤回』回避の隠れ蓑」発言というほかない、というのが私の評価でもあります。

【補記】
昨日の「翁長知事を支え、辺野古に新基地を造らせない県民大会」(辺野古に新基地を造らせないオール沖縄会議主催)での翁長発言はまるで「知事再選出馬演説のごとき知事挨拶」であった、とは元裁判官の仲宗根勇さん(うるま市島ぐるみ会議共同代表)の見方です。 その仲宗根さんの見方を裏付けるのが「翁長知事を支え、辺野古に新基地を造らせない県民大会」という同県民大会の奇妙なネーミングです。県民大会の主題は「辺野古に新基地を造らせない」ではなく、「翁長知事を支え」るなのです。まるで選挙の決起集会のようなネーミングです。「辺野古に新基地を造らせない」は副次的な主題でしかないというわけです。主題が逆立しています。ここにオール沖縄会議の狙いが透けて見えます。 13日付の琉球新報の「透視鏡」という記事によれば、「大会主催者のオール沖縄会議は、4月の護岸工事着手後から、県民大会開催の機会を探ってきた」といいます。「大会のタイミングを誤れば、早期撤回を求める声が噴出し、知事へ決断を迫る「圧力」にもなりかねない」からだそうです。ここでも「辺野古に新基地を造らせない」課題と翁長知事...当選の課題は逆立し、翁長当選の課題が優先されています。翁長当選のために辺野古埋め立て問題が利用されているという構図です。ここには翁長はいても、県民はいません。ゆゆしき構図と言わなければならないでしょう。 オール沖縄会議は民主主義陣営とは言い難いものがあります。この3月の初旬に共産党の志位委員長は2泊3日の行程で沖縄を訪問していますが、その主目的は翁長当選のためのオール沖縄会議への根回しだったろうと私は見ています。ここでも辺野古埋め立て問題は副次的な課題でしかありません
。彼らには辺野古埋め立て承認を本気で撤回する意思などないのです、とは私の見るところです。

【山中人間話目次】
・翁長知事とオール沖縄会議は県民大会を「撤回」回避の隠れ蓑にするのか。オール沖縄会議は自らのレゾン・デートル(存在意義)を根源的に問い直す必要があるのではないか。
・「翁長知事を支え、辺野古に新基地を造らせない県民大会」とは奇妙なネーミングです。オール沖縄会議の辺野古埋め立て阻止そっちのけの狙いが透けて見えます。
キョウ はんざわけんいち

Blog「みずき」:「私は2009年に起こった民主党の政権奪取は、結局は二大保守独裁体制の開始だと考えてきた。」

「我々が自覚も乏しく信じてきた「二大政党」の実態は、日本においては「一党独裁プラス優しげな補完勢力」部隊であった。」「我々も馴らされているメディアのいう「受け皿」とは、自民党別働隊の謂いである。」

「戦後72年の今になってそんな迷いごとをいうのか。そうである。仕方がないのだ。我々は課題への対決を延ばしに延ばしてきたのだから。」

半澤健市さんの問題意識は私の問題意識と重なります。

いま、共産党が盛んにイニシアティブを握ろうとしている「野党共闘路線」なるものは、「二大保守独裁体制の開始」への加担にすぎないというのが私の認識です。こうした「二大保守独裁体制の開始」への加担にすぎない「野党共闘」で日本の政治は変わりはしない。だから、私は、いまの「野党共闘路線」に断固として反対する。そういうことです。


【山中人間話目次】
・いま、共産党が盛んにイニシアティブを握ろうとしている「野党共闘路線」なるものは、「二大保守独裁体制の開始」への加担にすぎないというのが私の認識です
・菅野完事件に関して、原告(被害者)及び原告側弁護士の靑瀧美和子さんからの声明が出ました
・最近の共産党・市民団体の右傾化スケッチ(15)(小景編)――渡辺輝人弁護士の菅野完擁護のセンスを疑う
・沖縄の地で「翁長知事を支え、辺野古に新基地を造らせない」云々という堕ちきっていない人たちのたわけた集会がきょう開かれるという
・トランプ米大統領が朝鮮(北朝鮮)に「誰も見たことないこと起きる」 と北朝鮮本土への核攻撃を強く示唆する警告を発したという
キョウ いしむれみちこ

Blog「みずき」:辺見庸の石牟礼批判は続く。石牟礼さん、あなたは、「そのことを、かつてのようにおっしゃるべきでした」。「時間の芯の腐蝕」は石牟礼にもあった。 辺見はそう言っている。おそらく石牟礼の晩年は彼女を「先生」と呼ぶ人たちに囲まれていた。そして、晩年の石牟礼は、そのことを嫌悪する精神に欠けていた、というのは私の見方だ。

【山中人間話目次】
・辺見庸の石牟礼批判は続く
・「沖縄県民大会で「埋立承認撤回」の決議を」――この声をもっともっと大きなものにしていきたい
・太田昌国さん(評論家、編集者)が先月から始めた「レイバーネット」ウェブ上の連載コラム「サザン・クロス」の2回目――「反日的な」歴史教科書への攻撃
キョウ とよしま

Blog「みずき」:豊島耕一さん(久留米市在住、元佐賀大学理工学部教授)の「国家主義的なファナティシズムに取り込まれる恐れ」ありとする共産党批判。「党派性」という制約と垣根を超えた平和主義者・豊島耕一さんの面目躍如の論攷ということができるでしょう。ただし、豊島さんとは違って「共産党はすでに国家主義的なファナティシズムに取り込まれている」というのが私の認識です。しかし、共産党員を含めさらに多くの人に読まれてほしい論攷です。共産党の右傾化からの脱皮の可能性はこのあたりにあるというのが私の見方でもあります(ただし、さらに注を入れておきますと、失礼ながら豊島さんはほかの分野では十分右傾化の影響を受けているというのがさらなる私の見方でもあります)。

【山中人間話目次】
・豊島耕一さん(久留米市在住、元佐賀大学理工学部教授)の「国家主義的なファナティシズムに取り込まれる恐れ」ありとする共産党批判
・辺見庸の「ひどい夏」の風景
・神津里季生連合会長の「残業代ゼロ『容認とは思わず』」という発言を私は詭弁だと思う
・平和祈念式典後に長崎市内で安倍晋三と面談した被爆者代表は安倍を「(あなたは)どこの国の総理ですか」と厳しく批判した
キョウ しばきたい4

Blog「みずき」:この菅野完事件(強姦未遂民事裁判事件)の本質は、菅野完が暴力・暴言集団のしばき隊の元幹部構成員であり、そして、そのしばき隊はこれまで共産党の実質的な下部組織、または下部の実働部隊として行動し、その行動を共産党も容認してきたというところにあります。すなわち、「革新」を名乗る集団の構成員の性犯罪というのが事件の本質ということができます。いまの「革新」の低次元きわまる生態を示してあまりある事件ということができるでしょう。

著述家の菅野完氏に賠償命令 女性をベッドに押し倒す - 共同通信 2017年8月8日...
東京地裁:菅野完氏に賠償命令 女性をベッドに押し倒す - 毎日新聞 2017年8月8日
作家の菅野完氏に賠償命じる判決 女性への不法行為認定:朝日新聞 2017年8月8日

山崎舞野さんの「『日本会議の研究』著者の性暴力事件裁判、いよいよ判決。この事件から見えてくること、考えるべきこととは」という裁判傍聴記の冒頭部分を引用しておきます。この事件の破廉恥さとそれゆえの重大性がよく理解できます。(略)


【山中人間話目次】
・しばき隊元幹部構成員の菅野完の強姦未遂事件の民事裁判の判決の意味
・長崎原爆忌。石牟礼道子の「一番最後まで残った朝鮮人たちの死骸のあたまの目ン玉ばカラスがきて食うとよ」という文章
・長崎の原爆投下の日にトランプ・アメリカ大統領が北朝鮮に核戦争の可能性を仄めかして脅す
・市民に不忠、政権に忠実な者が出世する社会でよいのか――もちろん、 森友問題答弁の佐川・国税庁長官のことである
・浅井基文さん(元外交官、政治学者)の「ロシアにおけるスターリン再評価の動き(中国側見方)」という見方への少なくない疑問
キョウ まえはら

Blog「みずき」:時事通信の報じるところによれば、「民進党の前原誠司元外相(55)は7日午後、衆院議員会館で記者会見し、蓮舫氏の後任を決める代表選(21日告示、9月1日投開票)への立候補を正式に表明し」ました。その上でさらに「共産党との連携に関しては『政策、理念が一致しない政党と協力したり、連立を組んだりすることは野合でしかない』と述べ、慎重な姿勢を改めて示した」(2017年8月7日)といいます。

共産党はこのところ前原誠司をなんとかとりこもうとして盛んに彼に秋波を送っていましたが、この場合、前原の主張の方が筋が通っていると私は思います。たしかに共産党と民進党(前身の民主党を含む)とではこれまでは「政策、理念」が180度異なっていました。私は今年の5月4日付けの記事に次のように書いておきました。

「昨日の憲法記念日に安倍晋三(首相)は憲法9条を改悪(自衛隊の明文化)して2020年施行を目指す意向を表明した。安倍の驕り高ぶりの果ての狂気のたくらみを許してはならない。そのためには私たちの「国」における「健全な左翼」の再構築がもっとも急がれる課題である。」(東本高志FB... 2017年5月4日)「昨日の憲法記念日に東京であった憲法学者らでつくる「全国憲法研究会」の講演会で共産党シンパとして著名な上智大教授の中野晃一(政治学)は「9条に自衛隊を明文で書き込む」ことを宣言した安倍晋三のメッセージを取り上げ、「正面突破で来るかもしれないが、民進党が最大野党で踏みとどまり、大きな力を作れるか。一人ひとりの気概が問われている」と語った、と言います(朝日新聞、2017年5月4日)。しかし、安倍晋三とほぼ同様の憲法観(自衛隊合憲論)を持つ民進党にすり寄り、「民進党が最大野党で踏みとどま」ることに期待するような「野党共闘」路線に立つ政党、その政党を支持するシンパサイザーを「健全な左翼」とは言いません。私がひとつ前の記事で「健全な左翼の再構築」と言っているのは、こうした中野晃一的な右傾化も甚だしい「野党共闘」観、「左翼」観はただちに一掃されなければならない、ということを言っているのでもあります。」(同上)

ただし、共産党が「改憲」肯定政党に変節したというのであれば話は別です。共産党はどこまでも前原に擦り寄っていけばいいでしょう。実際、最近の同党の言動を見ると「改憲」政党に変節したとしか思えない節が節々にうかがえます。共産党はすでに左翼ではなくなっているのです。すでに左翼ではなくなっているものをいまだに左翼とみなすのは幻想でしかありません。そして、幻想を捨てるところからしか自民党政治に代わる新しい政治も生まれません。とは、私の思うところです。


【山中人間話目次】
・前原誠司をなんとかとりこもうとして盛んに彼に秋波を送る共産党の変節と「野党共闘路線」とはなにか
・信州沖縄塾塾長の伊波敏男さんの「拝啓 沖縄県知事 翁長雄志殿」――翁長知事とオール沖縄への疑問と問題提起
・辺見庸 共同体の見えない異界ーー相模原事件1年後の視座――山梨日々新聞掲載記事(共同通信配信)
・宮城康博さん(脚本家)の地方政治の現場にはびこる慣習政治の無気力のさまを問う問題提起――沖縄県南城市の場合
・フランス大統領のマクロン評価に関する岩月浩二さん(弁護士)の適確な指摘――いったん手に入れた緊急事態はなかなか手放せない
・加藤周一の「憶良は、同時代の他の歌人が詠わなかった題材――それはまた19世紀末までその後の歌人もほとんど詠わなかった題材でもある――を詠った」という指摘
キョウ あべないかく6  

Blog「みずき」:朝日新聞社が5、6日に実施した全国世論調査の結果が出ました。同紙は「内閣改造は、支持率回復にはほとんどつながらなかった形だ」と分析しています。順当な分析だと思います。

『朝日新聞社が5、6日に実施した全国世論調査(電話)によると、内閣支持率は35%で、第2次安倍内閣の発足以降で最低だった7月調査の33%と比べ、ほぼ横ばいだった。不支持率は45%で、こちらも前回調査の47%から大きく変わらなかった。調査直前に行われた内閣改造は、支持率回復にはほとんどつながらなかった形だ。』(朝日新聞 2017年8月6日) kojitakenさん(「 kojitakenの日記」ブログ主宰者)もほぼ同様の見方を示しています。そういうことでしょう。反転攻勢はこれからです。だとして、前原誠司に媚びを売るような政党(共産党)の姿勢=野党共闘路線は改憲阻止のためにも「百害あって一利なし」の愚策と言わなければならないでしょう(「最近の共産党・市民団体の右傾化スケッチ(13)(小景編)――共産党シンパサイザー・中野晃一(上智大学教授)の共産党の右傾化を促進させる謬論」参照)。改めて指摘しておきます。


【山中人間話目次】
・朝日新聞社の5、6日実施全国世論調査の結果――内閣改造は、支持率回復にはほとんどつながらなかった形だ
・JNN(TBS系列)が7日に発表した世論調査では安倍内閣支持率は先月1日、2日の調査結果よりさらに3.6ポイント下がって39.7%でした
・内海信彦さん(画家、早大「ドロップアウト塾」主宰)さんのアメリカ経由メキシコ訪問記。――アメリカの現場で体験するとトランプが断末魔のような状態にあることが実感できます
・北島教行さんとBlog「みずき」の「日本による原爆開発計画」文献紹介
・北島教行さんの「創価学会=公明党の国会議員でもあり、日本有数の著名な物理学者、伏見康治も旧日本軍による原子爆弾製造開発計画に関わっていた」という指摘
キョウ ひろしま8

Blog「みずき」:72年前のきょう、 広島に原爆が投下された。広島原爆死没者慰霊碑には「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」という言葉が刻まれている。かつて寺島実郎はこの言葉の不可解さについて次のように書いた。

「広島の原爆慰霊碑に掲げられた『二度と過ちは繰り返しません』の言葉も、熟慮するほど不可解である。思わず共感する言葉であるが、誰のいかなる責任での過ちなのかを明らかにすることなく、『なんとなく反省』『一億総懺悔』で納得し、それ以上踏み込まないのである。/表層な言葉の世界への陶酔を超えて,いかにして実のある世界に踏み込むのか,これこそが戦後日本という平和な擬似空間を生きてきた我々の課題である。」(「小さな花」の強さ 2004年4月)

辺見庸は昨日の「日録」(と私は呼ぶ)で行政というものの不実と偽善を次のように指弾している。

「かながわ県のたより」2017年7月号に、重度障害者殺傷事件再犯防止を願って、「策定」されたという「かながわ憲章」が載っています。すばらしいです!すばらしく残酷でグロテスクです。

一ー私たちは、あたたかい心をもって、すべての人のいのちを大切にします一ー私たちは、誰もがその人らしく暮らすことのできる地域社会を実現します一ー私たちは、障がい者の社会への参加を妨げるあらゆる壁、いかなる偏見や差別も排除します一ー私たちは、この憲章の実現に向けて、県民総ぐるみで取り組みます

各項末尾は、読者の脳裡でしぜんに反転し、それぞれ「大切にしません」「実現しません」「排除しません」「取り組みません」と読める仕掛けになっています。起草者は、キリーロフふうに言えば、じぶんがこれらを「信じていないということも信じていない」でしょう。ルーティンワークでこしらえたこの誓約は、もっともウソくさく、残酷で、グロテスクです。この社会にふさわしく。 」(辺見庸ブログ 2017年8月5日)

広島原爆死没者慰霊碑に刻まれている言葉とこの「かながわ県のたより」の言葉のなんと似通っていることか。72年経っても偽善の風景は変わらない。


【山中人間話目次】
・広島原爆死没者慰霊碑に刻まれている「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」という言葉の不可解さと辺見庸の行政の不実批判の共通点
・太田昌国さんの「大道寺将司君との最後の日」という大道寺将司追悼の文章
・習近平崇拝というあらたな個人崇拝をつくりだそうとしている中国共産党の蒙昧と危険性について
・「朝鮮学校補助、16都府県が停止 北朝鮮問題や国通知で」という行政の愚かさについて
・山口敬之(当時TBS記者)の準強姦逮捕状を握り潰したとされる中村格・警視庁刑事部長(当時)が警察庁組織犯罪対策部長を経て総括審議官に昇格するという不可解
・最近の共産党・市民団体の右傾化スケッチ(12)(小景編)――田中宏和さん(「世に倦む日日」ブログ主宰者)の「野党共闘」と日本共産党の右傾化及びしばき隊(差別暴言集団)との関係性についての指摘
・最近の共産党・市民団体の右傾化スケッチ(13)(小景編)――共産党シンパサイザー・中野晃一(上智大学教授)の共産党の右傾化を促進させる謬論
キョウ へのこ46

Blog「みずき」:仲宗根勇さんの主張と乗松聡子さんのコメントに全面的に同意するものです。こうしたまっとうな主張やコメントを忌避する「革新」(オール沖縄)とはなにか? 私の疑問はそこに尽きます。まっとうでないことが沖縄で進行している。それをしも「革新」というのか? 私の嘆きは深い。もちろん、仲宗根さんや乗松さんの嘆きはもっともっと深いでしょう。

【山中人間話目次】
・仲宗根勇さんの琉球新報「論壇」での主張――県の岩礁破砕差し止め提訴 賢明な選択だったのか
・鬼原悟さん(「アリの一言」ブログ主宰者)の「安倍首相に助け舟を出す「ジャーナリスト」たち」というメディア批判
・石川真生さん(写真家)の闘病中の思い――自分のやり方はこれだな、と今は思っている。
・トランプ政権と真っ向から対峙するアメリカのメディアと司法の立ち姿が眩しい。ここにはアメリカの希望があります。
・安倍内閣改造のご祝儀相場――毎日新聞の場合
・安倍内閣改造のご祝儀相場――共同通信 の場合
 
キョウ ぶんだいとうりょう

Blog「みずき」:ZEDさん(「Super Games Work Shop Entertainment」ブログ主宰者)の「文政権の『脱原発』は実に虚構と欺瞞に満ちた怪しげなもの」という指摘と「今韓国の慰安婦支援者達が陥っている状況というのは翁長雄志(元々自民党で保守派、日米安保支持)を知事に推す「オール沖縄」の陥っている状況と非常に似ている」という指摘はきわめて重要な指摘だと私は思います。いわゆる「リベラル・左派」がまやかしを見抜けなくなって久しい。いや、自らがまやかしを作り出している。私たちにいま最も必要なものごとの深層と真相を見抜く眼だ。少なくとも私はそう思います。

『文政権の「脱原発」など実に虚構と欺瞞に満ちた怪しげなものだ。確かに大統領は古里5・6号機建設も中断するとした。だがそれだけで今後韓国が原発を完全になくすと考えるのは早計に過ぎよう。以下のような恐ろしい話がある。
脱原発後押ししながら…「産業資源部長官、原発輸出に最善を約束」(中央日報 2017年07月27日)上記は(略)中央日報の記事だが、結果は歴然としていよう。一応国内では「脱原発」する(らしい)が、原発輸出はこれからもバンバン行うと。これのどこらへんが「脱原発」なんだ? 国内では原発みたいなヤバいモンは一応やめる事にするが、そんな危険物をこれからは外国へ売って金儲けとか、単なる公害産業輸出や経済侵略以外の何者でもないではないか。本当に原発をやめるというなら、当然その輸出もやめねばならない。ところが文在寅政権はそうせず、原発輸出に「最善を約束」「海外進出積極的に支援」だというのだ。こんな欺瞞と偽善がどこにあるというのか。前任の朴槿恵や李明博も原発輸出に異常なほど熱心な「原発族政治家」だったが、文在寅も本質的には何も違わない。韓国では原発利権が朴槿恵&旧セヌリ党から文在寅&民主党に移っただけ、すなわち韓国で先日起こったのは「政権交代」ではなく「利権交代」に過ぎなかったのである。結果論ではあるが、キャンドルデモに参加した善意の人々はそんな下らない利権争いの片方に奉仕してやっただけだったのだ。いや、利用されたと言うべきか。そこに韓国の民衆運動が抱える泣き所がある。遺憾な事に、これは4.19の頃から変わっていない。』
 
『今韓国の慰安婦支援者達が陥っている状況というのは沖縄と非常に似ているのではないか。つまり沖縄の民衆勢力や諸政党が一致して翁長雄志(元々自民党で保守派、日米安保支持)を知事に推す「オール沖縄」/韓国の正義記憶財団や当の慰安婦被害者達が一致して康京和(元々親米派で反北派、韓米同盟絶対的支持)を外相に推す「オール慰安婦支援者」。この間の推移を見ていると、翁長雄志を推す「オール沖縄」勢力と康京和を推す「オール慰安婦支援者」勢力があまりに似た様相を示しているのが非常に恐ろしい。辺野古の基地建設を止めるにはまず知事が埋立承認撤回をするのが第一である。同様に日韓慰安婦合意についても、それを韓国政府が破棄して10億円詰めたトランクを安倍晋三(菅義偉か岸田文雄でも可)のツラに叩きつけてやるのが第一歩であるのは明らかだ。ところが現実に起こっているのは何か。「オール沖縄」に擁立された翁長知事はいつまで経っても承認撤回をせず、「オール慰安婦支援者」に後押しされた康長官はいつまで経っても「再交渉」の一つ覚え。やる気があるのかこいつらは、という話であろう。こうした翁長の「ヘマ」や「サボタージュ」に対して「オール沖縄」が何も言えなくなって久しい。慰安婦合意に関して康京和や文在寅が今後どれだけ「ヘマ」や「サボタージュ」をしても、韓国の「オール慰安婦支援者」もまたそれに文句一つ言えなくなるのではないか。』

【山中人間話目次】
・ZEDさんの「文政権の『脱原発』は実に虚構と欺瞞に満ちた怪しげなもの」という指摘と「今韓国の慰安婦支援者達が陥っている状況というのは翁長雄志を知事に推す「オール沖縄」の陥っている状況と非常に似ている」という指摘
・鬼原悟さん(「アリの一言」ブログ主宰者)の「『安倍内閣改造』報道に狂奔するメディアの劣化」という論
・kojitakenさん(「kojitakenの日記」ブログ主宰者)の第3次安倍再改造内閣の性格の分析と田中宏和さん(「世に倦む日日」ブログ主宰者)の民進党批判
・辺見庸の「やまゆり園」訪問記
・平安名純代さん(沖縄タイムス米国特約記者)の「ホワイトハウスの力学 人事停滞で国務省が弱体化、政権と軍の一体化加速」という観察
・柳田邦男さんの「安倍政権の傲慢さ、噴出」という論と福田元首相の「国家の破滅近づく」という安倍政権批判
キョウ とうきょうしんぶん5 

Blog「みずき」:東京新聞の桐山桂一記者は昨日づけの「私説・論説室から」に「沖縄は「捨て石」か」というコラムを書いています。その中で桐山記者は生前の大田昌秀さん(元沖縄県知事)を次のように回想しています。「『沖縄が『捨て石』なのは今も同じ』と嘆く大田さんに当時、最も恐ろしく感じることは何かと尋ねてみたら、こんな答えだった。『新聞の論調が戦前と同じように、権力に迎合する風潮が強まっていることですね』」、と。桐山記者は強い共感の思いを込めて左記の大田さんの言葉を引用しているのでしょう。そうであるならば、私は、桐山記者に問わなければなりません。「そのとおりですね。では、東京新聞は権力に迎合していませんか?」、と。たとえば2017年5月14日づけの「週のはじめに考える 沖縄、統合と分断と」という東京新聞の社説。この社説は明らかに権力におもねています。すでにリンクが切れていますのでこちらから同日の東京新聞の社説を再録しておきます。

社説の書き出しは次のようなものです。「四十五年前のあす十五日、沖縄県は日本に復帰しました。しかし、米軍基地をめぐる沖縄と本土との分断は以前にも増して深まっているように見えます。<みそとせの歴史流れたり摩文仁の坂平らけき世に思ふ命たふとし>天皇陛下が皇太子時代の一九七六年、歌会始で詠まれた歌です。陛下はこの前年、皇后さまとともに初めて沖縄県を訪問され、本島南部の摩文仁を訪れています。その三十年前、太平洋戦争末期に、沖縄は住民を巻き込んだ激烈な地上戦の戦場と化しました。摩文仁は、慰霊塔が並ぶ沖縄戦最後の激戦地です。沖縄戦では当時六十万県民の四分の一が犠牲になった、とされます。陛下の歌からは、戦没者を悼む深いお気持ちが伝わります。」

天皇を「天皇陛下」と臣民の呼び方で書き(少なくともジャーナリズムとしての書き方ではありません)、天皇の歌会始の歌を「陛下の歌からは、戦没者を悼む深いお気持ちが伝わります」と誉めそやしています。むろん、沖縄を「捨て石」にしたのは「米国が沖縄及び他の琉球諸島の軍事占領を継続することを希望」することをマッカーサーに伝えた(沖縄メッセージ)天皇自身だったという歴史的認識もありません(詳しくは以下の記事をお読みください)。 https://www.facebook.com/takashi.higashimoto.1/posts/1075331929263900 http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-2033.html

このような社説を恥じらいもなく堂々と掲載する東京新聞が「権力に迎合していない」とはとても言えないでしょう。そうではありませんか、桐山さん。もっと足下に目を凝らして記事を書いていただきたいものです。


【山中人間話目次】
・東京新聞の桐山桂一記者の「沖縄は「捨て石」か」というコラムの足下の観察のない自家撞着のメディア批判
・〈時代の正体〉「東京訴訟も勝利を」朝鮮学校無償化除外裁判で集会|神奈川新聞ニュース
・佐川国税庁長官(前理財局長)の罷免を求める1万人署名運動、今日からスタート
・最近の共産党・市民団体の右傾化スケッチ(10)(小景編)――山尾志桜里をさんざん持て囃してきた「リベラル・左派」の見る目のなさはここにも顕著だ。
・最近の共産党・市民団体の右傾化スケッチ(11)(小景編)――「日本共産党今治市議に対する事実無根の発信について」という同党愛媛県委員会の反論の我田引水
・習近平政権の腐敗と人工知能の中国共産党批判