キョウ しゅうきんぺい

Blog「みずき」:朝鮮(北朝鮮)と中国の軋轢について。 中国の習近平のトランプのお先棒担ぎは甚だしく愚劣なところまで進行しており、習近平はついにはトランプのつくられた「北朝鮮脅威」説にまで加担し、「血を分けた友誼」の関係にあった朝鮮(北朝鮮)から激しく名指し批判されるまでに到っていますが(「北朝鮮 中国を異例の名指し批判 米に同調し圧力」 NHKニュース 2017年5月4日)、元外交官で政治学者の浅井基文さんによれば、中国にもそうした習近平の愚行をよしとしない「朝鮮の立場に深い理解を示す」相応の地位にいる論者や良心的な勢力はいるようです。

浅井基文さんは次のように言っています。

「5月2日付人民日報海外版WS(海外網)は、海外網コラムニストである千里岩文章「米韓に付き従って朝鮮を倒すことが中国にとって利益になるか 独立した意志を持つべし」を掲載しました。私にとってはかなり衝撃的な文章でした。といいますのは、このコラムで紹介してきた環球時報社説の主張とは、力点の置き所が明らかに違う内容の主張が、環球時報の姉妹紙である人民日報に、そのコラムニストの執筆で掲載されたからです。その内容はむしろ、私が度々紹介してきた、朝鮮の立場に深い理解を示す李敦球の考え方を彷彿させるものです。(略)しかも注目されるのは、千里岩文章が傅瑩(全国人民代表大会外事委員会主任)という公的見解を代表しうる立場にいる人物の文章(浅井注:私はまだ見つけていません)に依拠しながら議論を展開しているということです。米中首脳会談を受けて中国の対朝鮮政策が「変化」したことは明らかですが、その「変化」の程度・ニュアンスなど、対朝鮮政策のあり方については、環球時報が代表する主張の方向で完全に収斂されたとみるのは早計かもしれません。」

この5月3日に朝鮮中央通信に掲載された北朝鮮高官の金哲氏の中国批判(上記NHKニュース)はそうした中国国内の良心的な勢力によって反省的に受容される可能性は1や2の少ない可能性ではありません。北朝鮮情勢と中国情勢、さらにアメリカの政治情勢は複眼的視点で見る必要がありそうです。


【山中人間話目次】
・朝鮮(北朝鮮)と中国の軋轢について
・私たちの「国」の現在の位置 ――太田昌国さんの的確な安倍政権批判ないしは批評
・中野晃一上智大教授(政治学)の「正面突破で来るかもしれないが、民進党が最大野党で踏みとどまり、大きな力を作れるか。一人ひとりの気概が問われている」という安倍批判について
・「みどりの日」という実質的なもうひとつの天皇誕生日の日に思う
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乗松聡子さん(左)と新垣勉さん

Blog「みずき」:同標題の昨日付(5月4日)の記事は、新着の新垣勉さんの論(沖縄タイムス「文化欄」5月2、3日付)とその新垣さんの応答の論の前提となる同じく沖縄タイムス紙「文化欄」(4月12、13日付)に掲載されたひとつ前の乗松聡子さんの論に的を絞ってフォーカスしたものでしたが、この「論争」にはさらにその前の段階での若干の議論のやりとりがあります(この問題に関する乗松さんの主張のはじめの論に新垣さんが応答してきたため結果として「論争」のようなものになりました)。ここにその前の段階からの議論のやりとりの全文を掲げることによってこの乗松さんと新垣さんのやりとりはどのように進展してきたかを見てみたいと思います。辺野古埋め立て承認撤回と県民投票をめぐるおふたりの主張の考え方の違い、力点の違いがいっそう明らかになるものと思います。
 
昨日の記事で述べておいた新着の新垣論考を読んだ私の感想を再度掲げておきます。
 
「さて、私は乗松さんの主張の立場と同じ立ち位置にいるものですが、そうした立場性の違いを私のつもりとしては抜きにして(立場性の違いは否応なく論に反映するものですから、ほんとうのところは抜きにはできないのでしょうが)新垣勉さんの論考についてひとこと感想を述べておきますと、新垣さんの論には自身の見解にあくまでも固執しようとする固陋なところがやや目立つように思われます。その分、対者の論をその論のままに公正に読みとることができない。対者の論を自己の主張に都合のよいように曲解して論を展開しているように私には見受けられます。そうした姿勢では決して第三者に対して説得的な論を構成することはできないでしょう。私は自身のFBの4月12日付の記事に「この議論が真摯な議論として発展し、大きな実りのあるものになることを私は切に望みます」と書いておきましたが、そうした真摯な議論とはほど遠い議論の展開になっていることを残念に思います」。
 
さらに以下は、上記の私の感想にいただいた沖縄在住の元裁判官の仲宗根勇さんのコメント。私が遠慮して言わなかったことを仲宗根さんはさらにずばりと指摘しています。
 
「勉氏は2015年5月1日行政法学者ら五名とともに記者会見をし、撤回可能との意見書も県に出した。そこで勉氏は県の第三者委員会の結論前でも撤回できると主張していた(沖縄タイムス5月2日)。主張の一貫性がないのは思慮の浅さゆえか、弁護士特有の悪しき法律家の変節か。今度の論は「弁護士が1番」的な裁判至上主義と裁判官に対する楽観論に彩られ、乗松さんをシロートと見て、高い目線で自説に反する相手の主張を唯我独尊的、一刀両断的に切り捨てている。撤回理由を留保事項と民意の2点のみとするその論の誤謬は言うまでもなく、民意が裁判において絶対的な力を持つかのような論はシロート以下の謬見だ。民意は撤回を基礎付けるたくさんの請求原因の一つになりうると言うに過ぎず、絶対的なものではない。これが広義の民事裁判の常識である。」
 
辺野古の海を守るためには一日も早い「埋め立て承認」の撤回しかありません。私のこの問題についての主張も繰り返しておきます。いまならまだぎりぎり間に合う、というのは、「撤回」を主張する多くの人たちが異口同音に言っていることです。逡巡している時間はないのです。
 
各写真をクリック拡大してご参照ください。

沖縄タイムス 2017年3月1、2日付:

キョウ のりまつ6 

キョウ のりまつ7


沖縄タイムス 2017年3月21、22日付:
キョウ のりまつ8


キョウ のりまつ9